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17.幼女になった呪われ嬢は、婚約者を解放したい

【あらすじ】


生まれた瞬間から母に疎まれてきたアイリーンは、男児しか生まれないと言われていたフルオスパー家に120年ぶりに生まれた女児だった。

「どうせ21歳までしか生きられない」と言われ続けていたアイリーンだが、20歳の誕生日を目前に突然幼女化してしまう。

タイムリミットはあと1年?それとも。


どうせ期限があるなら楽しい幼女ライフを送ろうと決心するも、幼馴染で婚約者のレックスが別れてくれない。


「ねえレックス。私は花嫁になれないし、このままじゃロリコンって言われちゃうわよ?」


「アイリーン。本当に君はバカだな」


 彼の言葉に私は大きく目を見開いた。だって言葉とは裏腹に、彼の声が切ないほど優しかったから。

 いつも冗談ばかり言って輝いている彼の目が、今は泣いているようにも見える。まるで知らない男の人みたいで、私は唇を噛んでまつげを伏せた。


「どうせバカよ。いつもアイリちゃんなんてふざけた呼び方をするくせに、こんな時にきちんと呼ぶなんてずるいわ」


 そんな風に小さく抗議すれば、彼はクスッと笑う。それがやけに大人っぽくて、ますます知らない人みたいで、悲しいような切ないような、どうにもやるせない気持ちになった。


「俺がずるいなんて、ずっと前から知っていただろう?」


 低く滑らかな声が甘く耳朶をくすぐるから、溢れそうになった涙がこぼれないようぎゅっと目を瞑る。ほんと、ずるい。


「ねえ、アイリーン。こっちを見ろよ。俺、絶対に君を死なせないって言ったよな。明日、二十一歳の誕生日を迎えても君はちゃんと生きてるし、十年後も二十年後も、俺が一番に誕生日を祝ってやる」


 そう言って、「贅沢だろう?」なんておどけた彼が、俯いていた私の頬に手を当てる。その手に導かれるよう顔をあげると、彼がいつものように不敵に口の端を上げた。


「君は呪われてなんかいないよ。俺を信じられないか?」


 そのあまりにも自信過剰な言い方がカッコいいよりむしろ可笑(おか)しくて、私は自然と浮かんだ笑みと涙を隠すようにプイッと横を向いた。


「年下のくせに生意気よ」

「八ヶ月だけだろ」


 いつものようにそう言った彼の手が、再び私の頬に触れる。


「ねえアイリーン。こっちを見て」


* * *


 一年前――。



 カリイジャの西の端にある小間物店ビリズは、世界中から集められたボタンをはじめ、リボンやレースなど、乙女の夢がたくさん詰まったお店だ。

 その一角では週に数回、私の祖母が友人たちと裁縫サークルを楽しんでいる部屋がある。

 サークルではディラン三世時代風のふわふわしたドレスなどを作っていて、お人形に着せるのが主な活動内容。

 この部屋に飾ってあるのはホリーという三歳児くらいの大きなお人形で、今私は、そのホリーとお揃いの赤いドレスを着せてもらったところだった。


「とっても似合うわ。アイリーン」

「ありがとう、おばあちゃま」


 袖と裾にたっぷりと白いフリルのついたドレスのスカートは、チュールをたっぷり重ねたパニエでふんわりと膨らんでいる。胸元とハーフアップにした髪には、ドレスの共布で作った大きなリボン。

 それは最近のシンプルな子供服とは真逆のデザインで、ボリュームがある分、実はけっこう重いし動きにくい。ただし、見た目だけは最高に可愛い服なのだ。


 サークルメンバーが見守る中、私がクルンと一回転すると、フワッと広がったスカートに歓喜の声があがる。

 このドレスを作ってくれた裁縫クラブの奥様方が今日も満足そうで、私も嬉しい。


 生まれてから二十年、ずっと薄汚れ、捨て置かれた人形のようだった私が経験したことない賛辞。それを、突然体が縮んで子どもの姿になった今、初めて体験している。

 今の私は、綺麗なドレスを汚す心配も、こんなの窮屈だと駄々をこねることもない生きた人形。その役割を果たすべくニッコリ笑って、丁寧に一礼した。


(うん。我ながら完璧)


 一番見せたい人の顔が思い浮かび、ふと近づく気配に顔をあげた瞬間。


「二十歳のお誕生日おめでとう、アイリちゃん。今日も見事にフリッフリで可愛いねぇ」

「にゃっ⁉」


 機嫌のいい声と共に後ろからひょいと抱き上げられた私は、びっくりしてとっさに声の主であるレックスの首に抱き着いた。しかも女の子らしい可愛い悲鳴ではなく、猫のような声を上げてしまったことに気づいて、恥ずかしさに頬が一気に熱くなる。


 幼女歴(・・・)三ヶ月とはいえ、中身は二十歳。

 いくら【きゅるんと可愛く生きる】ことを目標に掲げているとはいえ、とっさに年相応の羞恥が顔を出すのは仕方がないと思う。


「おっ、熱烈歓迎かい? 愛しの婚約者殿」


「ちがうわよ、バカ。ビックリしただけ。いきなり抱っこしたら驚くでちょ?」


(あ、また噛んじゃった)


 体が縮んでしまった(・・・・・・・・・)影響なのか、私の身体にはあちこちに軽いしびれがある。普段の生活に支障はないんだけど、頑張って話しても、時折舌足らずになってしまうのが困りものだ。


「そりゃあ失礼。おっ、アイリちゃん。ちょっと会わない間に少し太ったかな」

「むぅ。レディに対して失礼ね。もう、おろして」


 失礼なレックスの腕の中で暴れるけれど、当の彼は平然と機嫌よさげに笑うだけで、おろしてくれる気配はまるでなし。これはもう飽きるまでほっとこうと思い、代わりにプクッと頬を膨らませる。

 そんな私たちを見ておばあちゃまたちが楽しそうに笑うから、もちろんこれはポーズだ。

 金色の髪の可愛い五、六歳の幼女を抱っこした、柔らかそうな黒い巻き毛の立派な青年。それは大人目線で眺めてみれば、なんとも微笑ましい光景のはずだから。


(本当は二十歳の女性と十九歳の男性なんだけどね)


 幼児は幼児であるだけで可愛いのだと、ここへ来て初めて知った。

 そのきっかけをくれたレックスに、私は感謝してもしきれない恩がある。

 とはいえ、あの家から私を救うために婚約者になったらしいレックス。彼を一日も早く解放してあげることが、今の私の目標。


 生まれた時から二十一歳で死ぬと言われている私は、その期限が来年なのか、それとも体がもう一度大人になるまでなのかわからない。どちらにしても、本来私が婚約をするなんてありえない話だった。


(それにこのままじゃレックス、幼児趣味(ロリコン)だと思われちゃう)


 それは困る。

 いつもふざけた優しい幼馴染は、ボンキュッボンのセクシーなお姉様が好みだと聞いている。勿論もとの私とは正反対で、幼女化した身では問題外。

 彼にも「都合がいいから、しばらくこのままで」と言われているけれど、それが本当かどうか、未だによく分からないんだもの。


 私はレックスに、なんとしても幸せになってもらいたい。

 その幸せの中に私は、砂一粒分だって入ってやしないのだから。


* * *


 三ヶ月前。私の体が突然縮んだ。いえ、若返ったが正しいのかしら。


 二十歳の誕生日を目前にしたある夜。何がきっかけだったのか急激に縮んだ私は、ガリガリでみすぼらしい子どもの姿になってしまった。


 自分でみすぼらしいと言うのもどうかと思うけど、呆然とした顔で鏡に映った私は、かつてそうだったように可愛さのかけらもない、三歳くらいに見える幼女でしかなかった。

 きちんと梳かしてなかったせいで、もつれてくすんだ髪。同じく手入れ不足でくすんだ肌。

 ガリガリで、同じ年ごろの子より小さかったあの頃と同じ。ただただみすぼらしい子ども。

 そりゃあ、十九歳でも見栄えのいい見た目とはいえなかったけど、目だけが大きい子供時代の自分を目の当たりにすると、何とも言えない複雑な気持ちになった。


 ダボダボの寝間着を落ちないようにたくしあげ、何が起こったのか部屋を歩き回って考えた。

 カレンダーも、本棚にあるボロボロになった本も、大切に使っていた筆記用具もすべていつも通り。年頃の娘にあるまじき乏しいクローゼットも、きちんと整頓されている。いつ消えても直ぐに片付く、究極にシンプルな部屋。

 結果。


「夢じゃない。私、縮んじゃったんだ」


 そう結論付けるしかなかった。


「ああ、どうしよう」


 盛大にため息をついたのは自分に起きたこの状況についてではなく、これからくるであろう母の反応についてだった。


 男しか生まれないと言われるフルオスパー家に、百二十年ぶりに生まれた女児。それが私。

 父や親族は喜んだらしいけれど、母は自分が不貞を疑われるという強迫観念に陥ったらしい。誰が見ても私は父親にそっくりだったのに。


 でもそんなことを私が知ったのはずっと後の事。

 私は完全に育児放棄され、父は母を気遣い私を放置。そして母は一年半後に生まれた弟を溺愛した。

 それでも最低限命をつないだのは、先祖の約束があったことが大きいらしい。

 皮肉なことに、その約束が私を呪われた子と呼ぶことになったのにだ。



 案の定、この姿を見た母は悲鳴を上げると、近くにあった花瓶を私に投げつけた。


「やっぱりあんたは呪われた子よ。消えて! 早く消えてよ! あんたなんて私の子じゃない。私が産んだわけがない。早く消えてーっ!」


 幸い花瓶の破片が私の頬をかすめたくらいで済んだけれど、ヒステリーを起こして母は気を失ってしまった。たぶんあの瞬間、私に残っていた最後の母への情みたいなものがフツリと切れたのだと思う。


 父はため息をついて、「心配するな。これからのことを考えよう」と、下手くそな笑顔を見せ、母を追いかけた。

 弟は目を丸くした後、どこかに走って行った。

 弟とは仲が悪いわけではなかったから、たぶん解決策を探しに走ったのだろう。小さいころからなぜか、私を守る騎士のつもりでいる節があったから。


 でも私は一人になった食堂で、「なんだ……」と呟いた。


 自分を縛っていたものがプチッと切れた気がした。

 薄情でもいい。本当に心底スッキリして、目の前がぱっと開けた気持ちになったのだ。


 呪われてもうすぐ死ぬなら、誰に遠慮がいるのだろう?

 おしゃれを我慢して、言いたいことも我慢して、可愛いものも好きなものも見ないふりして。それらに何の意味があった?


「なんだ。好きに生きればいいじゃない」


 お母様、生まれてきてごめんなさいね。

 しかも期間限定の命の呪われた子? 嫌よね、見たくないわよね。


「ご希望通り消えてあげるわ。私は最期まで楽しく可愛く生きなおすことにする」


 それがあと一年でも、できなかったことを全部する。


(でもどうしたら?)


 小さくなった自分の手を見つめ、こてんと首をかしげる。不思議と不安はなかった。

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イセミュ

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[良い点] 作者様の創意工夫がこれでもかー、と詰め込まれた一話だと感じました! お話の魅力を最大限に見せるため、冒頭4200文字の中に現在・一年前・三か月前と時間をずらした舞台を展開。うわぁぁ、これ…
[良い点] 上手な構成ですねー。 とっても分かりやすい♡ すんなり物語に入って行けました♪ 現在、1年前、その3か月前までの経緯。 この1年でアイリーンとレックスの距離がグッと近くなって、お互いに不…
[一言] 冒頭の甘々がたまりません。レックスさんがかっこいい! 21歳まで生きられないと言われた理由は、ちらりと出てきた「先祖の約束」が関わっているのでしょうか。 アイリーンさんにはぜひとも21歳の誕…
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