13.ガラスの花の乙女と結ばれる真の恋は「366日」前から始まりました。
【あらすじ】
ガラスの花にて結ばれた夫婦は永遠に互いを想い、支え合い生きれるという。
そんなまことしやかに語られた物語は、この夫婦から始まったという。
シャーロン夫婦。
妻の名をユレイラ。夫の名をロイ。
この二人が出会ったのは国と国が争う戦渦真っ只中の事であった。
その年、天文的に4年に一度、1年が366日と巡ってきた年。
ある国と国が戦争を始めた。
小さな国同士の諍いが事の起こりと言われる。
戦いの炎は静かにそして大々的に周りの国をも巻き込んでいった。
クルグスル戦争と後に呼ばれた戦争は約3年間も続いたという。
その戦争の最中、愛を貫き生き抜いたとある夫婦が居た。
このお話はそのシャーロン夫妻が出逢い、真に結ばれる366日間の物語である。
~???日目・真の愛を叫ぶ日~
「ロイーっ!」
「ユレイラーっ!」
私は力の限り愛する人の名を叫んだ。
ロイも私の名を最大限の力を振り絞って叫んでいるのが分かる。
瓦礫を挟んで、その隙間から私たちは手を伸ばしてしっかりとお互いの手を握り合う。
私はわあわあと泣いた。
ロイの震えるもう片手が伸びてきて握り合った手に重なる。
「ユレイラ、愛している」
「ロイ、ロイ。私も貴方を愛しているわ」
私の涙が一粒、首から下げたガラスの種の袋に落ちる。
その袋が光り始めて……。
~出会い・1日目~
「酷いな……」
ロイは馬上からある村の惨状を見て思わず呟いた。
村のあちこちから火の手が上がり、村はほぼ壊滅といった状況だった。
村人は誰も居ない。
否、ほとんどが殺されたのだろう。
或いは逃げて無事なのか。
ただその可能性は極めて低いと思われた。
ロイは怯える愛馬の首を撫でた。
「大丈夫だ。俺が、この国を救う。救わなきゃダメなんだ」
その時、ロイの背後で小さな音がした。
咄嗟に剣を抜き素早く振り返ったロイが目にしたのは。
痩せ細った少女だった。
煤だらけの顔に瞳を大きく見開いて此方を見ている。
その瞳には怯えと恐怖の色だけが占めていた。
少女が一歩後退る。
ガシャン。
ロイはハッとした。
少女の足には枷が嵌められている。
その鎖の音が鳴ったのだ。
ロイの耳に何故だかそれは大きく響いた。
(枷? 一体どうい事だ?)
ロイは目を見張った。
よく見ると細い両足首に枷は嵌められていた。
これでは満足に動けなかっただろうに、きっとこの混乱の最中死に物狂いで何処からか逃げてきたのだろう。
少女は傷だらけでもあった。
ロイが剣を片手に持っている様子を見た少女が不意に足元の石を拾った。
そして投げてきた。
石はロイのだいぶ手前で落ちた。
が、それでも少女は石を拾ってはロイに向かって投げてきた。
まるで必死の抵抗をしているようだった。
自分の身を守ろうとする少女の姿にロイの胸はひどく痛んだ。
やがて足元の石が無くなると、少女は傍に落ちていた木の枝をこちらに向けてきた。
枝を持つ手はぶるぶると震えていたが、先程の怯えていた目は戦う意思を宿していた。
ロイは馬から降りた。
びくりと少女が震えた。
ロイは剣を地面に置いた。
「わたしは貴女を殺すつもりはない。また酷い目にあわすつもりもない。どうか、その傷を手当させて欲しい」
「…………」
少女はロイの話しかけにも黙ったままだ。
ロイが一歩踏み出せば、少女は一歩後退る。
ガチャリ、ガチャリ。
ただ、鎖の音のみが響き渡る。
どっちつかずの状態が、5分程続いただろう。
その時だった。
少女の後方の建物の瓦礫の陰で、何かがゆらりと動くのがロイに見えた。
少女が気配に気付き振り向くのとロイが剣を拾い上げて走り出すのが同時だった。
キィーン!
刃と刃がぶつかった甲高い音が鳴った。
「敵兵か‼」
「ちっ! マーブロ兵か!」
両者が同時に言い放った。
剣と剣が離れたと思った瞬間、またぶつかり合う。
火花が激しく散った。
少女が腰を抜かして座り込んでいるのを片眼で見たロイは、
「許せ!」
と叫ぶと少女の細い腰に片手を回し抱え込んだ。
そのまままた剣を振るう。
少女が声を上げたが、ロイは気にしている暇は無かった。
ザン!
ロイの大きく薙ぎ払った剣が相手の肩を切り裂いた。
「うああっ!」
相手の剣が手から落ちた。
肩から血を流す相手を見てロイは言った。
「命までは取らない。去れ」
が、敵兵はにやりと笑うと
「クルスズ王国に勝利あれ!」
と叫びおもむろに懐に手をやった。
ロイの勘が危険を知らせ少女を抱え込んで背を向けたと同時だった。
背後で爆発が起こる。
爆風で前髪が揺れる中、振り返り敵の最期に目を見張ったロイだったが少女を地面に下ろし遺骸に近付くと静かに首を振った。
そして振り向く。
少女はガクガクと震えていたが緊張の極限が来たのだろう。
ロイが声を掛けようとした途端、その場に崩れ落ちた。
その時。
少女は薄れゆく意識の中優しく蛍の様に光る何かを見たのだった。
~覚醒・3日目~
(……逃げなきゃっ! 逃げなきゃっ! このままでは私は死んでしまう‼)
少女・ユレイラは必死で走っていた。
飼い主は目の前で死んでしまったが、ユレイラを追う何かが居るのは彼女自身が痛いほど解っていた。
だから枷が付いた足で必死に逃げ出した。
転んでは傷を作り、立ち上がり走る。
歯を食いしばって足を必死で動かす。
その間も服の下に隠したある物の存在を確認するのは怠らない。
森を抜けたその先に確か休憩で立ち寄った村があったはずだ。
とにかく、そこまで行けばどうにかなるだろう。
が、その希望は易々と砕かれた。
村からは火の手が上がり、家々は崩れ落ち燃えていた。
村人は何処へ行ったのだろう。
ユレイラは自問したが既に頭の中には答えが出ていた。
(みんな……ごめんなさい)
そう思うのに、涙ひとつ出ないのがまたユレイラの心をかさつかせた。
思考の渦に少し囚われていたのがいけなかった。
足元の枝を踏んでしまった。
音が、した。
気付いた時には前方に馬と騎士らしき人物がいた。
(っ! どうしよう⁉)
それからは彼女にとっては怒涛の展開だった。
パニックになりつつも生き抜くためには目の前の人物を倒すか気絶させなければいけなかった。
でも追手がユレイラの背後に迫っていて……。
気付いたら意識は闇の中だった。
そして彼女は今、
「ううっ……に、げ、なきゃ! 私は、私は!」
うなされていた。
胸が苦しくて苦しくて、もう駄目だと思った時だった。
あの、蛍の様なあたたかな光が目の前に現れた。
「大丈夫、もうだいじょうぶだ」
その声が聞こえると苦しみはスッと消えた。
光に必死で手を伸ばし、掌でそっと包み込んだ瞬間。
ユレイラは覚醒した。
「っ!」
はあっと大きく息を吸って吐く。
直ぐに服の下の物を確認する。
手に伝わる感触にとりあえず安堵する。
そしてユレイラはようやく周りの景色と自分が置かれている状況を推察した。
彼女が横になっていたのはふかふかの上等なベッドだった。
部屋は広くもなく狭くもなく丁度いいサイズの空間。
優しい若葉色の壁紙にはお洒落な装飾で彩られている。
家具も可愛らしいものばかりだ。
ユレイラの好みにどんぴしゃりな小物類まで有る。
そこまできてからユレイラは額に左手の人差し指をこつんと当てた。
「……ああ、そうだわ」
思い出した、とユレイラは呟いた。
「という事は、此処はあの騎士の」
バーン!
言葉の途中でいきなりドアが音を立てて開きユレイラはベッドの上で飛び上がった。
「目覚ーめましたーか~⁉ 奥様~‼」
歌うような口調で突如部屋に入ってきたのは執事の服を着た女性である。
「女性?」
思わずユレイラはそうツッコんでいた。
「はーい、私はー執事の~ミーレーイー、なんで~す~」
くるくると回転しながらミレイと名乗った執事風の女性をユレイラは冷ややかに見つめた。
「ミレイさん」
「そうよ~」
「あの、その歌うような口調止めてもらえませんか。頭痛が」
ユレイラははぁ、とわざと溜め息を吐いてアピールする。
「あら~。それは失礼しましたわ~」
(直ってないじゃないの!)
うふふ、と懲りずに笑っているミレイを見てユレイラは本当に一発お見舞いしたくなった。
「奥様、ではお風呂に参りましょうか~」
ミレイの言葉にユレイラの耳がぴくんと反応する。
「お、お風呂……?」
うずうずと体がするのが分かる。
ユレイラの言葉にミレイがうんうん、と何度も頷いた。
「取り敢えず傷の処置とかしましたが~、旦那様にお会いする前に綺麗にしませんとね~」
「その奥様とか旦那様とか訳が分からないけれど、お風呂は入りたい!」
前のめりになるユレイラはベッドから下りた。
そして足枷が外れているのも確認した。
「さあさ、行きましょう~」
ミレイがユレイラの背中をぐいっと押してその部屋を後にしたのだった。
「…………はぁ」
「旦那様、先ほどから溜め息を吐くこと計53回になります。眉根に皺もそんなに寄せてらっしゃって。……益々老けますよ」
ぴくり。
ロイの耳が機敏に反応する。
閉じていた目を開けてロイは傍にいたメイド長のブルハーナを睨んだ。
「ハーナ。聞こえているぞ。益々老けるとは、まあもういい。それよりまだか」
先程からロイは机の下で年甲斐もなく貧乏揺すりを止められないでいる。
ブルハーナはそれを笑顔で黙認していたが、そろそろ主が我慢の限界に来たとちらりと部屋の隅を見遣る。
視線の先でメイドの一人がまだだ、と首を振った。
何か問題でも起きたのだろうか。
ブルハーナはそのメイドに向かって頷く。
意を得たメイドがドアを開こうとしたその時。
ばあん!
「ぷぎ!」
ドアが向こうから乱暴に開いた。
メイドが潰れたような声を上げる。
そんな声にも構っていられない程の状態の少女が、怒りのオーラ全身で立っていた。
「ああ、身綺麗になった」
「返せ!」
ロイの言葉をぶった切りユレイラが叫ぶ。
「……一体どうしたのだ?」
「返せ! 私の命と同じくらい大事な宝物!」
「だから」
「返せって言ったら返せ!」
これは状況が分からなければ話が進まないとロイは視線を、次に部屋に入ってきた執事のミレイに答えを求めた。
「もう、奥様ったら~。慌てなくても籠の物は全部洗いますって言ったじゃあありませんか~」
ミレイは呑気そうに言った。
それを聞いてさらにユレイラが辺りを睨みつける。
「誰が持って行った⁉ 返せ! いや、返して‼」
口調は少しマシになったが相変わらず睨むことをユレイラは止めなかった。
そんなユレイラを宥めるのが先だとロイは矛先を目の前の少女へと向けた。
怒り心頭のユレイラの瞳は怒りに染まっていてこちらの聞きたいことを話すとは到底思えなかった。
「落ち着きなさい。君の大事な物は此処にある」