14.好みドストライクな暴虐公爵様に「君を愛することはないから安心してほしい」と言われましたが、ごめんなさい、私は愛してます。
【あらすじ】
妹に婚約者を取られ、暴虐公爵に嫁がされたリリアンは。
初夜の務めを果たす前に気絶。
翌朝「君を愛することはないから安心してほしい」と告げられてしまう。
後悔するリリアンだったが、理由は恐ろしい暴虐公爵と結婚したからではなく、テンションが振りきれて気絶してしまったこと。
‥‥‥なんてもったいないっっ!!
一方、暴虐公爵アンガスは結婚を進めた兄とリリアンの妹に憤る。
初夜で気絶したのは恐怖からに違いないと、「君を愛することはないから安心してほしい」宣言をする。
このまま側にいて、壊してしまう前に逃げよう。
実はアンガスが推しの余命少ないリリアンと。
暴れる発作のせいで臆病なアンガスのラブコメ。
全方位ハッピーエンドです。
「俺が君を愛することはないから安心してほしい」
朝日が差すベッドの上。
昨日は初夜だったというのに、ベッドに乱れはありません。
私の馬鹿。馬鹿、馬鹿。
自分の不甲斐なさに涙がこぼれそうになった私は、目を伏せました。
アンガス様はこんな私を、妻に迎えてくれましたのに。
私がアンガス様の元に嫁いで来たのには、理由があったのです──
****
「リリアン、お前はブラッドフォージ公爵に嫁げ」
「え?」
正直、何を言われたのか分からなくて、私はぽかんと口を開けました。
突然のお父さまからの呼び出しに急いで来てみれば、なぜか家族勢ぞろい。
みんな厳しい表情で、妹のエリザベスだけがにこにこしています。
一体何事かと身構えたのですが。
ブラッドフォージ公爵閣下に嫁げ、と? 聞き間違いでしょうか。
「あの、お父さま。今なんと?」
「ブラッドフォージ公爵に嫁げと言った」
眉間にしわを寄せて、お父さまが言いました。
「ですが。私はパトリック殿下と婚約しております」
どうやら聞き間違いではなかったようですが、なおさら有り得ません。
第一王子のパトリック殿下と私の婚約は、生まれた時から両家によって決められたものなのですから。簡単に覆せるものではないのです。
「問題ない。今朝、王家から婚約破棄の申し入れがあった」
「そんなまさか!」
「喜んで下さい、お姉さま」
ずっと上機嫌だった妹が、口角を上げたまますっと目を細めました。
「パトリック殿下はね。私との『真実の愛』に目覚めたの。陛下にもご許可を頂いたから心配しないで」
頬に手を当てたエリザベスが、笑っていない目でうふふ、と笑う。
「お、王妃教育は」
幼少期から今まで、血のにじむような王妃教育を施されてきたけれど。エリザベスは淑女教育こそ受けているものの、王妃教育はしていないはず。
「王妃殿下にお願いして、こっそり三年前から受けていたの。私はお姉さまよりも健康で優秀だもの。私の方が将来の王妃として相応しいと、陛下と王妃殿下も認めて下さったわ」
知りませんでした。エリザベスが三年前から王妃教育を受けていただなんて。私の今までの努力は何だったのでしょう。
「わ、私は今まで殿下のためを思って」
「ええそうね。お姉さまとしては、そうだったのでしょうね。でもそれがパトリック殿下にとってうんざりなのですって。私はずーっと殿下から相談を受けていたのよ」
パトリック殿下が、私のことを疎ましく思っていたことは知っていました。私があれこれ進言する度に不機嫌になられていましたから。
殿下の私への視線の冷たさと、妹への熱の温度差にも気づいてはいたのです。
お忙しいと言って茶会にも来て下さらないのに、妹と楽しそうに談笑する姿を見かけたこともありました。
でもだからといって、まさか妹と真実の愛を育んでいただなんて。嘘でしょう?
「でもそれじゃあ、お姉さまが可哀想でしょう? だから陛下にお願いして、ブラッドフォージ閣下との結婚を取りつけてあげたの。良かったわね、お姉さま」
なんて妹なのでしょう。
身体が勝手にふるふると震えました。
妹と殿下のことでも衝撃だったのに、結婚相手があのブラッドフォージ閣下ですって?
アンガス・ブラッドフォージ公爵閣下。通称暴虐公爵。御年二十六歳。十四歳の時から戦場を駆け、鬼神の如き強さと非情さで、誰よりも魔獣を屠った英雄であり、同時に味方をも斬る狂戦士と恐れられている御方です。
身分のある結婚適齢期を過ぎた男性だというのに、凶悪・凶暴な性格から婚約のこの字も浮かんでいません。彼に嫁ぐということは、貴族令嬢にとって死刑宣告に等しいのです。
「ああっ」
「まあ、お姉さま。泣くほど嬉しいだなんて。私も嬉しいわ」
思わず崩れ落ちて涙を溢すと、妹が嬉しそうに笑いました。
本当になんて妹なのでしょう。
「国王陛下は公爵閣下との結婚は早急に進めるようにとの仰せだ。すぐに婚姻の手続きを済ませるから、そのつもりでいなさい」
こうして私は口ごたえも心の準備も出来ないまま、アンガスさまとの婚姻は進められ。
「君を愛することはない」と告げられてしまう、初夜へと至ったのです。
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「アンガス。お前帰ったらリリアン・ホワイトリー侯爵令嬢と婚姻な」
「は?」
遠征中のテントに突然やってくるなり満面の笑みで告げた兄に、俺は間抜けな答えを返した。
一人用にしては広いテントの中には誰もいない。物もない。寝袋が一つと、脱いだばかりの血のついた鎧下があるだけだ。
俺には特異体質からくる発作があって急に暴れる。人や物の見境なく壊してしまうから、周りに物を置かないようにしている。従者も用のある時しか側にいさせない。まあ、そもそも怖がって誰も近づかないけど。
「誰と誰が結婚ですか」
「お前とリリアン」
「冗談ですよね」
「本気本気。王命だから拒否権ないな」
俺は頭を抱えた。この俺がリリアン嬢と結婚なんて、有り得ない。
「無理です。兄上から陛下に言って下さい」
王命なら断れないが、目の前の兄は陛下に進言できる立場の人間だ。兄は基本的に俺に甘い。今回も何とかしてくれるだろう。そう思ったのだが。
「無理だね。なにせ陛下に進めたのはこの私だ」
「はああああ?」
にこにこと聞き捨てならないことを兄が言った。
正気か。
思わず足に力が入り、地面がぼこっと陥没する。
「どうした、発作か」
「発作だったらこんなものではすみませんよ」
しまった。俺は反省して無駄に開けてしまった穴に土を入れて戻す。
発作が起きていなくても、俺の筋力は普通の人を遥かに越える。
「兄上が進めたとはどういうことですか。リリアン侯爵令嬢は‥‥‥」
「第一王子の婚約者だったな。安心しろ。第一王子はリリアンの妹エリザベスと婚約し直した」
どこに安心要素がある。無茶苦茶だ。
ということは何か。リリアン嬢は婚約者を妹に盗られ、暴虐公爵に嫁がされるのか。最悪すぎるだろう。
「リリアン嬢は体に欠陥を抱えている。将来の王妃は務まらないとの陛下のご判断だ」
「なおさら俺なんかと結婚など無理でしょう」
屈強な男でさえ俺の側に居たがらないのだ。体の弱い令嬢が耐えられるはずがない。
発作が起きれば、何かを破壊しなければ収まらない。だから俺は成人前に魔獣討伐隊に入り、ずっと最前線で過ごしている。発作が起きても魔獣を殺せば済むからだ。
近くに人がいれば、いつ傷つけるか分からない。建物を破壊しては迷惑がかかる。
十四歳で入隊後、王宮や公爵邸には、ほとんど足を踏み入れていない。近くに街や村があっても、俺だけは一人で野営している。
化物、怪物、厄災。破壊が服を着て歩いているような男。それが俺だ。
そんな男の妻になったら、健康な人間でも参ってしまうだろう。
「お前との結婚はリリアン嬢本人の希望だよ」
「リリアン嬢の希望ではなく、エリザベス嬢の希望の間違いでしょう」
姉妹の仲は有名だ。もちろん悪い方に。
「否定はしない」
兄が苦笑した。
「このままだとリリアンは長く生きられない。長くない人生。本人の希望を優先して、好きな男と過ごさせてやりたいそうだ」
「好きな男‥‥‥」
それこそ有り得ない。俺のような人間を好きになる人などいるものか。綺麗な嘘でくるんでいるだけだ。
「その顔は嘘だと思ってるな」
「誰でもそう思うでしょう。余命いくばくもない姉に、なんて仕打ちだ!」
王子妃になるため、エリザベス嬢が姉のためだと兄を言いくるめ、邪魔なリリアン嬢を俺にあてがったのだろう。
怒りにまかせて拳を振ると、突風が起こった。テントの外からガシャンという物音と「ひえっ」という悲鳴が上がる。
すまない。
ああもう。つくづく自分の体質が嫌になる。
大きく息を吐いた俺は眉間を揉んで怒りを逃がした。
「兄上はそれで本当にいいのですか」
どこがいいのか俺にはさっぱりだが、兄は昔からエリザベス嬢のことが好きだった。
しかし兄は、地位を利用して求婚すれば確実に手に入るのに、エリザベス嬢の意思を尊重すると言って、求婚しなかった。
エリザベス嬢とは一度だけ会ったことがある。
正確には姉妹とは、だ。
俺が十歳かそこらのことだ。引きこもっていた屋敷の離れに、リリアン嬢が迷いこんで来たのだ。
天使かと思った。
柔らかい銀髪が日の光を受けて、きらきらと輝いていた。赤い瞳は宝石のようだった。俺のことを知らなかったのか、怖がらずに挨拶をしてくれて。
人との会話に飢えていた俺は、いけないと思いつつ屋敷に招き入れた。
他愛もない話をしていると、エリザベス嬢が乗り込んできた。勢いよく屋敷の扉を開き仁王立ちをしたエリザベス嬢は、恐ろしい剣幕で俺を罵ったと思うとリリアン嬢を連れて立ち去った。
悪魔かと思った。
「兄上も兄上です。あのエリザベス嬢に尽くす理由が俺には分かりません」
「気高く、綺麗で優しい人だよ」
どこが、という言葉を俺は飲み込んだ。
兄がふわりと微笑んだからだ。
「心配するな。全て上手くいく」
俺に人との会話経験が足りないせいだろうか。
兄の気持ちは、やっぱり分からない。
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流石は国王陛下公認の結婚です。
周囲のお膳立てがものすごい勢いで進んだのはまあ、予想通りでした。
けれどまさか。
初顔合わせが初夜からなんてっ。
アンガス様は少々特殊な方。通常の王侯貴族のように大々的な結婚式も行われず、書類上のやり取りだけで婚姻は成されました。
周りの思惑とお膳立てによる契約結婚ですが、義務だけは果たさなければなりません。
心の準備も出来ないまま夫婦の寝室に放り込まれた私は。
初夜の務めを果たす前に気を失ったのです。
‥‥‥なんてもったいないっっ!!