16.好きな人にだけ発動する落とし穴魔法を身につけてしまいました…
【あらすじ】
王都の隅でひっそりと薬師を営む家の娘、リセ。
慎ましい生活のなか、ある日、騎士に恋をした。
魔物の大繁殖期はおよそ五十年に一度起こる大災害。
普段でも繁殖期には定期的に騎士団や傭兵団がそれぞれ魔物を討伐しに行くが、大繁殖期はその二団体が協力して取り掛かる。
傭兵団はあまりないが、騎士団は討伐に出る際にはいつも隊列を組んで王城から城壁までパレードを行う。充分な下調べと準備をするが命を落とすこともなくはない。平民騎士の家族が出立する日に見送ったのがこのパレードの始まりだとか。
私の両親が生まれた頃には普段見られない隊長格の貴族を拝めるからとお祭りのようになっていたそうだが、結局のところ無事に帰ってきてほしいのは今も昔も変わらない。
私は20歳になったのにもかかわらず大繁殖期の雰囲気に呑まれ、いつもはしない見送りをしに大通りまできた。家を出るのが遅かったので観客のだいぶ後方になってしまい、騎乗している隊長ならともかく徒歩の騎士は頭しか見えない。
沿道から応援する人々の中を颯爽と隊列が過ぎていく。その行軍の音を聞きながら指を組んだ両手を握りしめて強く目を瞑った。
(視界に入れなければ大丈夫、今回もいつものように無事に帰ってこられますように、どうかオラール様と皆さんが全員無事に戻ってきますように……!)
「きゃあ!オラール様がこちら側を歩いてる!ラッキーッ!オラールさーまーっ!」
前方の観客の応援に想い人の名前を聞きつけ思わず顔を上げる。すると人々の隙間からちょうど見えた。
前に見かけた時より少し伸びた黒髪、精悍な眼差し、槍部隊の中では細身だが副隊長らしく見惚れるほど堂々と歩いていた。
そして次の瞬間消えた。
(しまった!)
副隊長が消えて急に歩みを止めた槍部隊に周囲がざわりとなり、怖ろしくなった私はすぐにその場から逃げた。
(ひええええごめんなさいいいい!)
「どこだーっ!帰ってきたらみてろよっ!!」
大通りからずいぶん離れたはずなのに、地を這うようなオラール様の怒鳴り声が聞こえた気がした。
* * *
王都で代々細々と薬師をしている我が家は大通りからひとつ奥の通り、そして採取に行きやすいように城壁の近くにある。店を構えず、中心街の薬店などから発注を受けて薬を作り卸している。
我が家の男たちは代々腕はいいが人付き合いが超絶苦手と評判で、ご近所対応及びお客対応は嫁に任せきり。一人娘である私はというと、お爺ちゃんとお父さんよりはマシだがお婆ちゃんとお母さんの足下に及ばずの標準的な人見知りである。
18歳。
人見知りのまま成人をむかえた私だが、それを機に親から引き継ぎされたツテに中心街の薬店がある。
その店は王城にほぼ毎日納品していて、月に一度ある、薬店の誰もが都合がつかない日にお使いを頼まれた。店主夫妻も従業員たちも優秀な薬師なので、新鮮な材料が入荷すると時間勝負の薬作りに総出で掛かりきりになってしまうからだ。薬師あるあるである。
そんな理由で一生外観を眺めるだけと思っていた王城の敷地に入ることができた。王城御用達の薬店すごい。
もちろん王城の職員が納品の確認を終えたらすぐ帰るのだが、その立ち会いに騎士が一人か二人付く。業者の監視と納品職員の護衛で、私みたいないかにも非力な女にも例外はないそうだ。
そうして何度目かのお使いで黒髪の騎士様に会った。
納品の確認を終えてから敷地を出るまで、なんとエスコートをされたのだ。初めてのことにかなり動揺しガチガチになりすぎた私に騎士様はちょっとだけ困惑されたが、苦笑しながらもきちんと業者用の門まで付き添ってくださった。
その日私は帰ってからずっとぼんやりとニヤニヤを繰り返していたらしい。家族談。
初めての恋なら仕方ない。家族談。恥ず。
次のお使いでの納品確認終了後にかなりの勇気を総動員して納品担当の職員さんに黒髪の騎士様の名前を聞いた。いつも必要最低限しか喋らない私がもだもだと必死の形相で質問したからか、職員さんは苦笑しながらもあっさりと教えてくれた。
マリユス・オラール。子爵家次男26歳独身。槍部隊所属。
やはりのお貴族様だった。エスコートなど平民はしないし案の定である。
でも憧れるだけならタダだ。推しには貢ぐものらしいが、さしてお金がない平民から貴族様に何を貢げるのか思い当たらない。その日の帰りから毎日渾身の思いを込めて無事と健康を祈るようになった。
王城に通うようになって一年経つ頃には納品担当の職員さんとも少し世間話ができるようになった。騎士を引退したおじいさんで、偉ぶらず荒ぶらずいつも柔和な職員さんにはこの一年で十二回しか会っていないのだが、私にしてはかなり早く慣れた貴重な人である。
オラール様の無事を毎日祈ってると言ったら、なぜか職員さんは休憩時間だからと言って鍛錬場を生け垣の間からちょっとだけ覗ける通路を案内してくれた。
自分の身長より長い槍を軽々と操るオラール様の姿に動悸が激しくなり早々に戦線離脱。あああめちゃくちゃ格好良い。
職員さんを呆れさせるほどお礼を言って帰った。その後はずっとによによしていたらしい。家族談。さらに19歳になっても恋人もできない私をそっと心配していたらしい薬店店主夫妻談。恥っず。
それからも納品担当職員さんは鍛錬場を案内してくれた。月に一度、ほんの瞬きみたいな時間でも充分満たされる。推しってすごい。
それから半年後、オラール様が呪われているらしいという噂に愕然とした。
鍛錬中に突然落とし穴に落とされるという、悪戯みたいな呪い。幸いにも大きな怪我はしていないそうだが、鍛錬場とはいえ王城敷地内なのが問題に。魔法部隊が調べてもいまだに原因不明なままもう五回もその呪いが発動している。
なぜかオラール様限定だが、これが王族を狙ったものでない保証がない。だが手掛かりがまったくなく、納品業者にも聞き込みをしてるそうだ。
「というわけでリセさんや、それっぽいなにかに思い当たらんかい?」
「……も、申し訳ないですが、なにも……」
深々と頭を下げると「だよねぇ」と笑う納品担当職員さん。いつものように案内してくれようとしたので断腸の思いで断る。今さらだが推しが大変な時に部外者がうろつくのはよろしくない。
「いやいや、部外者って言うなら貴族のご令嬢たちがあれこれ理由をつけて誰かしらに面会を求めてわんさかやって来てる。あれに比べりゃリセさんはなんもしてないと同じだし、業務も休憩も通常通りにせよと上から言われているから心配いらんよ」
「……そ、そういうことでしたら、今日もお願いします……!」
そうして鍛錬しているオラール様を瞬き時間で充分堪能し、さて帰ろうと気持ちを切り替えた時に急に鍛錬場が慌ただしくなった。
「見つけた!」
すると突然目の前に、長髪をゆるりと結んだキラキラしい男性が現れた。
(え、今この人どこから?)
「微かな魔力の流れをあなたから感じました。落とし穴魔法について事情聴取をします」
妙な圧で迫ってくる長身のキラキラ様から思わず後ずさる。
(事情聴取?私?魔力?落とし穴?え?)
「お待ちくださいカディオ様。こちらのお嬢さんはただの薬師と証明されたはずです」
伸ばされた手に捕まる寸前、混乱して動けなくなった私を職員さんがその背に庇ってくれた。キラキラ様が視界から消えてほっとすると同時に小さな疑問がわく。
(証明されたはず……?)
「はい、ですが今確実に、彼女からオラールへの魔力を感じました。この!私が!です!」
キラキラ様が職員さんに圧をかけているようだが、庇われている私の方が震えだした。
「とにかく落ち着いてください、あなたのような大魔法使いの圧は一般人にはただの恐怖です」
「あ」
(だ、だだだ大魔法使い!?)
超大物単語にさらに混乱。そこへ。
「そー!こー!かーっ!」
鍛錬場の生け垣をオラール様が飛び越えてきて―――
(……わ、あ、オラールさま……!)
―――着地点に突然開いた直径一メートルほどの穴にスッと落ちていった。スッと。
(えええええ!?)
「だーっ!また穴ーっ!クソどうなってんだ!!」
まったく姿が見えないが穴からオラール様の声がする。エスコートされた時とかなり口調が違うが幻ではなかったようだ。
「ほら!ほらっ!」
「あれまあ……」
キラキラ様が嬉々として、職員さんが眉尻を下げて、オラール様の入った穴を見てから、私の方に振り返る。
(え、ぇぇぇ……)
途方に暮れるしかなかった。