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Bird Scramble ⑭

「なんだここ」

 

 宇佐美が目を覚ますとフィールドにいた。グラウンド、スタジアム、なんでもいいがとにかくラフトボールの試合で使われる場所だ。

 掌で地面を撫でれば、特殊繊維ゴム独特の弾力と肌触りを感じる。

 視線を上にやれば真っ青な青空が見える。

 

「夢かこれ」

 

 そういう結論になる。

 寝転んで、じゃあもう寝てしまおうかと思ったが、ふと人の気配を感じて上体を起こした。コツコツと革靴らしき音を響かせて後ろからやってくる。

 何故か危機感を覚えることはなかったので、あえて振り返る事はせずそのまま声を掛ける。

 

「どちら様ですか?」

 

 足音が止まった。

 

「隣、いいかな?」

 

 少し渋みのある中年男性の声だった。宇佐美は「どうぞ」と促した。

 ほどなくして男性が宇佐美の隣に座り、ようやく男性の姿を視認できた。まずスーツを着ている。宇佐美には価値がわからないが、きっとお高いものだろう。次に顔をみて、やはり中年の男性だった、三十後半から四十くらいと思う。

 なんとなく誰かと雰囲気が似てるなと感じる。

 

「僕は上原宇佐美です。あなたは?」

「しいて言うなら、ハミルトンに宿った精霊、ハミルトンの精かな」

「ハミルトンの精…………液」

「液をつけるんじゃない!!!」

 

 怒られた。

 

「まあ精霊ではないが、ハミルトンに宿ってるのはほんとさ」

「幽霊とか?」

「近いね、正確には前のパイロットの意識データだよ。ACSでリンクした意識がコピーされてブラックボックスに保存されていたんだ」

「ハミルトンにブラックボックスなんてあったんだ」

「試作機には大抵ある物だ。ブラックボックスと言っても絶対に触れてはいけない物とかではないよ、ただ取り扱いに注意ってだけだ。

 私はそのブラックボックスの奥底に隠れていたんだ」

「よく見つかりませんでしたね」

「いやいや、流石に見つかってるよ。研究班はとっくに気付いてるけど、下手に手を出してハミルトンのデータに問題がでたら大変だから、扱いを検討してるとこ」

 

 問題の先送りともいう。

 

「それじゃここは? 夢?」

「夢みたいなものだな、ガスケーブルを利用して君の知覚力を極限まで高めた上で幻覚を見せているんだ」

「えと、つまり?」

「つまり……夢だな」

 

 さては説明が面倒くさくなったな。

 

「わざわざ僕をここに呼んだという事は何か用があるんです?」

「ああそうとも、時間をかけると君の脳にダメージを与えてしまうから手っ取り早く言うと」

「待って今さらっと大事な事流した」

「用件はただ一つ、リミッターを一つ解除しようてことだ」

「え?」

「これまではパイロットの負担が大きいからと整備班と研究班がリミッターを付けていたけど、今の君なら一つ解除しても耐えられる程強くなったからね」

「それ、勝手に外して怒られない?」

「大丈夫、怒られるのは君だけだ」

 

 全然大丈夫じゃない。

 

「ACSのシンクロ率は十パーセント上がり、瞬間最高速度は九十キロまででるようになる」

「ようはパワーが上がって動きが滑らかになるってこと?」

「そういう事。さてもう時間だ」

「最後に貴方の名前を教えて下さい、貴方というか、意識をコピーしたパイロットの名前というか」

「もう気付いてるんじゃないかな、私の名前は――――」

 

 その名前を聞いた時、ああやっぱりと納得したのだった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 目が覚めた。耳にはしきりに心愛と漣理の心配そうな声が届いている。

 指先に力が入る事を確認して、身体をゆっくり起こして立ち上がった。

  

『宇佐美大丈夫?』

『うん、大丈夫。それより勝負は? 僕どれだけ寝てたの?』

『防衛は何とか成功したよ、先に私と貴族がレオニダスに貼り付いたおかげでネコチャンを腕に設置できたの、それでパスしようとした時にネコチャンで腕のタイミングズラしてボールを落とさせたわけ』

 

 何とも狡い、狡いけど合理的だ。

 今回の勝負、漣理と心愛がそれぞれ独自の方法で頭角を見せ始めている。宇佐美は今のところあまりいい所が無いので少し焦りがある反面、仲間の成長を喜びもする。

 

『じゃあ早速攻撃だ』

 

 リミッターはまだ外れていない、外れてたら整備長の聖が止めに入るだろう。なら開始と同時に外すべきだ、だがしかし、どうやって外せばいいのかわからない。

 あのハミルトンの精霊はそこまで教えてくれなかった。

 

 そう思っていた矢先、宇佐美の視界に謎の表示が加わった。ACSで繋がっていると、視界にはカメラで映された映像の他に機体のコンディションも表示されるのだが、今回そこに『リミッターを第一段階まで解除できます。解除する時はリミッター解除と言ってください』という表示があらわれた。とても親切。

 

『作戦は防衛と同じで、クリシナとTJでレオニダスを止めて、僕がボール持ってリリエンタールを倒してタッチダウンをとる』

『それはいいけど、大丈夫? なんだかハミルトンとリリエンタールは相性悪いみたいだけど』

 

 実際、ハミルトンはリリエンタールを相手に勝てていない。多少足止めした程度だ。

 

『大丈夫、どのみち次で終わるから。それに僕がリリエンタールを倒さなきゃ納得してくれないと思うんだ』

『そこまで言うなら』

『ボクは宇佐美を信じているるるる』

『さては語尾が思いつかなかったな!』

 

 両陣営がハーフラインを挟んで睨み合う。ボールはハミルトンの手に渡り、開始の合図が鳴り響いた。同時にレオニダスが突進してTJに当たるが、TJはこれをなんとか耐えてレオニダスの盾にしがみついた。

 それでもレオニダスは止まらず真っ直ぐハミルトンへ向かう。

 クリシナがネコチャンを飛ばして脚に貼り付ける。ネコチャンで負荷を与えて多少は遅くできたものの、やはり止まらない。

 だが充分だ。

 

『行きます!』

 

 ハミルトンが走る。レオニダスが正面にいる。腕を振りかぶってハミルトンを掴もうとしているが、ネコチャンが下から突き上げてそれを阻止、ハミルトンはスライディングで腕の下を通ってレオニダスの背後へ、そのままハーフラインを超えてエンドラインを目指す。

 

 リリエンタールが正面に回ってきた、このタイミングで宇佐美は『リミッター解除!』と叫び、ハミルトンのリミッターを第一段階まで解除した。

 その瞬間、身体が軽くなった。ACSでのシンクロ率が上がったため、ハミルトンとより一体化して自分の身体のように動かせるようになったのだ、合わせて各駆動系の動力が上がっているのも感じられた。

 人間の身体で例えるなら筋力が上昇したような感じ。

 

『ブースト!』

 

 点火、背面ブースターが火を吹いて爆発的な加速度を得る。その加速はこれまでの数倍に及び、油断してるとハミルトンはどこぞへと飛ばされてしまう。

 大股でスキップするように走らないとブースターの加速に脚部が耐えられない。

 この感覚は初めてハミルトンに乗った時を思い出す。

 あの時はリミッターなど掛かっていなかったが、宇佐美が何も知らないど素人だったため満足に力を引き出せなかった。

 

『これは!』

 

 厚の戸惑う声が聞こえる。突然リミッターが外れて機体性能が上がればそうなるだろう、見ようによっては卑怯とも言える。

 

『勝負だ!』

 

 リリエンタールとの距離が詰まる。どう倒すべきか、残念ながら宇佐美の頭ではリリエンタールの倒し方が思い浮かばなかった。例えリミッター外して機体性能を上げても直ぐに対応して防いでくるだろう。

 機体性能だけでは埋められないパイロットの技能がそこにあるのだから。

 それゆえに、宇佐美は倒さない事を選んだ。

 

 ハミルトンがリリエンタールの斜め前で一瞬制動を掛けて、それから反対方向へブースターを全力で吹かして駆け抜ける。

 ようは『く』の字にフェイントをかけたのだ、至ってシンプルなフェイントであり、基本にして最も派生が多い技だ。

 普通のラガーマシンならこのフェイントだけでは足りないだろう、次のフェイント技に繋げないと止められるかもしれない、しかしこのハミルトンなら、リミッター解除してブースター点火中のハミルトンなら、抜けた瞬間に超加速してリリエンタールをちぎることができる。

 

『しまった!』

 

 厚の中で油断はあった。例え機体性能が上がっても止められる自信があったのだ、これまでのハミルトン戦で全勝してるからというのもあるが、やはりプロとしての自負と相手が素人だからという驕りがあった。

 何より、ハミルトンの性能を甘く見ていた。

 速いだけの機体だと思っていた。実際そうなのだが、しかしそこにパイロットの戦術が加わると途端に化ける。

 

『そういえば、あなたは神童と呼ばれていたんでしたね』

 

 乗っているパイロットが天才と呼ばれる類の人間だと、ハミルトンはどこまでも強くなるだろう。

 

『負けました』

 

 リリエンタールの後ろで、ハミルトンがタッチダウンをとった。

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