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虫の息

作者: 泉田清


 仕事中、あるお宅の庭でセミの声を聴いた。裏庭にある大きなケヤキの木にいるようだ。ジージーと一匹だけ鳴いている。もう夏も終わりである。


 帰宅してアパートの階段を上がる。踊り場に仰向けになったセミが転がっていた。コンクリートの上で死ぬこともあるまい、そう思い拾おうとして止めた。きっとこのセミはまだ生きている。用心して近づき、捕獲するつもりでサッと拾い上げる。案の定ジジジ!と手の中で暴れた。毎年同じ場面に出くわし、死んでいたと思っていたセミに驚かされていた。もう騙されないぞ。

 掴んだセミを闇に向かって放り投げた。か弱き命を助け何らかのご利益を得たい、そういう下心が無かったわけではない。昆虫採集の癖が蘇っただとか、目の前に死骸が転がっているのがイヤだとか、そういうのも考えられる。兎も角も、転がっていたセミは闇夜に羽ばたいた。


 晩飯を食していると網戸から夜の空気が入ってきた。外は20度を下回っている。つい何週か前の、毎夜の熱帯夜がウソのようだ。それより少し前にエアコンが壊れたのだった。今も壊れたままだ。あの頃を思い出すと背筋が凍る。ブルルッ、比喩ではなく悪寒がした。カゼをひいてしまう。あまりにも涼しすぎる、あれほど涼しさを熱望していたのに思わず窓を閉めた。

 熱帯夜で眠るのは容易ではない。避難先はネットカフェやマイカーの中、昼間は可能な限りエアコンの効いた場所で体力の回復に努めた。ネットカフェは快適だった。しかしエアコンが効きすぎ、昼寝の後カゼをひいたこともあった。カゼで熱帯の寝床に横たわる、砂漠で遭難した気分だった。この部屋には水も食べ物もあったが焼け石に水。最も必要なものは涼しさだったのだ。その日々ももう終わりだ。冬が来る前にエアコンを修理しよう。


 深夜、長袖を着てゴミを出しに行った。渡り廊下にひっくり返ったカナブンがいた。足で小突くと六本の足をカニみたいに動かして藻掻いた。まだ生きている。さっきのセミのように放り投げてやろうと思ったが、周りはここと同じくコンクリートしかない。甲虫では遠くまで飛ぶこともできまい。飛べたとしてもまたここの蛍光灯めがけてやってくる、それが甲虫の性である。

 コンクリートの砂漠でカナブン君は途方に暮れていたに違いない。それは私も同じだ。彼にとってベストな選択とは?ここにいたら助かる見込みはない。もう弱っていて、だからこそひっくり返っていたのかもしれない。いっそのことゴミ袋に入れてやろうか?いやいや、そんな事をしたらご利益も何も何もない。


 結局、カナブンをその場に戻した。運命を彼自身に委ねるしかない。ちゃんと六本の足を下向きにしたのだが、着地するや否やクルンとひっくり返ってしまった。どうしてすぐひっくり返ってしまうんだ。 

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