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Bird Scramble ⑥

「まさかあんな事言われるなんてね、あの時のあっちゃん面白い顔をしてたわよ」

「その呼び方はやめろ」

 

 大蔵の喫茶店まで戻った二人は、そのままCLOSEの札をかけたままカウンターでグラスを傾けていた。今宵はアルコールに身を委ねたいと思ってのことだ。

 厚はグラスの中で揺れるカクテルの液面をみながら、さっき宇佐美に言われた事を頭の中で反芻している。

 

「あの宇佐美って子、昔の宗十郎さんに少し似てるわね」

「どこが」

「それに同じ機体を乗り回してる」

「ガワだけだ、同じなものか」

 

 そう、同じでは無い。厚はグラスの中身を飲み干し、それから在りし日に思いを馳せる。

 現役時代の輝かしい日々と、当時自分を導いてくれた宗十郎という男について。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 五年前、鳥山厚は当時ゴールデン・ビールズというチームに所属していた。その年はゴールデン・ビールズにとって重要な年であり、また最後の年でもあった。

 

「再来週はいよいよスプリングランドだ。このチャンスを得るのに多大な時間を要した」

 

 そう、なんとゴールデン・ビールズはラフトボールの頂点を決める大会、プレイヤー皆の夢の舞台であるスプリングランドへの切符を手にしたのだ。

 毎年この切符を手に入れようと何千人も挑み、そして手に入れた数十人を残した他数千人は夢破れて涙を零す。切符を手にした数十人ですら、最後に微笑む事ができるのは僅か十数名程ほどである。

 

「だがここからが最大の壁だ、そこで次の試合の前半は今までの戦法を変えていく、これまではランニングバックを主軸にした直線的な攻めだったが、次は鳥山と影浦をレシーバーに置いて左右から大きく攻める」

 

 今話してるのはゴールデン・ビールズのリーダーである九重宗十郎だ、彼はランニングバックのポジションに着きながら、本来クォーターバックの仕事の周囲への指示も同時に担っていた。

 

「鳥山、やれるか?」

「もちろん、俺に任せてくれればどんな敵もぶっ飛ばしてエンドラインを超えますよ」

「オラつくなオラつくな、影浦はどうだ?」

「少し自信がないわね、でも言われた事はやり切るわ」

「充分だ」

 

 厚も大蔵も、レギュラーではあったものの後半から出場するタイプのプレイヤーだった。今回初めて最初から出場するためやや緊張が勝る。

 気合いを入れ直してその日から新しいフォーメーションの練習が始まった。といってもこのフォーメーションは前々から考案されており、ほとんど動きの確認をする感じになっていた。


 そんな日々が続いたある日の事、練習場に小さな女の子がやってきた。

 

「あらぁ、祭ちゃんじゃないのぉ〜」

 

 いち早くみつけた大蔵が近所のおばちゃんみたいなムーヴで女の子に話しかけた。女の子は祭という名前だった。

 

「おはよう大蔵、お父さんいる?」

「事務所にいるわよ、もう少ししたら帰ってくると思うわ、今日は何の用事なの?」

「お父さんまたお弁当忘れてったのよ、愛娘が愛情込めて作ったのに」

「それは罪深いわねぇ」

「でしょぉ?」

「でもそれ一人分じゃないわよね?」

「え、うん」

 

 大蔵が指摘すると祭はまだ丸みのある頬を朱色に染めて恥ずかしそうに身を捩らせた。それから大蔵にしゃがむようジェスチャーしてから、大蔵の耳にそっと囁く。

 

「鳥山の分も作ったの」

「まあ!」

 

 青春である。むしろ本命はそっちだろう。この祭という少女が鳥山に惚れている事実は当の本人以外周知の事実であった。

 

「あらまぁ、祭ちゃん可愛いぃ〜。でもあっちゃんは今機体の整備中だからしばらく会えないわ」

「えぇ〜」

 

 整備棟への立ち入りは関係者以外立ち入りを禁止しているため当然である。


「終わるまで私とお話しましょう」

「うん、でも先にお父さんに会ってくるね」

 

 そうして祭は父親のいる事務所へ掛けて行った。

 祭の本名は九重祭、父親はチームリーダーの九重宗十郎である。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 三週間後、ゴールデン・ビールズはスプリングランドの決勝戦で敗北した。点差は僅か三点という稀に見る接戦、ラフトボール史に残る名試合と評価された。

 しかし負けは負け、スプリングランドの土を舐めた事実は変わらない。

 

「あぁ! 惜しいとこで負けた!! 次だ! 次は必ず勝つぞ!」

 

 家に帰ってからというもの、宗十郎はずっと悔しがっている。やれ「あの時前にでていれば」やれ「投げるタイミングが悪かった」等々。

 練習では上手くいったプレイでも、本番ではできないという事はよくある事だ、一番の理由はプレッシャーだが、相手が手練だと意図的にプレッシャーを与えて来ることがある。

 

「お父さん大丈夫?」

 

 しまいには娘の祭が心配し始めた。

 

「おお愛娘よ、パパは大丈夫だ。ただめちゃくちゃ悔しいだけだ、ああ悔しい!」

「次は勝てる?」

「無論だ、例のシステムも試作段階にきたからな」

「新しいコックピットシステムだっけ?」

「ああ、機体と同調して意のままに操る事ができる」

「ねえそれ私がやりたい!」

「まだだめだ、祭が大きくなって免許をとれたら乗せてあげよう」

「ええー、私もうラガーマシンの操縦できるよ?」

「誰に教わった」

「鳥山と影浦」

「あいつらか」

 

 実際のところ、二人が主導してチーム全員でラガーマシンの操縦を教えていたりする。グラウンドでやっているので法的には問題ないが、親としては怒りたくなる。

 

「とにかく今日はもう寝よう、実は明日例のシステムを試乗するんだ」

「なるほど、私がテストプレイするんだね」

「いやまさかないない」

 

 そして翌日。

 ゴールデン・ビールズのメンバー及び、チームのスポンサー企業の代表が鷲島重工の工場に集まっていた。

 目的は勿論、新開発のコックピットシステムだ。

 ACSと名付けられたそれは画期的なコンセプトゆえ開発が難儀したが、この度ようやく試作に漕ぎ着けることができた。

 

「さあいよいよ試乗だ。この日が来るのを楽しみにしていたからな」

「宗十郎さんたら子供みたいにはしゃいじゃって」

「実際脳内年齢は子供だしな」

「おい聞こえてるぞそこのオラついたクソガキとオカマ野郎」

「俺はもう二十歳だぞ」

「今時オカマって中々言わないわねぇ」

 

 鳥山と影浦はさておき、宗十郎はACSを搭載したラガーマシンへ近付いていく。機体は小さく、フレーム剥き出しのものだった。

 まだバッテリーを積んでないのか電源コードが腰に繋がれていた。

 

「こいつが本格的に実装されるのはいつになるか」


 隣にいる研究者が答える。

 

「早ければ来年ですね、公式試合で使えるようには更に一年てとこですね」

「なるほど、先は長いな」

 

 リフト使って機体の肩の部分まで上がる。

 

「そういえばこの機体はなんていう名前なんだ?」

「まだ正式名称は決まっていません」

「ふむ、そうか、じゃあハミルトンという名前にしよう、パーソナルカラーは赤だ、真っ赤にしてくれ」

「装甲が完成したらそうします」

 

 ハミルトンと名付けられた機体の背中からコックピットブロックが出現した。人一人入れるだけの大きさしかない小さなカプセルだが、ACSにはこれで充分なのだ。

 

「九重宗十郎、これよりACSの試験運転を開始する」

「試験運転開始、記録班用意」

「記録班用意完了、試験班用意」

「試験班用意完了、何時でもいけます」

「試験開始」

 

 合図に合わせて宗十郎がカプセルに入る。カプセルの蓋が閉じられる様はまるで棺に入れられるよう、眠るようにカプセルが元の場所に収まる。

 

「コックピットの収納完了、ガスケーブル接続開始」

 

 カプセル内にガスが注入されたちまち充満する。宗十郎はそれを鼻から吸い上げて体内に取り込もうとした。

 

「臭っ、これ臭いぞ!」

 

 耐えるしかない。

 次第に宗十郎の瞼が重くなり、そして次に目を開くと、視界には工場の壁が映った。

 成功だ、宗十郎は自分がハミルトンと同化してる実感を得るため少し手足を動かしてみた。

 

『これはいいな、まるで自分の身体のようだ』

 

 ハミルトンに備え付けられたスピーカーから宗十郎の声が聞こえた。宗十郎はしばらく工場内で屈伸したりジャブを放ったりと思うままに身体を動かしていた。

 

『少しラグがあるな、操縦桿で動かした時程じゃないが重く感じる』

「ラグか、ガスケーブルの濃度を上げればどうか」

「まだ一回目の試験運転でそこまでやる必要はないかと」

『いや、やってみよう、やれるだけやってみたい』

 

 本人が言うならと試験は続行され、更にガスケーブルの濃度が上げられる。このガスケーブルが機体と人間の意識を繋ぐ役割を果たしており、濃度が上がれば上がるほど境目がなくなってより直感的に動かせるようになるのだが、その分搭乗者にかかる負担も大きくなるゆえ危険が伴う。

 

「安全圏ギリギリまで上げよう」

「はい」

 

 研究者が濃度を弄り、宗十郎とハミルトンの意識がより近くなる。

 そして事故がおきた。

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