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Obtaining License ②


 惰性に満ち満ちた日々。

 良いことも、悪いことも、大して起こることのないマシュマロのような毎日。おそらく目標や将来の夢があれば何か違うかもしれない。

 

 けど自分にそんなものはない。だが周りにはある。

 夢や目標に向けて努力する周りの人間達を羨望と嫉妬の目でしか見られない自分に腹が立つ。

 自分だけ置いていかれるような、そんな焦燥感を募らせる毎日がこれからも続いていく。

 

 そんな日々を過ごす俺こと『枝垂しだれ 健二けんじ』がラフトボールを始めたのは、なんて事無い、片足不随の友達がラフトボーラーになったのがきっかけだった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 四月半ば、桜の花もとうに散って葉桜となった季節。

 私立洛錬高等学校にゴールデンウィークという連休が近づいてきた。

 

「宇佐美がラフトボール始めたってほんまかいな?」

 

 昼休み開始早々、二年二組の教室にて友人のはら 武尊たけるが枝垂健二の元へと突撃してきた。

 茶のブレザーやシャツをきっちり着こなして生徒指導に目をつけられないよう気をつけている。

 健二はやや億劫な面持ちで顔を上げる。

 

「そうらしいな」

 

 健二が見つめるのはスマホのメッセージアプリの画面、そこに宇佐美という友人から「色々あってラフトボールを始めることにしました」という簡潔な文章が送られてきていた。

 

「こらもう早速聞きに行くしかないで」

 

 京都出身の武尊が使う関西弁は、少し京都弁訛りが入っていて大阪弁よりややマイルドになっている。そしてこの男は大のラフトボール好きで、隙あらばラフトボール好きの道へと引きずり込もうとしている。

 

「そういえば、こないだ宇佐美に展覧会のチケット渡してなかったっけか?」

「おう、渡したで」

「それがきっかけじゃね?」

「そっかぁ〜、ワイの布教活動もついに実をなしたか。早速聞きに行こーや」

「せやな」

 

 口調が写った。コンビニで買った昼食用のパンを手に席を立つ。

 そのまま教室を出ようと思った矢先、聞きたくない声に呼び止められてしまう。

 

「おや? またあの『障害者』の元へ行くんですか?」

「あぁ?」

 

 振り返り、声の主を睨みつける。

 そこにいるのは南條なんじょう 漣理れんりという名の男子生徒、身長は健二より一回り大きく一八五センチメートルはある。長身なうえ整った顔立ちと甘いマスクなため女子の人気は高く、また何処ぞの企業の御曹司という。

 金もルックスも備えた女の理想、男の憎むべき天敵である。

 

「南條……ちっ」

 

 舌打ち一つ、嫌味な男に関わることわりはないので無視を決め込む。

 

「まあ下等市民は同じ下等市民と戯れるのがお似合いですがね」

「おうおう好き勝手言いおるやないかワレぇ」

 

 とうとう我慢できなくなったのか、武尊が漣理に詰め寄る。健二も頭にきていたので止めるつもりはない。必要なら殴り飛ばす所存だ。

 今年はまだ一度も停学処分をくらってないから大丈夫だ。

 

「事実でしょう? あなた達みたいな野蛮な市民は、ロクに歩けない足でまといと一緒にいるのが当然。

 しかも聞こえたところによるとラフトボールを始めたとか、あんな足ではまともにペダリングもできないでしょうに。あなた達よりはマシかと思いましたが、身の程も弁えられない愚か者だったとは、最早市民ですら呼びたくありませんね」 

「ペラペラとよお喋るやないか! 歯ぁ食いしばれや!」

「流石の俺もカッチーンときたわ」

 

 指をポキポキと鳴らしながら二人は臨戦態勢を整える。脳裏に暴行障害や停学処分等の文字が浮かんでくるが、特に問題はない。

 対して漣理は二タニタと薄ら笑いを浮かべてこちらを見つめている。わざと殴らせて停学させようというのだろう。いつもの事だ。 

 一触即発の空気が充満し、爆発寸前のところまでくる。

 

「あっ、いたいた。健二に武尊やーい」

 

 張り詰めた空気はどこへやら、呑気な声が聞こえると霧散して消えた。健二が振り返ると教室の入口に件の宇佐美がいた。左手に杖を持って、右手を小さく振っている。

 

「おや、噂をすれば例の障害者じゃないですか……どうも」

 

 新しい玩具を見つけたと言わんばかりに漣理が嫌みったらしい眼差しでもって宇佐美の元へと近寄る。

 

「おい!」

 

 すかさず健二と武尊が二人の間に入る。そんな三人の荒ぶる空気に気づいていないのか、宇佐美は変わらずのほほんと話を続ける

 

「えっと、南條君だっけ? 確か実家はスポーツ用品の大きな会社だよね」

「ええそうですよ、下等市民といえど覚えていただき光栄です。

 そうそうラフトボールを始めたとか? そんな足でできるんですかぁ?」

 

 おそらくこれが言いたかったのだろう、現実を突きつけて相手の夢や希望をへし折る。嫌なやり口だ。しかし宇佐美の答えは予想外なものだった。

 

「うん! 何とかなるみたいなんだ。気遣ってくれてありがとう」

「は? 気遣うわけないでしょう、ただあなたみたいなのがラガーマシンに乗ったところで、ペダリングできないから足でまといにしかならないだろうて」

「そこまで僕の事考えてくれてるんだ! 嬉しいな」

「くっ……もう、いいです」

 

 どのような悪意を込めた言葉を使おうと、邪気のない者には無駄となる場合がある。

 どれだけ罵ろうと、良い意味に捉えてニコニコと微笑む宇佐美に負けたのか、漣理は憎々しげな顔でその場を去った。

 

「いい人だね、南條君って」

「宇佐美、お前すげぇな」

「ほんまにな」 

「……?」

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