103. 策士は二度溺れない 多分
「(何故某は破れたのだ)」
自室の机に肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せながら考え事をしているのは『英雄』クラスの知光。愛用の袴を纏いながら、彼は合宿のバトルロイヤルの一人反省会をしていた。
「(策に穴は無かった。むしろ貴石ダイヤの予期せぬ暴走というイレギュラーに上手く対処出来ていた)」
その暴走が各地の策を潰すためだと即座に理解した知光は、ダイヤに潰されないように目立った動きをせず、水面下で仲間を増やしていった。
「(彼奴のクラスメイトを駒とし、不意を突き、怒涛の攻めで押し潰す。それだけで倒せる見込みだったのだが、どうして倒しきれなかったのだ)」
息をつかせぬ連続攻撃は予想できないものばかりであり、ダイヤは咄嗟の判断を連続で迫られた。だがそれにも関わらず確実に正解を即座に導き避け続けるだなど信じがたいことだった。
「いや、違う」
知光はそうぽろりと口から言葉を漏らすと、机の上に置かれていたコーヒーが入ったカップを手に立ち上がり、窓際へと向かった。そして薄く閉じられたブラインドの隙間から外を眺めながら独り言を続ける。
ちょっと格好つけたいお年頃だった。
「認めよう。某は貴石ダイヤに敗北した」
それを認めなければ正しい分析など出来ず、次もまた敗北してしまうだろう。プライドが高い男ではあるが、負けを認める勇気は持ち合わせているらしい。
「(某が見誤った点は二点。一つは貴石ダイヤの身体能力。イベントダンジョンの配信から彼奴の力を見切ったと考えていたが、底がまだまだ深かったという訳だ。これは某の分析能力の甘さ故のこと。もっと鍛えねば)」
イベントダンジョンではダイヤの高い身体能力が伺えたが、相手が強すぎたが故に分かりにくかった。かなりの力があってもレッサーデーモンには効果が薄いためその片鱗しか視えず、激しい戦いではあったけれど休みながら移動していたからスタミナが無尽蔵だとも思えない。その結果、知光のように下方評価してしまう人が多かった。
「(彼奴のしぶとさを高く評価し、仕留めきれない可能性を考慮して策を何重にも重ねたところだけは正解だったか)」
ダイヤのギリギリのところでの生存能力。しぶとさ。そういったものを配信で強く意識させられた。それゆえ知光はしつこいくらいに罠を張った。倒しきれなかったが考え方は評価して良いだろう。
「(もう一つは彼奴のクラスメイトの裏切り。駒と侮っていたことは認めるが、問題はそこではない)」
当時は桃花の煽りに反応してしまったが、駒が格下であるという考えを捨てるつもりはない。知光にとって大多数の生徒など取るに足らない有象無象であり、優れた知性を有する己と対等に扱うことなどあり得なかったからだ。
「(某の情報収集能力が劣っていたこと。あるいは、裏切りの可能性を低く見積もりすぎていたこと。そもそも彼女は敵のクラスメイトなのだ、より慎重に扱うべきだった)」
声をかけた時にあまりにも素直に喜んで誘いを受け入れていたように見えてしまったが故に、それが演技であったなどと気付かなかった。学生生活が楽しくなる理想のクランへのお誘いという、彼女が最も欲しがるであろう報酬を用意出来ていたことも油断した原因なのかもしれない。
「(彼女が喜ぶクランは一つしか考えられなかった。だがそれは某の情報不足によるものだった。まさか貴石ダイヤがクランを作ろうとしているだなど考えたことも無かった。確かにそれならば彼女が某の誘いを受ける理由にはならない)」
ダイヤが自作クランリストにこっそり自分のクランを混ぜたが故に、偶然桃花達が気付いただけであり、本当ならばどこにも出てくるはずがない情報だった。それを知らなかったからと反省するのは少し酷であろう。全てを見通す『軍師』としてより高みを目指したいのであれば、ダイヤであればそのくらいのことはするかもしれない、くらいは考えても良かったかもしれないが。
「ふぅ」
そこまで考えて知光はバトルロイヤルについての考察を一旦止めた。
「しばらくは見に回らせてもらおう。その間に十分に彼奴の能力を見定めねば」
これまで知光は少ない情報を元に他人の特徴を正確に見破ることが出来ていた。だがダイヤに関してはいつも以上にズレが大きい。下手にリベンジを狙おうとするならば、見過ごしていた何かが原因で返り討ちになってしまうかもしれない。ゆえにじっくりと攻略すべきだと考えたのだ。
「目指すは年度末のクラス対抗戦。そこで『精霊使い』クラスを倒す!」
ダンジョン・ハイスクールは年度末にイベントが用意されている。
クラス対抗戦。
クラン対抗戦。
それぞれスキルありの対人イベントだ。
一月から三月となると、他の学校では受験と重なるためイベントを実施し辛い。だがダンジョン・ハイスクールは五年制であり、外部の大学を受験する三年生は極わずか。五年生もすでに就職が決まっているため、時期的に余裕がある。
ということで一年を締め括る一大イベントとして二つの対抗戦が実施されることとなっている。
リベンジするには絶好の機会であり、それまでに貴石ダイヤの全てを丸裸にしてやろうというのが知光の狙いだった。
「聞くところによると、彼奴は我がクラスの木夜羽奈子を堕としたそうではないか。なんてうらやま……げふんげふん、都合が良いのだ。一年も経てば猪呂音と木夜羽奈子から彼奴のデータを大量に入手出来よう」
偽のデータを掴まされる可能性もあるが、それは『英雄』クラスが空中分解して協力し合う体制に無くなっているということである。彼女達が『英雄』クラスとして『精霊使い』クラスに勝ちたい。そう思ってもらえていることが重要だ。
だがその点については知光は心配していなかった。
「こちらには『勇者』がいる。彼のカリスマがあれば『英雄』クラスの団結は崩れまい。それに『精霊使い』は劇的に強くなるタイプの職業ではない。時間が経てば経つほど『英雄職』との差は開くばかりだ。悪いが圧勝させてもらうぞ。くっくっくっ」
悪い笑みを浮かべる知光だが、彼はやはり見落としていた。
ダイヤが早い段階でDランクになり大量のスキルポーションをゲットして『精霊使い』クラスの能力の底上げを行えるようになる可能性。そして肝心の『勇者』が性転換してダイヤのハーレムに入ろうと考えていることを。いくら『勇者』とはいえそんなことになってしまったら求心力は激減である。
「待ってろよ貴石ダイヤ。最後に勝つのは某だ!」
策に溺れた策士は、泳ぎ方を学習する。
しかしいくら策という荒波の中で泳げるようになろうとも、サメに囲まれてはどうしようもない。
相手がサメ程度で済めば良いのだが。