Carnival Robotech ⑦
観客席はハミルトンの攻撃で熱狂していた。
彼等は口々に「今だああしろ」だの「そこは駄目だろ」と叫びながら何処か監督気分で見つめている。
そんな中、上原雲雀は自分の弟のプレイを見て目尻に涙を浮かべていた。
大学ではレバー式のラガーマシンを動かしている所しか見ておらず、星琳チームとの試合はバイトがあったため見ていない。宇佐美がハミルトンとして動いているのは録画映像で何度か見たことあるが、何処か夢の世界に感じていた。
こうして生で見るのは初めてであり、ハミルトンを自分の身体のように動かしているのを実感して感動していたのだった。
レバー式とは違う、自分の身体として体感で動かしている。右足が動く宇佐美の気持ちを考えたら自然と涙がでてきた。
「宇佐美っ……ほんとうに……ぐす」
その時、画面の向こうでハミルトンがついにライドルを倒して走り抜けた。ロッドで打ち上げたボールをキャッチして軽快に走る。
ハミルトンが……宇佐美が走る。
そしてエンドライン手前で、ライドルが執念で追いついてその足を掴んだ。
バランスを崩すハミルトン。
「……頑張って!」
自然と声が出た。
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宇佐美の目に映る景色が上へと流れていく、地面が近くになるにつれて宇佐美の思考はより活性化する。走馬灯に近い現象だと思われる。
足……より正確には踵を掴まれているためこれ以上前には出られない。
つまり倒れるしかないのである。そして倒れればその瞬間にライドルに押さえつけられて逃げられなくなり、カウントアップで敗北になってしまう。
だが、まだ宇佐美は諦めていない。
(まだいけるっ、あと一歩なんだ!)
気持ち、腹筋に力を入れて肝を据えた。
「すぅ……レフトレッグ、パージ!」
宇佐美が口にした瞬間、左足の付け根からガコンと鈍い音がした。遅れて宇佐美の左足の感覚が消えていく。
掴まれている方の足を分離する事で強引に抜け出したのだ。
そのまま地面に片手をついて、腕力のみで身体を前へと持っていく。
背中から飛んでいき、直ぐに地面をややバウンドしながら転がる。
そして……。
『タッチダアアアウン!! 上原宇佐美っ、最後の最後でキメました! 流石わがエース!』
ハミルトンは、ギリギリだがエンドラインを超えていた。
三回勝負で、一回でもタッチダウンをとれば宇佐美の勝ち。つまりこの一騎打ちは宇佐美の勝利となる。
フィールドには観客達の歓声が……響いていないので静かである。ボックス席なので仕方ない。
宇佐美は横倒しになっているハミルトンから転がるように外に出ると、その場で胃の中の物を吐き出した。
左足を切り離した瞬間、宇佐美は左足に強い痺れを感じ、左足があるのに無いという矛盾した感覚を覚えたために頭痛と胸焼けを引き起こし、吐瀉物を撒き散らす事になった。
コックピットから出るまで吐き気を堪えられたのは僥倖だった、もしコックピット内で吐いた場合、意識がハミルトンに移っているため眠った状態で吐くことになり、下手すると喉に詰まらせて窒息してしまう。
「うぅ……鼻が痛い気持ち悪い……これも訓練しなきゃいけないや」
宇佐美の中でパージ訓練というものが出来上がった。
一通り吐いて楽になった頃、ライドルが近付いてきた。一歩進む度に宇佐美の腹の底がズンと響く。
ライドルの影が宇佐美を覆い尽くしたところで立ち止まり、その場で膝まづいてコックピットから瑠衣が降りてきた。
「おめでとう、いい勝負だっ……あぁ、大丈夫かい?」
瑠衣の視線はグロッキーな宇佐美と、その背後の吐瀉物に目を向けられていた。
「こちらこそ勝負して貰って感謝しています。ああ、それと……うがいしてきていいですかね」
「どうぞ」
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整備班がハミルトンとライドルを回収し、汚物処理を行った後。瑠衣は整備棟へ行き、宇佐美は宿舎でうがいをした。
一騎打ちというメインイベントが終わり、観客達も帰るのかと思いきや、意外なことにまだ居残っていたのだ。
それもこれも、九重祭が突然言い出した事が原因である。
『なんとここで飛び入りの挑戦者が現れたぞ! その挑戦者はなんと一人で上原宇佐美と白浜瑠衣を相手にすると言っている!
舐めすぎでは? いえいえとんでもない、彼にはその実力がある!
挑戦者の名前は……昨年のスプリングランド優勝チーム、熊谷グラムフェザーのエース!
上邦炉夢だああああ、いやぁ私も目を疑いましたけどマジだったわ』
ここで観客の盛り上がりは最高潮、むしろこれがメインイベントだと言わんばかりの大盛り上がりである。
何せ上邦炉夢といえば日本最強のラフトボーラーとして名を馳せており、また端正な顔立ちと鍛え抜かれた身体、ストイックな性格によって男女問わず人気がある。
完全に一騎打ちが前座となってしまった。
「どうしましょう、瑠衣さん」
「ははは、まあ、日本最強と戦う機会なんてそうないからやってみようよ」
「僕はこの半年で二度目ですけどね」
「……凄く羨ましい」
こうして上原宇佐美&白浜瑠衣vs上邦炉夢の試合が始まる事になった。