異星人の緑の種
とある惑星に、宇宙を探検する探査隊の一行が降り立った。探査船の点検のため、地面のある星に着地する必要があってのことだった。
「ここは、本当に何もないなあ」
思わず呟いてしまうくらい、何の変哲もない惑星だった。
すべてがカラカラに乾いた砂に覆われている。水も空気もほとんどない。これほどつまらない星もないだろう。
探査員たちは宇宙服を着込んでいて、ヘルメット越しに空を見上げた。
果てしなく広がる暗い夜空には、無数の星のきらめきがある。
「そろそろ次の目的地へ行こうか」
生き物などいそうになく、取り立てて調べる必要もない星と判断し、すぐに出発することにした。探査船は特に問題ないことが分かったし、先にはまだまだ調査対象の星々が待っているのだ。
船に向かおうと、足を踏み出す。
すると。
「あれ。何だ、これ?」
一人が足もとに何か緑色の粒を見つけた。よく見ると、小指の爪ほどの楕円形のものがいくつか散らばっている。灰色の砂が覆っていても、草や木の葉を思わせるつややかな色はよく目立つ。
「こんなところに、一体何だ?」
何かの種のようだった。
「砂や石しかない惑星に、何でこんなものがあるんだろう」
「植物のようだけど、どこから落ちてきたのかな」
不思議に思うことはいろいろある。
けれど、何の痕跡も見つからない。結局、拾った八粒の種のようなものを携えて、隊員たちはその惑星から離陸することになった。
次の目的地へ赴く前に、探査船は一度別の星に降下した。
そこは、地球からの開拓民がすでに住んでいる惑星だった。温暖な地域に十万人ほどが暮らしているという。将来もっと多くの人が移住予定で、開発途上にある。
この惑星に設置されている研究所に事情を話して、種のようなものを分析してもらうことにしたのだ。
ひと通りの分析結果を待つため、探査員たちはしばらくの滞在を決めた。
***
一方、託された研究所の人々は、ため息をつきながら話し合った。
「まだ開発中の惑星に、変な植物を持ち込まれてもねぇ」
「こっちだって忙しいのに」
この惑星は、地球のような大気や水があるとはいえ、豊富ではない。故郷の星よりもずっと過酷な環境だ。比較的住みよい地域を開拓して、やっと定住できたところ。まだまだするべきことは多い。余計なことに時間を割くことはできない。
「とりあえず、後回しだ。数日はこのまま放っておこう。何か言われるようなら、地球政府に一粒か二粒送ることにしようか」
しかしながら、研究室の片隅という場所は、何もない砂漠の惑星よりずっと良好な環境だった。そのことに、あとになって気づくことになる。
数日後、研究所の職員たちは何気なくその種を見て、はっとした。
何か突起のようなものが生えている。
「何だ? 芽が出てきたみたいだぞ」
「やっぱり種なんだな。どんな植物なのか、もう少し観察しようか」
危険な感じはしないため、そのままガラスの箱に入れて、置いておくことにした。
翌日、職員たちは目にしたものを信じることができなかった。
「芽じゃないぞ、これは」
「もしかして、これって……」
***
探査員たちは、研究所の職員から連絡をもらった。
「とにかく来てほしい」
急な依頼に、二人が研究所に駆けつけた。
出迎えた三人の職員たちはあまり語らず、所内の一室へと招く。
この星で栽培している植物の研究室なのか、そこにはさまざまな鉢植えが並んでいる。机の上には顕微鏡やパソコン、資料がごちゃごちゃと置かれていた。その奥には、透明な箱がある。
ガラスケースの中に、緑色の何かが入っている。
覗き込んで、探査員たちは思わず声を上げた。
「胎児……!」
種とおぼしきものから生えてきたのは、どう見ても人間の胎児のような形だった。
大きな頭を俯けて、小さな手を握りしめ、両足を折り曲げてまるまっている。羊水に浮かぶ胎児を思わせるには充分といえる。
人間よりずっと小さく、肌の色は緑色だったけれど。
研究所の職員たちは、低い声で尋ねてきた。
「異星人を育ててしまったようです。どうしましょうか……」
数日のうちに、胎児はぐんと大きくなり、ますます人の赤ん坊に似てきた。
もしも凶暴な性質の異星人だったら、と危惧する者もいた。だが、人間に酷似した姿にどうしても情が移る。目を閉じているものの、その顔立ちは幼く愛らしくさえ感じられる。
「生えてきてしまったものは……どうしようもないか」
二人の探査員は、研究所の三人の職員たちと話し合って、見守っていくしかないと結論を出した。
日に日に人間に近づき、胎児と同じように動き出す。手足を伸ばしたり、指しゃぶりをしたり、口もとを動かして微笑んでいるように見えることも。
「可愛い」
すっかりみんなが魅入られてしまった。
やがて、緑色の種の部分は委縮していき、へその辺りに跡を残すのみとなった。ついにはつぶらな瞳を開き、ころころとその場に転がり、異星人たちは幼子らしい高い声を出した。
「まま。ぱぱ」
職員たちが、ついつい「ママですよ」「パパですよ」と声をかけてきたせいだろうか。異星人の最初の発声は、周りの者たちを感動の渦に巻き込んだ。
「はいはい、ママですよ! いい子ですね」
「はい、パパはここにいますよ!」
職員たちは、完全にこの緑色の小さな赤ん坊の虜になっていた。
探査員たちも、もちろん。
「パパですよ。可愛いですねぇ」
感極まって、抱き寄せようとしたところ、若い女性職員に腕を掴まれた。
「この子たちは、わたしたち三人が研究所でしっかり育てますから。もう探査に戻られては?」
冷たくあしらわれてしまった。
「そうですか。それじゃ……お願いします」
二人の探査員は、母性愛に満ち満ちたその職員の姿にすごすごと引き下がるしかない。
それにしても、異星人の赤ちゃんがあまりにも可愛すぎるので、名残惜しくてたまらなかった。職員の連絡先だけは教えてもらい、宇宙の海へと再び出発したのだった。
***
研究所の人々は、夢中で赤子を育てた。
小さくて可愛らしく、しかも賢い。成長も早い。
所内の一室は、植物も机も取り払われ、子どものおもちゃを備えた育児室となった。
転がっていただけの赤ん坊は、あっという間に這いだし、つかまり立ちをし、ついには歩き始めた。
やや甲高い声で、言葉もどんどん喋る。成長のたびに三人の職員は歓喜の声を上げた。
異星人の子は、いつの間にか対等の会話をし、行動するようになった。
こうして一年が過ぎると、緑色の種だった異星人は、立派に成人していた。
ただし、大きさは地球人の三分の二ほど。毛がなく、つるつるとした緑色の肌をしていて、子ども用の服を着ている。
ある日、異星人の一人がこう話した。
「ここまで育ててくださって、ありがとうございました。そろそろみんなで一緒に、この星で独立して暮らしたいと思います」
「そんなそんな。ずっと研究所に住んでいてくれてもいいんだよ」
職員たちは、過剰な親心から引きとめようとする。けれど、彼らの決心は固い。
「このご恩は一生忘れません。これからは地球人の皆様のお役に立てるように頑張ります」
小さな異星人たちの優しい気持ちに、育てた三人は涙を流して別れを告げた。
こうして、八人の異星人が開拓された土地に住むことになった。
やがて、彼らはさまざまな施設の建設を手伝ったり、食料になる植物や動物を育てる手助けもするようになった。
この惑星の地球人たちの社会に、すぐに馴染んだのだ。
八人は、定期的に研究所へ挨拶にやってくる。
穏やかで礼儀正しく育ったことは、みんなの心を和ませた。
その日も職員たちは、訪問を終えて帰っていく彼らを温かく見送った。そこへ一人の職員が買い出しから戻ってきた。
「さっき、異星人たちをコンビニで見かけたよ」
「え、今まで八人ともここにいたよ?」
「いや、コンビニで八人一緒に買い物をしていたよ」
「そんな。まさか、他にも八人いるとか?」
その言葉に、こくりと頷く職員がいた。
「実は、前にあの八人がここに来たとき、展望室から工事現場で働いているのを見たんだ。八人ちゃんといたよ」
「そうなんだ」
異星人たちはみなよく似通っており、あまり区別がつかなかった。
研究所の人々は話し合った。
「小さくても成人だもんな。家族が増えてもおかしくないよな」
「でも、地球人とは違うんじゃないか?」
「そうだよなあ……」
育ての親の職員であっても、当の異星人についてあまり知識が持てなかった。
種のようなものから成長したが、その緑の粒がどうして砂漠の惑星にあったのかも疑問のまま。さらには、小さいながら人間と同じような姿をしていたが、性別は不明だった。
「もともと男女の区別はないのかな。植物の種のようなものを産む感じなのかな」
訊くともなく訊いてみたが、異星人たちには無論種より前の記憶はない。何も分からずじまいだった。
彼らは、大抵の場合八人で行動している。どうやら、そういう習性があるらしい。最初に見つけた種が八個だったのは、偶然ではないようだ。
しばらくすると、八人の異星人たちをあちこちで見かけるようになった。やはり増えているらしい。それでも、この星の住人はむしろ歓迎していた。
異星人たちは小柄なのに地球人よりも力が強く、頑丈だった。おまけにとても賢くて、何でもすぐに覚えてくれる。新しい住宅や施設を作るのも、その力があれば容易いものだった。
小さな彼らは、一般的な住居で八人ずつ暮らしているという。
いつも柔和な表情できちんと挨拶をするので、誰もが好感を持っている。ルールをしっかり守ってゴミを出し、町内会の行事にも積極的に参加する。日常の暮らしの中でも地球人と親しく交流する姿があり、すっかり地域の住民として溶け込んでいた。
けれども、やはり増えている。いつの間にか、スーパーやコンビニで彼らは十六人とか二十四人とか、固まって食料を買い込んでいた。
「この星の環境も食べ物も、本当に豊かでいいですね」
「そうなんですか……?」
スーパーの店長は、つい地球と比べてしまい、曖昧に返事をする。
もともと、まるで荒れ果てた高山のように何もなく、空気が薄くて厳寒の惑星。祖父母の代から移り住み、たゆみない努力の末にやっとこうした店を持ち、これだけの品物を揃えられるようになったのだ。
異星人たちは小さい分、食料も少なくて済むらしい。何日も食べなくて済むという話も聞いている。地球人の苦労は分からないかもしれない。
レジにいる異星人たちには、こう問いかけてみた。
「並ぶのは全員じゃなくてもいいですか」
「分かりました」
たくさんの異星人がいつも買い物に来るが、そうしてもらうことにした。
ところが、二年も過ぎると、レジに異星人たちの姿がひときわ目を引くようになっていた。他の七人が外で待っているというのに。
スーパーやコンビニで食料を買い込むために、彼らがずらずらと列をなしているのを見て、地球人類はようやく焦り出した。
研究所は、地球政府へ緑の種の異星人についての情報を求めた。思うように回答が来ないものの、その間に予想がついたことはいろいろある。
彼ら緑色の異星人たちにとって、どうやら地球人の住む環境は快適すぎるらしい。いつの間にか妙に人口が膨れ上がっていた。
空き家は、ほとんどなくなったという。異星人が協力してくれて、次々建ててくれているのに。
大量の種を産んでいるのだろうか。
「とにかくどのくらいいて、どうするとどんどん増えなくなるのか知りたい。もう地球からの連絡を待っていられない。異星人たちに直接話を訊こう」
八人が再び挨拶に訪れた。彼らは変わりなく、三人の職員たちを敬っている。
「本当に素晴らしい生活ができて、ありがたいです」
にこやかにお礼を言われると、何となく訊きづらい。それでも、さりげなく言葉をかけた。
「随分増えたよね。今何人くらいいるんだろうね」
「はい。今の時点ですと、三万二千七百六十八人です」
さらりと答えられてしまった。
職員たちは、目をぱちくりとする。
「えっ……。あの、随分細かいけど。数えていないのに、そんな正確に分かるのかい?」
「分かりますよ。わたしたちは成人したのちは、良い環境にいれば定期的に分裂しますから」
「定期的に分裂……?」
「そうです。同じ環境にいれば、同じ時期に分裂します」
思わず、職員たちは押し黙る。少しして、おそるおそる尋ねた。
「緑の種を産むんじゃないのかね?」
「違います。種になるのは非常時だけですよ。環境が悪くて住めない場所になったときの話です」
再び沈黙してしまう。
まさか分裂して新たな個体が誕生するとは思ってもみなかった。
一人が呟いた。
「それじゃ、今の環境では何回も分裂していくってことか……」
ぞわっとする嫌な感覚に見舞われつつも、努めて冷静に問いかける。
「みんな同じように分裂しているの?」
「はい。一人が二人になって、その二人が四人になります」
「……」
何が起こっていたのか、だんだん理解が追いついてきた。
***
一方、宇宙を旅していた探査員たちも、緑の種の異星人のことは気になっていた。
特に、赤ん坊の姿を見た二人は。
「あれからもう四年も経ったんだな。異星人の赤ちゃんもだいぶ大きくなっただろうな。人間より成長も早かったから、七、八歳くらいの子どもかな。それとも、ティーンエイジャーくらいで少しは生意気になっているんだろうか」
「会いたいね」
たまたま二人は同じ宇宙船内にいて、近くの惑星を通っていた。
「ちょっと連絡してみようか」
すぐに研究所の一人の職員に連絡を取った。
向こうは、探査隊のことを即座に思い出したようだ。
「ああ、あのときの!」
「はい。その後異星人の赤ちゃんはどうしていますか。大きくなったんでしょうね。元気ですか」
「……ええ。そうですね」
何だか反応が鈍い。そう感じたので、頼んでみた。
「画像とか送っていただけないでしょうか。ぜひ姿を見たいのですが」
「それなら、直接見にいらしてください」
「え、そちらに伺っていいんですか」
「はい。あの、急いで来てもらえると助かりますっ」
二人の探査員は、船内に収納してあった小型の探査船に乗り込んだ。
***
現在の異星人の人口は、六万五千五百三十六人。
つまり成人して職員のもとを去ってから、十三回分裂を繰り返したことになる。この三年少々の間に。
環境が変わらない限り、今後もしばらくは同じ速度で全員が分裂することになる、らしい。
あと一回分裂すると十三万千七十二人。地球人の住民より人口が多くなってしまう。せいぜい数ヶ月の間に。
「今のうちに他の星へ行ってもらうとかできないですかね。話し合いで無理なら、捕まえて宇宙船に乗せるとか」
混乱の中、職員との議論の場で探査員の一人が言い出す。
探査員たちには、まだ赤子の異星人のイメージがある。
まるで簡単なことのように言われたと思ったのだろう。一人の職員がやや声を荒げた。
「もう無理ですよ。人数が多すぎる。だいたい異星人たちは小さいけど丈夫で、人間よりすばしっこくて敵わないんですよ。一人捕まえるのに、こっちは何人必要だと思っているんですか」
「どうしてもっと早く対策をたてなかったんですかね」
「あなたたちだって、異星人の赤ちゃんをかわいがっていたじゃないですか」
「もう探査に行けばいいと言ったのは、そっちですよ」
「そもそもそちらが種を持ってきたんじゃないですか」
「育てたのは誰ですか」
感情的になって、つい不毛な会話をしてしまった。
お互いにそのことに気づき、話を戻す。
「……何か彼らを除く方法はないんでしょうか。地球には連絡しているんですよね?」
地球からは彼らについて、たいした情報が届いていなかった。
そうこうするうちに、ひと月、ふた月が過ぎて、このまま順当に増え続けることになってしまいそうだ。
探査員たちは、改めて地球政府とコンタクトを取ってみた。
すると。地球側は、確かに研究所から異星人についての知識を求めていると聞いていた。しかし、どうやら緊急事態であることは把握していない、と判明した。
慌てて現状を訴えると、やっと地球から彼らの生態について説明があった。
緑色の異星人は、やはり地球人から比べるとかなり過酷な環境でも生存できる種族だという。ほとんど砂漠で、水や大気の充分でないところでも、少しずつ分裂して増えていくらしい。
環境により寿命が違うようだが、少なくとも一人の異星人につき十年程度は分裂を繰り返すと思われる。
良い環境になるとどんどん増殖するが、逆に環境が悪化すると勢いが衰えて人口は増加しなくなっていくそうだ。
本来なら、もっとずっと整わない環境下で、もっとゆるやかに成長し、ゆっくり分裂していく種族に違いない。
ついでにこの異星人は、環境の良いうちは穏やかな性質だが、悪くなるにつれ、攻撃性が高まるという。
地球人類のほうがいい環境でないと生きられない。地球人類のほうが大きいものの、彼らよりも力が弱く、丈夫でもない。全くもって生存に不利だった。
緑色で何となく植物のイメージが強く、どうしても穏やかな性質や周囲への優しさを感じる。だが、決していつでもそういうわけではないのだ。
地球の科学者などに対処法を訊いても、有効な対策は見つからないとの回答だった。とにかく環境が悪くなるまで、このまま激増していくものと予測された。
そうなったとき先に悲鳴を上げるのは、どう考えても地球人類のほうである。
人口は、すでに半分を占めようとしている。共存できなくなる日は明らかにやってくる。
もはや、地球人側は選択を迫られていた。
結局、この惑星の地球人は、全員移住することに決まった。しばらくは地球政府が受け入れてくれる算段がついたのだ。
「しばらくわたしたちは地球に戻ります。その間、この惑星を譲りますのでよろしくお願いしますね」
何かのきっかけで異星人たちが豹変したら恐ろしいので、穏便に別れたいと願いながら丁重に話すしかない。
「そうなのですか。地球の皆様によろしくお伝えください」
緑色の異星人たちは、きんきんとした黄色い声でいつものように話した。
意外には思っただろうけれど、特に疑念を持たずに受け入れてくれた様子だ。
こうして、全住民の移住……というか、避難は速やかに始まった。もちろん困難なことも多かったし、何より抵抗のある者も多い。
「三世代でやっとここまで開拓したのに、なぜ」「親戚も呼ぶつもりで頑張ってきたのに、どうすればいいんだ」「永住する気でいたのに、今までの苦労は何だったんだ」などなど、苦情や不満が研究所に殺到したこともあった。
必要以上に怖がられても困るので、住民たちには異星人について最低限の知識しか与えられていない。「あんなに律儀な隣人を悪く言うなんて」と彼らを庇い、最後まで共存共栄を信じて疑わない者もあった。
けれど、ここよりずっと贅沢な環境の地球での暮らしをしばらく保障してもらえるのだ。その知らせで、最終的には全住民を説得できたのだった。
次に分裂するまでのタイムリミットが迫る中、全員がこの惑星から何とか退去できることになった。
そうして最後に、何となく責任を取らされる形で、探査員の二人が人類のいないことを確認した。
ついに惑星の上空に、二人の乗る小さな探査船が浮かび上がる。
双方ともやっと緊張を解いた。
「ふう。何とか間に合った。分裂する前日に退避完了とは、本当にぎりぎりだったな」
「全くやれやれだ」
思い返せば、二人にとっても災難としか言いようがない。
「こんなことになるとはねぇ」
住み慣れていた住民たちにも、本当に気の毒なことだった。
「でも、気がついたときにはどうしようもなかったんじゃないか」
「そうだな。開発したあの星はもう……しょうがない」
異星人の緑の種のことを互いに思い返す。
あの種のあった惑星のほうは、もともと水や空気など資源も多少はあって、異星人たちが文明を築いていたらしい。しかし発達した文明では、環境を良くするにつれ分裂の勢いは増していく。ついには人口爆発が起こり、だんだん環境が悪化して文明も衰退していったようだ。
やがて、彼らの星は一面砂漠となった。何もなくなった最後の世代は、分裂をやめて緑の種になったと予想される。
良い環境になるまでそうしてしのぐことができるらしい。
探査隊は、そんな粒状になった異星人を見つけたわけだ。そして、彼らが普通に暮らすよりずっと快適な環境へ持ち込んでしまった。
開発した星も、いつか砂漠になってしまうのかもしれない……。そこにまた緑色の種が残るのだろうか。
そんな想像をしてしまい、ぞっとした。慌てて頭を振る。
「全員が異星人から退避できて、よかったよ。そう思うしかない」
「ああ、そうだな」
「それにしても、まるで侵略されたように感じるのはなぜなんだろう」
「……」
言われたほうの探査員も同じような感覚を抱いていた。だが、あえて答えず、無理にでも気分を変えようとする。
「とにかく終わったんだ。よく休もう」
「そうだな。地球に帰ったら、のんびりするぞ」
「おう」
何はともあれ、自分たちの任務は完了だ。このまま地球へ戻る予定になっている。
惑星探検どころではなくなってしまったが、こんな危険な状況にさらされたあとは、やはりゆっくりと故郷の星で休みたいものだ。
二人は青い宝石のような豊かな地球の姿を思い浮かべ、ようやくやすらかな気分に浸った。
そのとき、部屋の扉がことりと開き、あの甲高い声がした。
「すみません。この船が最終のようなので、乗り込んでしまいました。代表して地球の皆様にもぜひご挨拶をさせていただきたいと思いまして」
微笑をたたえた異星人が八人並んでいた。
明日には、十六人になった緑色の異星人を乗せて、探査船は宇宙を彷徨うことになるだろう。