こんな展開ありですか!?
友人が入院した。雪で足を滑らせ倒れてしまったのだが、着地が悪かったのか腰の骨にヒビが入ったという。産まれが雪がめったに降らない地域なため慣れていなかったのだろう。自分も気をつけないと。そう思いながら暇つぶしにと本屋に入る女性。
友人からのリクエストを探しつつ自分も何か読もうと店内をうろついているととあるアニメ雑誌が目に入った。
「あ、懐かしい。もう10年経ったんだ」
その雑誌の表紙には10年前に放送されていたロボットアニメの主人公が描かれていた。当時学生だった彼女は深夜アニメのそれをリアルタイムで観ており、次の日も平日だったため眠気と戦いながら授業を受けるのが常だった。
ここまで書けばなんとなく察すると思われるが彼女はオタクだ。正確に言えば元オタク。学生時代と共に卒業した。しかし自らの意思ではなく仕事に忙殺され楽しむ暇がなく離れていく結果となったのだ。
懐かしさから雑誌も一緒に購入。病院で暇でだらけているであろうオタク友人と話が盛り上がれば良い。そう思っていたが友人はだらけすぎて眠っていた。寝起きの悪さはよくわかっているためメモと本を置いて病室を出る。すれ違った看護師さんに会釈をして廊下を歩けばふと浮かんだアニメのワンシーン。
主人公が所属する組織の上司が入院しベッドに寝ている。その横には上司の目覚めを祈る主人公。そう、上司はいつ目覚めるともわからない状態となってしまった。そしてその原因の一端は主人公にある。こう言うと主人公推しの人には叩かれてしまうのでこう訂正する。主人公を庇い撃たれてしまい今に至るのだ。そして主人公を撃とうとしたのが同じ組織のメンバーの男性だった。
彼はスパイというわけではない。出生の事情により秘密が多い主人公に不信感を抱いていたのだ。そして主人公と口論となり発砲、というなんともお粗末な展開となってしまったのだ。
当時リアルタイムで見ていた彼女はこれにショックを受けた。翌日学校を休み、食欲もないと何も食べずにぐったりしていた程に。
その理由は撃った男性キャラが推しだったからだ。もともとロボットアニメは苦手な部類だった彼女が毎週これを見ていたのは推しの姿を見たいがためだった。中性的な顔立ちにすらりとした身体。そして声が推し男性声優。見た目も声もど真ん中。だがいわゆるモブ。出番が少ない。だから今週は出るのかどうかリアルタイムで確認をしたかった。そして彼が出て喋ると歓喜し、放送が終われば録画を再生しそのシーンを携帯で録画した。ネットにアップしたら怒られるが個人的に楽しむなら良いだろう。そう勝手に判断したゆえの行動だった。
ちなみに彼は上司を撃った後逃走。もともと建物内部は熟知していたしまだ事件を知らない仲間に適当なことを言って建物から去ったのだった。そして彼の出番はないまま一期が終わった。
一期最終回の次の日、彼女はまた学校を休んだ。
それから一年程経ち二期がスタート。主人公は一期最終回で復活した上司と共に敵と戦っていた。そしてストーリーは大円団を迎えて終わりを告げた。そして最終回でようやく彼が出てきた。彼はあれから生き延びていた。ただのうのうと過ごしていたわけではない。あの後猛省しつつも会うのが怖い彼は裏へと潜り情報屋となっていた。そしてせめてものお詫びとして主人公達にこっそり情報などを渡していた。謎の情報屋キャラは考察サイトでは彼ではないかという意見もあったが、ついに主人公達は知ることはなかった。
ようやく終わったことに歓喜する主人公達を離れた建物の屋上から双眼鏡で見ていた彼が情報屋は閉店だなと呟くことにより答えが明らかとなった。しかし直後彼を狙う銃口と発砲音。音がしたシーンは彼がいた屋上の空を映すだけで彼の生死は不明のまま終わったのだった。
彼女はまた寝込んだ。
その後インタビュー記事が載った雑誌を買い漁ったが彼に関する情報は監督の想像にお任せしますの一言だけだった。だから彼女は生きていることを強く願った。そしてその展開の薄い本を作った。彼女は腐った思考の持ち主だった。ちなみにその界隈では上司と主人公の組み合わせが人気だ。そのため彼は当て馬扱いとなることが多く、それに彼女は憤りを感じ布教の意味も込めて彼が撃たなかったif展開や情報屋として裏で暗躍していた描かれていない日々などを妄想で書き殴った。喜んで買ってくれた人がいるので作って良かったと彼女は思っている。殆ど在庫なのには目を背けたが。
そんな推しキャラに彼女は転生してしまった。
病院を出てからの記憶がない。あの後すぐ何かの理由で死んだのか。それなりの時が経って死んだのか。それはわからない。パニックになりつつも彼女は少し安堵した。なぜなら上司を撃つ事件が起こる前だからだ。これはよくネットに転がっている原作改変というやつだろう。とにかく推しが死ななければそれでいい。とにかく生き残ろう。そう決意した彼女は尿意を感じトイレに行こうとしたが立ち止まる。ここは推しの自室。うっかり女子トイレに入ることはない。だがトイレに行くと言うことは嫌でも見てしまうのだ。アレを。我慢しようにもいつかは限界が来てしまう。どうしようと焦るが結局尿意に勝てなかった。できるだけ見ないようにして座ろう。そう決意したがそれは徒労に終わった。トイレから戻った彼女は顔を青ざめていた。
「え?こんな設定なかったよね?だって暑さで服脱いで上半身裸だったシーンあったし」
あれは永久保存版だよなぁ、と現実逃避をしていたがそれでも現実は変わらない。そして彼女は監督のインタビューのとある言葉を思い出した。
『制作初期ではもう少し違った話になる予定でした。でもよくある展開が多くて変えたんです。もちろん王道展開はウケが良いですが冒険をしたくて今の話に路線を切り替えました』
「つまり、これは、そのボツ設定が採用された世界線ってこと?」
上着を全て脱げば胸に巻かれたサラシが目に映る。
実は性別を偽って男装した女性。たしかに珍しくはない設定だ。だが、まさか、それが推しに使われるかもしれなかったなんて誰が思うだろうか。
「これから、どうしよう」
彼女は力無くその場に座り込み途方に暮れるのだった。
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