05.婚約者と書いて、ライバルと読む。負けず嫌い令嬢は、親友と呼ばれて複雑です
【あらすじ】
レイラ・トマス公爵令嬢は負けず嫌いのせいで、婚約者であるアルベルト・ファフニール皇太子と同じ勉強をしてきたが、アルベルトの理想の女性が自分と真逆だという噂を聞き、彼の為に距離を置くため剣術をやめようと決意する。
そんな折、隣国の第三皇子でこの国に留学中のクラーク・ゲイナスが刺客に襲われているのを助けたレイラは、クラークに猛アタックをかけレイラと結婚したいと言い出したことで、レイラは次第にゲイナス国の継承権争いに巻き込まれていく。
そしてアルベルトにも別の縁談が持ち上がったのだが、アルベルトは絶対にレイラとの婚約は解消しないと言ってクラークと張り合い始めるのだった。
幼い頃から、負けず嫌いだった。
そのせいで、しなくてもよい苦労を背負い、従順で貞淑な淑女像から遠ざかっている自覚はある。
もちろん、努力もした。
公爵家の娘として恥ずかしくない教養とマナーを学び、美容にも気を使っている。
容姿は、整っているほうだと思うのに、目つきが鋭いので怖いと言われてしまう。
女性が剣を持つことの珍しいこの国で、剣術を学んでいるせいもあるかもしれない。
手にできた剣だこは私にとっては努力の勲章だけれど、それが自分の評判を落としていることも知っていた。
「レイラ、足が止まっているぞ」
「ご心配なく。様子を見ているのです」
木刀を正眼の位置に構えながら、私は目の前の男、アルベルト・ファフニール皇太子を見据える。
アイスブルーの大きく鋭い瞳は、私、レイラ・トマスの隙を捜していた。
昔は私より背が低かったのに、今ではかなり見上げなければいけないほどの長身だ。そして動きがとても速い。
幼い頃は良きライバルだったけれど、今では実力に大きく差がついてしまった。
こうして剣を交えるとよくわかる。
気迫もスピードも、その打ち込みの正確さも重さも、すべてがかなわないのは誰が見ても明らかだ。
勝てる気などしなかったが、何もせずに降参することは、プライドが許さない。
自分でもばかだと思う。
私はトマス公爵家の娘だ。騎士でも何でもない。
婚約者である皇太子とこうして模擬戦をする必要はないし、そもそも剣術を学ぶ必要もなかった。
こうなったのは、すべて私の『負けん気』が人一倍強かったせいだ。
彼の胴を狙って踏み込んだが、やわらかくかわされる。
彼の薄い唇に笑みが浮かんだ。
──来る。
そう思って私も踏み込んだ。が、彼の振り下ろした木刀が私の木刀を払い飛ばす。
「参りました」
私は頭を下げ、アルベルトと握手をした。
負けると最初から分かっていても悔しい。
私は控席に移動しながら、唇をかむ。
「いい試合でした」
声をかけてくれたのは、ロイド・テイラー。
私より二つ上だ。現在、帝国騎士団の幹部候補生である。
「ありがとう」
私は軽く礼を述べた。
いい試合ではない。どう見ても、アルベルトの圧勝だった。
彼が私にそんな風に声をかけてくれるのは、私がラスタバン公爵家の人間だからだ。テイラーは、ラスタバン家の傍系の伯爵家の三男。私の機嫌を取っておきたい立場だ。
「殿下が強すぎるのですから、お気になさらず」
「そうね」
ロイドの慰めの言葉は私へのいたわりだけではない。
確かに、アルベルトは、騎士団の人間と比べても強いし、私とて、普通の騎士程度の実力はある。
アルベルトがばけものなのだ。だから勝負にならないのは当たり前。
私とアルベルトでは実力差がありすぎる。
そうはわかっていても、その事実を目の当たりにするのは、悔しい。
剣を習い始めたころは、こうではなかったから。
私が十歳、アルベルトが十一歳の時だ。
公爵家の娘である私と、皇子であるアルベルトの婚約が結ばれた。
婚約後、いつもお茶会に、遅れてくるアルベルトに『お前と違って勉強が忙しい』と言われ、切れた私が『それなら私も同じ勉強をする』と主張した。
皇子であるアルベルトが帝王学から剣術まで幅広い教育を受けていることは、私も知っていた。
だが、私も皇子妃としての厳しい教育を受けていたのだ。だから毎回勉強を理由に遅れてくるアルベルトを私は許せなかった。
アルベルトはすぐ受けて立つと言ったが、両親と皇帝や皇后は反対した。
でも、私は引かなかった。
それができないなら、婚約など解消するつもりだと強気で皆を説得した。
あれから七年。結果として、私とアルベルトは全く同じ教育を受けてきた。
私は剣術や帝王学を新たに習うようになり、アルベルトは刺繍やレース編みなどを習いはじめた。
両親たちは、私やアルベルトがすぐに音を上げると思っていたらしい。
幸いというべきか、私もアルベルトも、お互いに負けたくない一心で、励んだ。
最初はどちらも同じくらいだったけれど、年を経て、得意不得意が、違ってくるようになった。
体力差もあるのだろう。剣術はアルベルトに到底かなわなくなった。
残念ながら、刺繍も、アルベルトの方がはるかにうまい。
魔術と一部の学問に関してだけは、私の方が優秀だけれども。
「レイラ、何ぼさっとしている?」
「え?」
ずいぶん一人で考え事をしていたようだ。
アルベルトに声をかけられて、私は顔を上げる。
「お前さー、いい加減、剣術の稽古はやめたら?」
にやにやとした笑い。
勝ち誇ったどや顔だ。せっかくの二枚目が台無しになる気がする。
「……そうですね」
頷くと、アルベルトは驚いたようだった。
私が素直に頷くとは思っていなかったのだろう。
「お前、ひょっとして、どこか悪いのか?」
急に慌てて私の顔を覗き込む。
本気で心配している顔だ。
「どこも悪くはありません。私もそろそろいつまでも殿下を追いかけまわすようなことはやめようかと思っておりましたので」
「はぁ?」
いつもと違う私の反応に、アルベルトは首を傾げた。
「らしくないぞ」
「そうかもしれません。ですが、私が間違っていたのです。才能がないのに続ければ、騎士団の皆さまにもご迷惑をかけますから」
私は剣術が好きだけれど、剣で身を立てるわけではない。
学ぶことが無駄だとは思わないけれど、そのことで後ろ指を指す人間がいることも知っている。
今までは気にしていなかった。
彼の理想の女性は『可愛らしくて、おとなしい』私とは真逆のタイプで、常にくっついて回る私をうっとおしいと思っているという噂を聞くまでは。
もちろんアルベルト本人から言われたことはないけれど、心当たりはある。
やらなくてもいいことをやり、わがままを言って追いかけまわして張り合っていたのは事実だから。
これを機会に距離を置いて、アルベルトを自由にすべきだろう。アルベルトが望むのであれば、婚約解消も考えなければいけない。
彼には幸せになってほしいから。
「おい、待て」
立ち上がった私の後ろをアルベルトが慌てたように追ってくる。
「どこへ行く」
「団長に、ご挨拶を」
「うわっ、ちょっと待て! どうしてやめるんだ!」
アルベルトが大声を出したので、周囲がざわついた。
「殿下がやめろとおっしゃったのですが」
私は思わず苦笑する。
「公女さま、嘘ですよね? やめないですよね?」
アルベルトの声が大きかったせいだろう。
騎士団の団員である、トーマスが声を上げた。
「殿下、早く謝るべきです!」
「公女さまがいなくなったら、癒しがなくなってしまいます!」
「レイラさまは我が団のうるおいです!」
口々にみんなが話し始め、騒然となる。
「おい、なんで、俺の婚約者が、おまえらの癒しとかうるおいになるんだ!」
「そんなこと仰っている余裕があるなら、謝ってください殿下!」
「そうです! やめるなら、殿下の方です」
最後のはさすがにとんでもない冗談だとは思うけれど、意外にも引き留めてくれているみたいだ。
「お前ら、少しは静かにしないか」
団長であるディオ・ジルベルダの鋭い声に、団員たちは静まり返った。
ジルベルダは、四十歳。歴戦の猛者だ。声は重低音でしかもよく通る。
「レイラさま、本当にやめるのですか?」
ジルベルダは私を見つめる。心を見透かされるような視線だ。
「そのつもりです。団長には今までご迷惑を」
「ちょっと待て。冷静になれ、レイラ。今日は俺が悪かった。ごめん」
私の話をさえぎってアルベルトが私に頭を下げた。
「本気じゃなかった。お前がやめることはない」
まっすぐに私を見つめるその瞳に嘘はなさそうで、彼が心から謝罪しているのは理解できた。
考えてみれば、今までも彼は私をライバルとして尊重してくれている。裏ではうっとうしいと言っているかもしれないけれど、私の前では『良き友人』だ。
でも、私を『女性』と認識しているかどうかは怪しい。
「すみません。でも本当は殿下に言われたからではありません」
私は首を振る。
距離を置かなければいけないと思っていたのは少し前からだ。
「私が剣を習うことに対して世間は批判的ですし、騎士になる予定もないのに、皆さんのお手を煩わすのは申し訳ないと今更ながらに気が付いただけですから」
「おい、レイラ、意地をはるな!」
アルベルトが私の腕をつかむ。
私のわがままで始めたことを辞めようとしているからなのか、とても怒っているようだ。
相変わらず馬鹿力で、つかまれた腕が痛い。
「殿下、やりすぎです」
アルベルトの腕をジルベルダがおさえ、私の腕は解放された。
「レイラさま、今日のところは保留にしておきます」
「団長?」
「いかに熟考したことにせよ、今の状態では、売り言葉に買い言葉で辞めるようにしか見えませんから」
「……はい」
ジルベルダの言うことは、正しい。
それに、こんな風にやめたら、きっとアルベルトは責任を感じてしまう。
私が勝手に始め、勝手にやめるのだ。誰かのせいにするのはよくない。
「わかりました」
ひとまずはジルベルダの言う通り、保留にした方がいいのだろう。
私は一礼して、何事もなかったように模擬戦の見学席に戻った。
しばらくざわついていたものの、模擬戦の続きが始まると皆は試合の方に意識を向け、私のことなど忘れてしまったようだ。
「レイラ、お前、誰かに何か言われたのか?」
隣に腰を下ろしたアルベルトが心配気に私の顔を覗き込む。
「何か言われるのはいつものことですわ」
両親をはじめ誰も私が剣を習うことを賛成していない。賛成してくれたのはアルベルトだけだった。
「俺はお前に剣をやめてほしくない。もうやめろなんて言わないから」
アルベルトはしゅんとしたようにうなだれる。
「殿下のせいではありません。どうか気になさらないでください」
アルベルトは悪くない。私の問題である。
私は首を振って微笑んだ。