10. お巡りさん、この人です!
注:今回酷い描写が出てきます。ドン引きするのは良いですが、燃やさないでね……
「でぇい!」
「キャイン!」
中型犬くらいの四足獣の脇腹を思いっきり蹴り上げると、ソレは声をあげて地面に倒れた。
その隙を狙い体をのしかからせて動きを封じると、後は一方的な撲殺タイムだ。
「相変わらずワイルドな戦い方だねぇ」
「だって、武器とか、まともに、扱え、ない、から!」
「殴るリズムに乗せて返事をするの止めてくれない?」
「わかり、ました!」
「止めてないじゃん!」
なんてボケながら、ダイヤは着実に魔物の息の根を止めた。
「さっきも聞いたけど、怖くないの? 今度は獣だよ?」
「ふぅ……そりゃあ普通の獣なら滅茶苦茶怖いですよ。でもこいつ半分寝ているじゃないですか」
「それでも怖くなるのが普通だと思うんだけどなぁ」
「もし目覚めたらと思うと、そっちの方が遥かに怖いですって」
初心者ダンジョンに出現する魔物は、総じて動きが遅く怯えていても逃げられる相手ばかりだ。
今倒した魔物も犬型だから俊敏に見えるけれど、つねにウトウト眠そうにしているウトウトウルフ。
絶対に起きないとは言われているが、良く分かっていないダンジョンの魔物が相手なのだから万が一を考えて行動するのは正しいだろう。
だからと言って、動物を躊躇なく容赦なく撲殺出来るのは異常と言えるだろうが。
「まぁいっか。じゃあ次はあっちの方に行ってみよう」
「嫌です」
「え~どうしてよ」
「だってあの辺り、落とし穴があるでしょ」
「ちぇっ、気付いたか」
「ナチュラルに罠に嵌めようとしないでください。ハめるのは僕の仕事です」
「ナチュラルに下ネタ入れないでよ。んで、どうして落とし穴に気付いたの?」
「あそこだけ不自然に草が無いからです」
草原なのに、その場所だけは地面が露出していた。
「良く出来ました。罠についても勉強済みかな」
「はい。周囲と比べて不自然な場所があれば罠を疑え、ですよね」
「うんうん。難しいダンジョンだと巧妙に隠されているらしいけれど、最初の頃は良く観察すれば気付くものばかりだからね」
そして罠の凶悪具合も、ダンジョンの難易度が高ければ高いほどに上昇する。
少し怪我をするものから、大怪我につながるもの、そして確実に死に至らしめるもの。
ダイヤが高難易度ダンジョン攻略を目指すというのなら、いずれは罠を確実に感知する方法を確立する必要があるだろう。
「私から教えられることはもう何もないかな」
「沢山ありますよ!」
「えっちなこと禁止ね」
「え~」
「その性格どうにかならないの?」
「なりません!」
「ならないのかー」
ダイヤとしても、躑躅が笑って返してくれることを理解していて敢えてネタとして振っているのだろう。もし本気ならば彼の視線は嫌らしいものになっているはずだが、あくまでもぴゅあぴゅあな様子で躑躅と目を合わせて話をしている。
「ああ、そうだ。これも知っているかもしれないけれど、大事なことだから言っておくよ」
「何でしょうか」
「ダンジョンの中で突然扉が出現しても、絶対に入らないこと」
「イベント扉のことですか?」
「うん。イベントダンジョンは、難易度が高くてしかもセーフティーが機能していない可能性が高いから。入ったら死ぬと思ってね」
「分かりました。気を付けます」
ハイスクール・ダンジョンに存在するダンジョンは、死んでも入り口で復活するというセーフティーがかけられている。しかしイベントダンジョンと呼ばれる突発的にダンジョン内に発生するダンジョンでは、そのセーフティーが解除されていることが多い。しかも、攻略中のダンジョンに比べて難易度が高くなっているため、誤って入ってしまったら高確率で死が待っている。
「あれって何なのでしょうか。確か強制的に配信させられるんですよね」
「うん。スマDで視れるけど、なんでこんな機能がついてるんだろうね」
「他のダンジョンでは配信出来ないんですよね」
「トップ20を除いてね」
「それじゃあいずれ僕も配信者デビューですね!」
「やっぱり本気でNo.1狙ってるんだね」
「もちろんです!」
世界のダンジョンには自動的に番号がつけられていて、番号が若い方が難しい。
そして20から難易度が劇的に高くなり、しかも勝手に攻略状況が配信されるなどの特別扱いもされ、トップ20と括られて呼ばれるのが一般的だ。
「それじゃあ No.1 への道の第一歩として、ボス戦行ってみようか」
「は~い」
「ここのボスについても、もちろん調べてあるんだよね」
「はい。雑魚を20体倒すと出現する、パーティーごとに出現場所が別になっている、戦っている時は他のパーティーが手助け出来ない、一度クリアした人も手助け出来ない、ですよね」
「よく出来ました」
ボスの仕様はダンジョンごとに異なる。
ここでは初心者が自力で倒しなさいと言う設定になっているようだ。
「ええと、確かここのボスは少し空気が澱んでいる場所にいるはずだから……あそこかな」
目を凝らして確認すると、蜃気楼のように空間がやや歪んでいる場所を見つけた。
「それじゃあ私は見ているから、頑張ってね。と言っても君なら余裕だろうけど」
「がんばりまーす」
ダイヤがボスフィールドに足を踏み入れると、空気の澱みが一か所に集中してボスが出現した。
スケルトン。
全身が骨の人型魔物で、打撃に弱い。
初の人型、武器持ち、カタカタと全身の骨が鳴る音、そして見た目、という風に初心者の恐怖を煽る要素のオンパレードなのだが、ダイヤが気にするはずもない。
「えい!」
ボスであっても初心者ダンジョン特有の動きの遅さは変わらず、ダイヤの力強い踏み込みに反応することなど出来ない。
「はっ! あ、あれ、脆い……」
そして打撃が弱点ともなれば、一撃殴るだけで骨が粉砕され、地面に崩れ落ちてしまうのであった。
いくら弱点とはいっても、これほどに脆いとは思わず、少しだけ驚いてしまったダイヤだったが、油断はしない。
「えい!えい!えい!」
そこからはいつも通りの蹂躙劇。
地面に積みあがった骨を徹底的に踏みつぶすだけのお仕事だ。
「彼のことを少しは知れたけれど、実力を見るには参考にならなかったかな」
ダイヤの指導役をかって出た躑躅だったが、あまり収穫は得られなかったようだ。
「よし、撃破」
粉々になった骨が消滅し、ボス戦のフィールドも消えて無くなり、躑躅がダイヤに近づき声をかけた。
「これで君のレベルが上がるんじゃないかな。アイテムだったら笑えるけど」
初心者ダンジョンのボスを倒すとレベルが2になり、いくつかのスキルレベルが上昇する。
あるいは稀にアイテムが出現することもあるのだけれど、使い道のない素材や弱い装備だったりするので外れ扱いだ。
このどちらかが発生するとされているのだが、ダイヤの場合は果たして。
「(う~ん、別にレベルもアイテムも今は要らないんだよね。どうせなら僕とえっちなことしてくれる可愛い女の子が良いんだけど。なんてね)」
相変わらずの最低な思考。
しかしこの思考こそが、歴史の大きな転換点を生み出したのだった。
「あはは、どうやら外れみたいだね」
「そんなぁ」
ボスの居た所に緑色の靄が出現した。
これはアイテム出現の演出なのだが、少し様子がおかしく躑躅は眉を顰めた。
「(靄が大きすぎない? どんな大きなアイテムが出るのかしら)」
靄の大きさは基本的に出現する物の大きさと同じくらいだ。
例えば小さい指輪なんかの場合は見逃してしまいがちだから注意すべきというのが彼らの常識となっている。
だが目の前の靄は地面から躑躅の胸元程度の高さまである。
初心者ダンジョンのボスを撃破した程度で、これほどに大きなアイテムが出現するのだろうかと躑躅は疑問に感じていた。
そしてその緑の霧は、一つの形をとった。
「え?」
「え?」
ダイヤも躑躅も思わず驚きのあまり呆けてしまう。
なぜならそこに居たのは、可愛らしい全裸の幼女だったのだから。
ボスを倒したら人が出てくる。
そんな話は聞いたことが無い。
あまりの異常事態に、躑躅は反射的に身構えてしまった。
一方でダイヤはその幼女に危険を感じては居なかった。むしろ安心安全な相手だと感じている。
「気を付けて!」
だから幼女がゆっくりとダイヤの方に向かって歩いて来た時も、警戒する躑躅とは違い落ち着いて幼女の様子を確認していた。
幼女はダイヤのところまで辿り着くと、小さな手でダイヤの右手を挟むように掴んだ。
ふに。
そしてそれを剝き出しの股間に触れさせたのであった。
「お巡りさん、こっちです!」
「僕は何もやってない!」
「やってるじゃない! 変態! ロリコン! ペドフィリア!」
「僕の意思じゃないんです!」
「ならいつまで触ってるのよ!」
「う、くそ、力が強い。振りほどけない!」
「そんな小さな子が強い訳ないじゃない! 本当は自分の意思で触ってるんでしょ! 変態! ペド! 人でなし! 鬼畜!」
「違うんだあああああ!本当に振りほどけないんだ!」
「おまわりさーーーーん!」
「いやああああああああ!捕まっちゃううううう!」
僕とえっちなことしてくれる可愛い女の子。
そのダイヤの妄想が具現化したことに気付くのは、かなり後になるのであった。
「僕はこんな小さな子にイケナイことする妄想なんてしてないよ! 同い年の女の子を想像したんだよ! 本当だよ!僕は無罪だああああああああ!」