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Preparation Start ⑤


「ど、どうでした?」

 

 久方ぶりに無我夢中で走った宇佐美は、エンドラインを超えたあたりで呼吸を整えていた。

 元は走るのが大好きな健康優良児でも、四年もブランクがあれば肺活量は衰えるもの、苦しくはあっても懐かしい疲労感をエンジョイせざるを得なかった。

 

「あ、あれ?」

 

 やや酸欠で熱くなった頭が冷めてくると、周りの目が一様にこちらを向いている事に気付く。

 何か間違っただろうか? 実は走るところを間違えた? そもそもエンドラインはもっと違う場所だった? それとも自分は今全裸で恥ずかしい格好をしているとか?

 段々思考がおかしいものに変化している。

 羞恥心に駆られた宇佐美は、その場で土下座をして全力の謝罪を行う。

 

「す、すいませんでした!!」

 

 今の姿が一番恥ずかしい事に気付くのは、彼の沸騰した頭では到底無理である。 

 その滑稽な姿を見て我を取り戻した枦夢がようやく声を掛ける。

 

「すまない、少し驚いてしまった。ところでどんな気分だ?」

「えっと、すっごく気持ちいいです!」

「そうか……因みに今のがタッチダウンだ。ボールを持ってエンドラインを超える、これで六点を獲得できる」

「今のが」

 


 ――――――――――――――――――――

 

 

 エンドラインとボール、フィールドをキョロキョロと眺める宇佐美を横目に、枦夢はチームメイトのカールと通信を試みる。

 カールとは、先程枦夢がハミルトンに乗ることを止めようとしたあの眼鏡の青年である。

 

「どう思う? カール」

「ブースター等の加速装置を使えば時速八〇キロメートルぐらい簡単にだせるさ、だが素の状態でやられると、脅威としか言い様がないな」

「見たところハミルトンにはブースターが付いている。あと一〇か二〇は上がるとみていいだろう」

「時速一〇〇キロメートルか、思えば今迄無かったな、スピード特化のラガーマシンは」


「面白い」

「枦夢?」

「少し勝負してみる」

「お前な」

 

 カールの呆れた声を無視して、一方的に通信を切った枦夢。彼は目の前に立つ強敵になりうるラガーマシンを見つめてほくそ笑んだ。

 


 ――――――――――――――――――――

 

 

 一方、ハミルトンをモニターしているトレーラーでは予想外のデータに戸惑っていた。

 

「前よりも出力を上げているとはいえ、まさかここまで速くなるなんて」

 

 オペレーターの驚きが義晴に伝わった。

 

「見たところ、ハミルトンに振り回されてることもなさそうじゃの。つまり上原君はハミルトンを乗りこなしておるわけじゃ……ほっほ、これは掘り出し物じゃて、紹介したら孫も喜ぶじゃろ」

 

 思わぬ収穫を前にして、義晴もまた、枦夢とは違った笑みをその表情にうかばせるのだった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 宇佐美は今悶えていた。

 土下座した事による羞恥心が今更やってきたのだ。

 

「穴があったら入りたい!」

 

 そんな宇佐美の心境には目もくれず、枦夢が次の指示をだす。

 

「次は少し本物のラフトボールを体験させてやろう。ボールをこっちに渡してくれ」

「は、はい」

 

 何度かパス練習をするうちに身についた腕の振りでボールを投げる。ボールは枦夢がしていたみたいにジャイロ回転は掛からず、歪に回転しながら枦夢の腕に収まった。

 自分だったらあのボールは落としていたかもしれない。

 

「では今から俺がお前を抜いてタッチダウンを取る。止めてみろ」

 

 つまりは実戦形式のタイマン、宇佐美としても本場の走りが見られる事に興味を惹かれない筈がない。

 

「分かりました、いつでも!」

 

 枦夢はフィールドの中央へ向けて歩きだす。ガシャッガシャッと歯車が噛み合う音や装甲同士がぶつかり合う音等をたてながらクォーターライン(フィールドを四分割した時のライン)の所で止まる。

 

「では、行くぞ」

 

 走る、程なく初速を超えて最高速度に達する。

 

(速い)

 

 宇佐美の心臓が早鐘を打つ、緊張と期待でいっぱいになった心は枦夢の一挙手一投足に目が奪われていた。

 残り四〇メートルになったところで異変が起きた。

 枦夢の機体の背中が揺らぎ出したのだ、それは加速装置(ブースター)であり、認識する頃には豪快な炎を噴き出して加速していた。

 

 横から客観的に見ているとその加速はいきなり速くなった程度に思えるかもしれない。しかし正面から迎え撃つ宇佐美には、一瞬で間合いを詰めたような、瞬間移動をしたように感じられたのだ。

 それだけではない、腕を伸ばせば触れられる距離にまで迫った時、不意に、そう不意にだ。

 枦夢の機体が煙のように消えたのだ。

 そして気付いた時には後ろでタッチダウンをきめていた。

 

「今のが実際のエンドライン前の攻防の一端だ」

「なんか、今消えたような」

「実際抜かれるとそう感じるものだ」

「ほへぇ」

「今のは簡単なステップ……ああ……所謂フェイントを使った。次はお前が抜いてみろ」

「え? えぇ……うーん、やってみます」

 

 枦夢と同じくクォーターラインまで下がってスタンバイする。流石にフェイントは真似できない、ではブースターはどうだろうか。


「えっと、通信、トレーラー」

 

 他のラガーマシンと違ってハミルトンの場合は、音声で様々な機能を開く事ができる。今回はそれで通信を開いてみた。

 そして義晴が通信にでた。

 

「ふむ、何かの」

「えっと、ブースターて使えますか?」

「ブースター起動て言えば使えるぞ」

「会長!!」

「わかりました」

 

 通信の向こうでオペレーターの慌てた声が聞こえてきた。

 もしかしたら危ないのかもしれない。しかし、速く走れる魅力の前では塵に等しいゆえに、宇佐美は(かぶり)を振って気を取り直した。

 

「ブースター起動」

 

 背中からガションと大きな音が聞こえてくる。背中に折りたたんであったブースターが展開したのだろう。

 もれなく宇佐美の視界にブースターの起動カウントダウンが始まる。

 合わせて走り出す。走りながらカウントダウンを確認。

 

 ……3

 ……2

 ……1

 

 点火、枦夢の時と同じく噴射炎が勢いよく燃え盛ってハミルトンに驚異的な加速を与える。

 ブースターの加速は凄まじく、ほとんど宙に浮いてるかのよう。 

 否。

 実際に浮いていた。

 上半身を上手く固定出来なかった宇佐美はそのまま前のめりに倒れ込んで、顔面を地面に擦り付ける。それでも尚衰える事のないブースターの勢いは、その状態でガリガリと頭を地面に擦り付けながら進んだ。

 生身なら死んでいた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 枦夢が心配している。

 

「大丈夫です! 今のでコツは掴みました」

「そ、そうか」

 

 気を取り直して。

 

 二回目、コツを掴んだという言葉は嘘ではなく、今度は危なげなく安定機動に入った。時速八〇キロメートルを超えて九〇キロメートル、高速で駆け抜ける赤い影はもれなく黒いラガーマシンとの距離を詰めて、転んだ。

 

「ブースターはやめた方がいいんじゃないか?」

「そうします」

 

 素直に枦夢のアドバイスに従い、三回目。

 時速八〇キロメートルの高速、先程の枦夢と同じくらいの速度に達した宇佐美はそのまま距離を詰めて、あわやぶつかるというところで左前に跳んで通り抜けようとする。

 しかし枦夢はそれをあっさり右手を伸ばしただけで捕まえてしまう。

 

「初めてにしてはいい動きだ、次は少しフェイントをいれてみるか、できるか?」

「はい、小学校の頃バスケでやった事あります」

4回目

 同じ様に走る。そして同じくぶつかるかどうかの瀬戸際で宇佐美は上体を右に揺らしてから左を抜く、枦夢は右手を伸ばして捕まえようとするが、宇佐美は事前にやや後ろへと跳んでいたためそれを回避することができた。つまりそれすらもフェイントであったのだ。

 フェイントにフェイントを重ねて、そのまま右から抜きさろうとする。

 

(やった!)

  

 抜いた、と思った。しかし……そこは流石プロ、宇佐美の気付かぬうちに枦夢の左手はハミルトンの腹に伸びており、あっけなく止められてしまった。

 

「あぁ、今のはいけると思ったんだけどな」

「悪くない、俺も少し焦ったぐらいだ」

「プロの人にそう言って貰えると誇らしいです」

 

 それはお世辞だろう。実際枦夢は直ぐに対応してきた、素人の浅知恵ではやはり足元にも及ばない。しかも相手はスプリングランドと呼ばれる全国大会で優勝したチームのランニングバックだ。

 つまり日本最強のランニングバック。彼からしたら宇佐美の行動は児戯のようなものだろう。


 それでも、宇佐美は挑戦する事をやめない、むしろ火がついて楽しくなってきた。


「あの! もう一度いいですか? やってみたい事があるんです」

「ああ」


 五回目の挑戦が始まる。




 ――――――――――――――――――――



 枦夢は内心で冷や汗を感じていた。

 徐々に強くなっている。歩行、キャッチ、ブースター、フェイント、この短時間で目の前にいる赤いラガーマシンに乗った少年は目に見えて強くなってきている。


(面白い、さあ次は何を見せてくれる)


 宇佐美が駆ける。ブースターは使っておらず、そのまま高速の走りへ至る。

 最初は驚きしかなかったが、慣れてしまえばその走りにも対応できる。正面に回って進路を妨害する。

 右か左か、どちらからくるか。

 宇佐美の機体が左にぶれた。


(右!)


 さっきと同じフェイント、余裕をもって対応に入る。流石にヤケになってきたのか? と枦夢が感じたその時、ハミルトンの背中についているブースターが火を噴いた。


(ここで加速!? いや、回転か!)


 ブースターの向きが斜めになっているのを見て、加速ではなく強引な姿勢変更であることに気づいて伸ばした腕を戻そうとするが、一度流れた力の向きはそう簡単に戻ることはない。

 その間にも宇佐美は枦夢の目の前で反転して左から抜けようとする。


 最早自力で戻ること叶わず、枦夢は左手首の姿勢制御スラスターを吹かして、宇佐美同様強引に体勢を変える事に務める。


(間に合う!)


 何とか間に合う、そう確信した。だが宇佐美のアクションはまだ終わっていない。

 今度は思いっきりしゃがんだ。


(跳ぶのか?)


 予想通り、跳んだ。しかしハミルトンの跳躍力では枦夢の機体を跳び越せない。枦夢はハミルトンを抑えるべく、自身も跳び上がってハミルトンを捕まえようとする。


 ハミルトンの胴体を掴むその瞬間、ハミルトンの両手両足から噴射炎が吹き出て空中で加速が始まった。空中でジャンプしたかのように急加速で飛び上がり、枦夢の機体を跳び越えていく。


(あれも、ブースターなのか)


 一般的なラガーマシンは背中に加速用のブースター、両手両足に姿勢制御スラスターをつけているもので、枦夢の機体もそうなっている。ゆえにハミルトンもそうだと思っていたのだが、どうやらハミルトンという機体はどこまでも速く走る事にしか興味がないらしい。

 背中でハミルトンが着地した音が聞こえる。間もなく再び走り出してタッチダウンをとるだろう。


(やるじゃないか、だがそれではまだ完璧ではない)


 枦夢はレバー横のスイッチをONにする。




 ――――――――――――――――――――



(やった! 抜いた!)


 今の宇佐美がだせる最大の技、素人考えの雑なものであるが何とか上手くいった。もしこれが試乗会でなく普通の公式戦なら防がれていたかもしれない、素人ゆえの油断が幸をそうしたのだ。


 あとは走り抜けるだけ、ブースターは使えない(大会規定で連続使用は十秒まで、その後は十秒のスパンをおかなくてはいけないとされている)のでそのまま走るしかない。


 勝った、と思った。事実、普通の相手ならこれでフィニッシュだったかもしれない。しかし今回の相手は日本最強のランニングバックだ。

 当然一筋縄ではいかない。

 宇佐美の隣を黒い影が横切った。


「うそっ!?」


 気づいた時には遅い。目の前、エンドライン手前に黒い獣が横から滑り込むように立ちはだかっていた。

 犬のような長い頭に長い胴体、ギアとサスペンションが見え隠れする四本の足は力強く地面を踏みしめてこちらを向いている。


 驚いたのも束の間、その機械の犬は突然可変を始めた。胴体は半分のところで反転し、前足を繋ぐ関節は横に広がって、長い頭は細かい可変を繰り返しながらヘッドギアのような丸い形へと変貌する。

 全ての可変が完了して現れたのは、黒いラガーマシン、枦夢の機体であった。

 枦夢はそのまま待ち構える事はせず、突進、ハミルトンの下腹部へ頭を突き刺すように、槍に近いタックルを仕掛けてそのまま地面に押し倒した。


「はぁ……はぁ、まいりました」


 青空を正面に見つめながら何とかその言葉を口にする。


「大人気なかったな、すまない」

「いえいえ、少しでも本気を出して貰えて嬉しいです」

「お前のプレイは初心者にしては目を見張るものがあった。もう少し見ていたいが、残念ながら今日はもう時間のようだ。ここまでにしよう」


 枦夢が言い終わってから数秒後、試乗会終了を告げるホイッスルがフィールドに鳴り響いた。

 宇佐美は、はぁと息をついて、その場で大の字になって寝転がる。

 ラガーマシンに乗っている状態では、汗で濡れた身体をひんやりとした風が通り抜けて冷やしていく、あの心地良さを感じられないのが残念で仕方ない。


 そもそもカプセル内の宇佐美本人は汗をかいてるのかどうかわからないが。

 久しぶりに、誰かとスポーツで競った。手も足も出なかったけど、呼吸が乱れるくらい全力で身体を動かせて楽しかった。

 そして、素人の自分を親切に潰してくれた上那枦夢は、宇佐美にとって憧憬の的となっていた。

 

「凄いなあ、上那さん。僕もあんな風に……なれるかな」

 

 それは右足不随になってから初めての、上原宇佐美が心の底からなりたいと願った夢であった。

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