06.かつて身分差の恋で結ばれなかった恋人の生まれ変わりを見つけたら、これまで塩対応してきた王太子でした
【あらすじ】 なし
「彼に恋をしてはいけないよ」
父とは一回り以上年齢の離れた叔父上から、そっと耳打ちされた。
聡明な叔父上はそうなることを予期していたのだろう。
「恋? アランに恋をするわけがないわ」
そのときは冗談を言われたのだと思って笑ってしまった。あれしてはダメ、これしてはダメと口うるさいアランとよく喧嘩していたんだもの。私もそんな関係になるとは思ってもいなかったわ。
まさか忠告を忘れて、護衛の騎士と恋に落ちてしまうなんて……。
優しいと思っていた叔父上は内乱を起こし、その騒動に巻き込まれた私とアランは命を落とした。
◇◇◇
前世を思い出したきっかけは、十六歳の誕生日の夜に高熱を出して倒れたときのことだった。二日間、生死の境を彷徨って目覚めたとき、私は前世のリリィ姫の記憶を取り戻した。
侯爵家の令嬢レイラ・ローゼンバルクとして生まれ落ちてから十六年。前世で死んだ年齢と同じ年のことだった。
「目が覚めた? 体の具合はどうかしら?」
母が心配そうに私の顔を覗き込んできた。私が目覚めたと使用人から聞いて駆けつけてくれたのだろう。
母であるロゼッタは気品ある女性で、現国王陛下の娘のマナー講師でもある。赤みがかった金髪に紫水晶の瞳が印象的な母だ。その容姿は娘の私にも色濃く受け継がれている。
「お母さま、心配かけてごめんなさい。でももう大丈夫です」
私は上半身を起こそうとするが、まだ体に力が入らず起き上がれない。母が手を貸して起こしてくれた。そしてそのまま抱き締められる。
「あなたが倒れたと聞いて心配したのよ。誕生日会で無理をさせてしまったかしら」
「……ごめんなさい」
「無事で安心したわ。レイラは私の大切な娘だから」
「お母さま……」
心配してくれたことに胸が熱くなった。私は前世のリリィ姫として、母とは縁が薄かった。こうやって抱き締められるなんて夢にも思わなかったから……。
リリィ姫の記憶を思い出した今は、どうして母が私を愛してくれなかったのか理解している。
前世の私、リリィ姫にも母や兄がいた。しかし彼らは私のことを冷遇し、お父さまに至っては一度たりとも会いに来てはくれなかった。
リリィ姫の母にも、国王陛下と結婚する前に身分違いの恋人がいたらしい。国王陛下との結婚を機に恋人と別れたけれど、奔放に恋愛を追い求める自分の娘のリリィ姫に妬みが募ったのだろう。
「もう少し寝ていなさい」
「ありがとう、お母さま」
私は目を閉じると、すぐに深い眠りに入った。
今ならわかる。身分差の恋が成就するはずがないと。あのまま生き残ったとしても、あの恋が実ることはなかったのだと。
だからせめて今はあのときの恋を求めさせてほしい。
一つわかるのは、平民出身ながら剣技を極めてリリィ姫の護衛騎士を務めた清廉な魂を持つアランは、今世では高貴な身分だと。それは私の勘だ。
前世で追手に追われて死ぬ間際に、来世で十六歳になったら、前世を思い出すように魂に暗示をかけた。もっと低年齢で前世を思い出せれば良かったが、体力がもたない。やはり十六歳の誕生日が一番、心身ともに強く前世の魂に刻まれた暗示が反応するようだ。
火事場の馬鹿力のようなもので、奇跡的にそれは作用した。前世で結ばれなかった恋人に会いに行くために。
◇◇◇
「レイラさまは、ほんと人使いが雑ですよね! どこかの国の姫さまみたいです」
家来は嫌味を言いたいようだけど、私はニンマリと口の端を吊り上げる。人を使うのを慣れているのは前世からのことよ。
木の下をスコップで掘り進めてもらっていた。私の探し物を見つけるために。
「私に姫のような気品があると言いたいのかしら。それは光栄だわ」
「まったく、レイラさまは調子がいいんですから……」
口では文句を言いながらも、手は休めない優秀な家来。
と、スコップの先に硬い感触があったようで、家来は「あっ」と声を上げた。
「もしかして、これが目的のものですよね?」
私は穴をのぞき込んで、それに触れた。間違いないわ。
「そのまま掘って!」
「わかりました」
私が頼むと家来はスコップを地面に刺して、両手で土をかき出した。
ほどなくして出てきたのは古びた木箱。
「これは……?」
困惑の声を上げて、家来はこれをどうするのかと私を見つめてきた。
「私にそれをよく見せて」
家来には「十年前に埋めた思い出の箱を見つけたいの」と理由をつけて手伝ってもらった。本当は十六年前のことだけどね。
「これで間違いないわ。ありがとう。エラ」
木箱の形は、記憶のそれと一緒で、私は思わずにっこりと笑った。
「なんでこんなところに埋めたんですか?」
家来がもっともな疑問をぶつけてくる。
「それは秘密よ」
と、私は人差し指を唇に当てた。
私の前世は姫で、恋人は護衛の騎士だった。当時、兄のように慕っていた叔父上だけは、私が騎士を好きだと分かったみたいで、「そんな恋をしてはいけないよ」と忠告してくれた。それでも恋する気持ちは止められなかったけれど。
結局、身分差の恋は成就しなかった。叔父上が起こした内乱に巻き込まれて、護衛の騎士と共に十六歳の若さで死んだ。
その後、内乱に勝った叔父上が王座に就いた。
私たちを殺すつもりはなかったらしいというのは、侯爵家の令嬢に転生して、社交界にデビューする前に人から聞いた話で知った。当時の私は知る由もなかった。
叔父上が内乱を起こさなければ私たちが死ぬことはなかった。
でも、そうしなければ悪政から逃れようと、他の勢力が内乱を起こした可能性もある。叔父上を憎むのは筋違いだという者もいるだろう。
私は……あれから叔父上がどうも苦手だ。
情がわいて私を生かそうとしたわけではなく、他国の王族に嫁入りさせるとか、政治の駒として利用しようと考えていたのかもしれない。
私の父とは対極的で、のんびりした見た目に反して頭の切れる人だったから……。
「レイラさま?」
ハッと我に返る。物思いに耽ってしまっていたわ。
「どうかしましたか?」
家来が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ううん、何でもないわ」
私は首を横に振った。前世のことを家来に話しても仕方ないもの。
掘り起こした木箱に入っていたのは、内乱が起こる少し前に「他の人には内密に」と口止めして神官に頼み込んで作ってもらった魔道具だ。
それは――前世の恋人を探し出す魔道具。
前世でアランと結ばれないのではと不安に思った私は、その魔道具を手に入れると月桂樹の根元に埋めた。前世での私の勘は悪い方に当たった。
秘密の魔道具を手に入れた私は、自室に入って扉を閉め切ると早速起動させた。
「…………え?」
映し出された人物を見て息を呑んだ。
信じられない思いで画面を見つめる。
それは――これまで塩対応されてきた王太子だったからだ。
年月が経って壊れてしまったのかしら。……いいえ、そんなはずはない。魔道具作りには定評のある神官の手によって作られたものなんだもの。
「……なんで」
ようやく探し人を見つけたのに、よりにもよって大嫌いな王太子なの!? 今度こそ前世の恋人と幸せになりたいのに。
叔父上の息子だから、前世の私が生きていたら彼とは従兄弟の関係になる。今世では血の繋がりもない赤の他人だけど。
今から二年前の十四歳のときのこと。母のマナー講師の仕事の関係もあって、親子で王国のパーティーに招待された。仕事仲間と歓談していた母と少しだけ別れて、王太子へ挨拶しに行ったときには、「お前とは仲良くするつもりはない」と拒絶された。母がその場にいたら一緒に怒ってくれたはずだが、残念ながら二人きりだった。
年の近い王太子に気に入られたら玉の輿の可能性もあると夢見ていたけれど、そんな考えは一瞬にして吹き飛んだ。
「……私も仲良くするつもりはありません」
泣かなかったのは自分でも偉いと思う。私はこう考えた。
塩対応されたのなら、私も同じ塩対応でお返しするのが礼儀でしょう?
自分からそう言ったくせに王太子は苦しそうな顔を一瞬見せた。
「ああ。それは良かった」
王太子はやはり冷たく返してきた。
「もう話すことはありませんね。失礼させていただきます」
母に仕込まれた綺麗なお辞儀をして、一方的に会話を打ち切ってその場を去った。もう二度と玉の輿に乗ろうと思うものかと決意して。
どうしよう、どうしたらいいんだろう? もう前世の恋人は忘れて新しい恋をするしかないよね?
でもこの魔道具が示すように、私が王太子を好きになるのかな。そんなの嫌よ! 頭を抱えていた私は、ふと大事なことに思い至った。
――王太子も前世の記憶を持っているかもしれないじゃない。
十六歳の誕生日をきっかけに前世の記憶を思い出したのだから、可能性はある。
王太子と話をする機会を手に入れるために、母のつてを頼って、国王陛下の娘の誕生パーティーに参加させてもらえることになった。