10.封印されていた竜王に見初められ嫁に来ないかと誘われたので婿に来るならいいよと言ってみた
【あらすじ】
若くして女王の位についたバーレンダーク王国の女王であるルキアは、原因不明の病に倒れた弟アステルのため、私財を投げ打って高額なエリクサーを使って治療を続けていた。しかし、一向に症状は改善せず、借金は膨らむばかり。とうとう教会は王の証である「太陽の護符」を借金のかたに請求してきた。この事態を打開するため、ルキアは古代の王の墓を暴く決意をする。王の墓には、王族だけに伝えられて来たある秘宝が眠っているというのだ。信頼する腹心たちと共に王の墓に向かうルキア。だがそこで見つけたのは、頑丈な鎖で繋がれた、囚われの竜の姿だった。
◇◇◇
「ハアハア……ククク、ようやく見つけたぞ。まさかこんなところに隠してあったとはな」
瓦礫に埋もれた巨大な大神殿の地下に、一人の年老いた男が立っていた。腰は酷く折れ曲がり、伸ばしっぱなしの白髪頭に無造作に伸びた髭が顔中覆っている。立つのもやっとという風情だが、落ち窪み黄色く濁った瞳は、ようやく目的のものを手に入れた興奮で、ギラギラと輝いていた。
男は、先ほど台座の仕掛けから取り出した小瓶を、うっとりとした表情で眺めた。小瓶の中身は琥珀色の液体で満たされており、ぽうっと神秘的な光を発している。
「ああ、ついに、ついに手に入れた……」
男は震える手で瓶のふたを開けると、中身をおもむろに飲み干した。
途端に、男の体に急激な変化が現れる。折れ曲がった腰は再びしなやかさを取り戻し、枯れ枝のような腕に筋肉が盛り上がり、黒ずみ、干からびた肌がみるみる張りを帯びていく。
「ああ、力だ!力が湧いてくる!伝説の万能薬エリクサー。これさえあれば、世界は私の思うがまま……ハハ、アハハハハハハッ!!!」
男の高笑いの声が無人の神殿にこだました。
◇◇◇
「偉大なるバーレンダーク王国の聖なる太陽ルキア女王陛下に、敬虔たる神の使徒、大神官ダーゼルが謹んでご挨拶申し上げます」
ルキアは薄ら笑いを浮かべながら近づいてきた人物を見るなり、思いっきり顔をしかめた。色とりどりの宝石で飾られた純白の神官服に、輝く黄金の杖を携えたこの煌びやかな男は、神の使徒という名の取り立て屋だ。指に嵌めた数多の宝石が、また一つ二つ増えているところを見ると、神殿は相変わらず景気がいいらしい。今日も今日とて眩しいなと思いながら、ルキアは小さく溜息をついた。
「して、今日の取り立てはいくらだ?」
挨拶など無駄なこと。この男が王宮に足を運ぶ目的は金以外にないのだから。ルキアの言葉に満面の笑みを返すダーゼル。
「さすが陛下、察しがよろしいですな。お忙しい陛下のお時間を頂戴するのも心苦しいので簡潔に申し上げます。今回のお支払いは、これまでの分も合わせて1000万ゴールドになります」
「なっ!?1000万ゴールドだと!?馬鹿な!この国の一年分の国家予算に匹敵する金額だぞ!?そんな金が出せると思うのか!?」
隣で同じように顔をしかめて聞いていた宰相のジェームスが、真っ青になって叫んだ。キラキラしい大神官の出で立ちと対照的に、彼の執務服はよれて皺が目立つ。
「おや、異なことを。これでも安すぎるぐらいです」
「し、しかし、これまでの支払いとは金額が……」
「これまでの金額はエリクサーを含めない治療費です。大神官たる私が直々に祝福を与えていたのです。そのぐらいは当たり前でしょう」
「当り前だと!?陛下は私財をすべてなげうって弟君の治療費に充てていたんだぞ!」
「仕方がありませんね。神は万物に平等なのです。その方の財政状況によって特別扱いはできませんから。しかし、このような小国とは言え、まさか一国の君主がこれほど貧しいとは思いませんでしたが……」
クスリと嘲笑するダーゼルに、それまで大人しく壁際に控えていた騎士団長アレクの顔色が変わる。
「貴様……我が君を愚弄するか」
「おお怖い。治療費を支払えないからと言って暴力で脅してくるとはなんと野蛮な」
「貴様、大神官様に対して無礼だぞ」
大げさに嘆いて見せるダーゼルを守るように、屈強な神殿騎士たちがアレクを取り囲む。
「面白い。俺と手合わせしたいのか?」
一歩も譲らず睨み合う両者を、ルキアは手を上げて制した。
「よい。アレク、相手にするな。下手に怪我をさせるとその者たちの治療費まで請求されるぞ」
ルキアの言葉にダーゼルはおかしそうに笑う。
「さすが陛下。ご慧眼ですな。もちろん支払っていただきます。なんなら慰謝料もね」
「くっ……なんてやつらだ!」
「こういう者たちだと最初から分かっていただろう。……甘言に乗せられた私が愚かだったんだ。支払いは何とか手を尽くそう。だが、お前たちの助けはもういらない」
ルキアの言葉に大神官は恭しく礼を返す。
「それでは治療費の支払い期限は一月後と言うことで」
「なっ!せめてもう少し猶予を!」
「これでも待つほうですよ。私も忙しい身ですので」
「金の亡者め!なにを偉そうに!結局お前は何の役にも立たなかったではないか!」
吐き捨てるようなジェームスの言葉にダーゼルは首をすくめて見せる。
「これは心外です。私の祈りがあったからこそアステル殿下は今日まで生きながらえていたのです。希少なエリクサーも無駄にしてしまいました。ああ、もったいない!何か恐ろしい呪いにでも掛かっているのではありませんか?例えば、悪魔とか。おお怖い」
「貴様っ!」
「ジェームス、もう良い」
一年前、突如謎の病に倒れた弟のアステル。突然激しい高熱を出して倒れたあと、一度も目覚めることなく今もなお眠り続けている。食事も水分も取れない状態だと言うのに不思議と体がやせ衰えることはなかった。しかし、どんなに呼びかけても一向に目覚めないのだ。ルキアに残されたたった一人の愛する家族。苦渋の決断の末教会に縋りついたものの、待っていたのは寄付金という名の莫大な治療費の取り立てだった。
アステルの命には代えがたいと高額な治療費を支払い続けてきたのだが、さしたる結果も得られないまま今日に至っている。ルキアの個人資産はとっくに底をついた。王族の治療費として国庫から捻出することもできるが、これ以上成果の見えないものに高額な金を支払い続けるのは無駄だと分かっていた。
「ああ、そうそう。万が一治療費を払えない場合、それ相応の対価を支払っていただくことになりますが」
ダーゼルの顔が邪悪に歪む。
「例えばそう、ルキア王、あなたの持つその太陽の護符とか」
コツリと杖を突く音が空っぽの謁見室に響き渡る。
「太陽の護符だと?これはこの国の王の印だ」
ルシアの首に掛けられた『太陽の護符』は、燃えるようなルビーのあしらわれた宝玉だ。代々この国の王が受け継いでいる。
「もう売れそうなものはそれぐらいしか残されていないではありませんか」
しゃらりと神官の黄金の杖が揺れる。杖に施された絡みつく両頭の蛇の目にはめ込まれた真っ赤な宝石が毒々しく光る。
「それでは。色よい返事を期待していますよ」
◇◇◇
若くして両親を亡くしたルキアは、わずか15歳でバーレンダーク王国の女王として即位した。バーレンダーク王国は、険しい山脈に囲まれた小国であり決して豊かとは言えないが、その分争いとは無縁の平和な国だった。
しかし、ここ数年頭を悩ませているのが、新たにできたエリクサー教会の台頭だ。国内に瞬く間に勢力を広げた教会は、国外からも数多の信者を引き入れ、いまや国王以上の権力を持つに至った。
彼らが神の奇跡と呼ぶエリクサーは、ありとあらゆる万病を治すという。もちろんただで貰えるわけではない。教会に莫大な寄進をし、その貢献が認められたものだけに与えられるのだという。
最初は誰も信じなかった。けれど、生まれつき歩くことができなかった少女が目の前で立ち上がり、涙を流して喜ぶ姿を見たとき、人々は神の奇跡に沸いた。
「まさか本当に太陽の護符をあの男に渡すおつもりですか?」
心痛な顔で問いかけてくるジェームスに、ルキアは微笑んで見せる。
「万策尽きたときはそれも考えなければならないかもな」
「陛下!」
「慌てるな。万策尽きたときと言っただろう?まだ、策が尽きたわけではない」
「というと、何かあてがあるのですか?」
ルキアの言葉にアレクも身を乗り出してくる。
「ああ。『王家の墓』に行ってみようと思う」
「王家の墓に。しかしあそこは……」
「荒れ果てた岩場に古代の神殿の跡地があったとされている。しかしそれは仮の姿だ。実は、王族にしか伝わっていない秘密の通路があり、そこに、歴代の王の宝が隠されているんだ」
「なっ……そのような重要なこと、私たちに教えて良いのですか」
「お前たち二人は私の腹心だからな」
ルキアの言葉にジェームスとアレクは思わず目頭を押さえた。
「陛下!信頼していただきありがとうございます!」
「この剣に掛けて、秘密を守ると誓います」
「王の墓の鍵は私自身なんだ。宝の間には、王家の血を引くものしか入れない」
ルキアの実母はルキアが幼いころに亡くなった。アステルは父王が後妻として迎えた王妃の連れ子のため、バーレンダーク王族の血筋を引いていない。この先例えアステルが目覚めたとしても、王の墓にある「真実の扉」は開けることができないのだ。
「陛下。我々は、唯一残された王族であるあなたを失うわけにはいかないのです。たとえ王族しか入れない秘された場所とはいえ、危険はないのですか?」
「危険が無いかどうかは正直行ってみないと分からないな」
「はぁ。お止めしても聞き入れては貰えないのですよね」
「すまない」
鬼が出るか蛇が出るか。いずれにせよ、ルキアにはもはやその選択しか残されていなかった。
◇◇◇
永劫の暗闇の中、その竜は眠っていた。長い長い長すぎる生を終わらせるために。光など一筋も差し込まない漆黒の闇の中で、ただただ朽ち果てるのを待っていた。
そこに、彼女が現れるまでは。
続く