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Preparation Start ④


 リフトを使って、ハンガーに掛けられたハミルトンの肩のあたりまで上がる。程なく人間でいう所の肩甲骨の間からコックピットブロックが開いて中からカプセルケースが出てきた。

 人一人分入るくらいの小さなケース。

 

「ここに入るんですか?」

「ええ」

 

 宇佐美は隣でツナギを着た整備士の女性に尋ねる。

 彼女は朗らかに微笑みながら頷いて、宇佐美がカプセルケースに入るのを介助してくれた。意外と慣れた手つきで、もしかしたら看護師や介護の仕事をしていたのかもしれない。後で聞いた話だが、彼女は介護福祉士の資格を持っているらしい。

 カプセルケースがハミルトンに収納される、すると周りは真っ暗になり、そのうえ狭いゆえに身動き一つとれなくなるので、ふつふつと胸の内から恐怖が湧き上がる。

 

「それでは上原君、目をつぶって落ち着いてくれ。次にカプセル内にガスを注入するからそれを鼻から吸って欲しい」

「ガス!?」

「人体に害はないから安心したまえ」

 

 そして言われた通り、シューという空気が入り込む音と共に、カプセル内にガスが充満していく。

 最初は息を止めていた宇佐美だが、意を決して鼻から思いっきりそれを吸い込む。次第に頭がボンヤリとし、瞼が重くなり、意識が落ち込んでいくのがわかる。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 宇佐美の様子をモニターしているトレーラー内にて。

 

「上原宇佐美君の意識が途絶えました」

 

 義晴がモニターに目を向けると、宇佐美が静かに寝入っているのが見えた。

 

「続いて気体(ガス)ケーブルのコネクトを確認」

 

 宇佐美が吸ったガスには催眠効果の他に、機体と人体をリンクさせるためのコネクターの役割があった。気体でできたチューブが体内に入り込んで、直接脳や筋肉に繋がったといえばわかるだろうか。

 

「ハミルトンとのリンク完了しました。上原宇佐美君、覚醒します」

 

 ヘルメットの目の部分、アイシールドの奥に隠された瞳が静かに光る。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 目が覚めて最初に感じたのは眩しいだった。

 次に自分がハミルトンに乗っている事、またその操縦システムを思い出した。

 

(確か自分の身体のように動かせるんだっけ)

 

 試しに右腕を動かそうとする、しかし腕が何かに縛られているのか一向に動くことはない。

 

(そういえばハンガーに掛けられてるんだった)

 

 つまり自分は今拘束されているようなものだ。

 しかし妙なものである。今自分はハミルトンになっている、違う人間になったような感覚……とかそういうものではない、全くの新しい存在に生まれ変わっているのである。

 

 一番驚いたのは感覚がある事だ、今全身が縛られているが、その縛られている部分に圧を感じている。

 地面に接地している両足には自重を支えている感覚がある。

 そう、両足にだ。

 

「上原君、聞こえるかな?」

 

 耳に義晴の声が入ってきた。

 

「はい、聞こえます」

「今からハミルトンをハンガーから外すから」

 

 と、言い終わるや否や、全身を縛っていた拘束具が次々と外れていきハミルトン……もとい宇佐美は自由となる。

 ダイレクトに足への負担が大きくなり、後ろへ蹌踉よろめく。咄嗟に右手でハンガーを掴み、右足を後ろに下げて何とかバランスをとって転倒を防ぐ。

 

「今、右足が……動いた」

 

 最初は信じられなかった。

 試しに右足を前に出してみる。スムーズな、かつて普通に歩いていたように滑らかな動きで膝が動き、踵から接地した。

 そして、前に体重を掛けてみる。バランスが崩れない、自立しているのだ。

 

「動いた、足が!」

 

 一歩踏み出す。もう一歩、もう一歩、次第にその間隔は短くなってフィールドを歩きだす。

 

「歩いてる……ハハ、凄い! 歩いてる!」

 

 自分の足で歩いているわけでないことはわかっている。それでも足が動いて、重さを感じて、腕を振って、それら全てを自分の感覚として感じられる。

 ただの錯覚にすぎないのだとしても、宇佐美にとってハミルトンとの一体化は麻薬のような中毒性があった。

 

「慣れてきたか?」

 

 ふと気付いたら、隣を枦夢のラガーマシンが歩いていた。

 真っ赤なハミルトンとは違い、枦夢のラガーマシンは黒地に金のラインが入ったカラーで、ハミルトンより二回り大きい。

 

「はい」

「ならこのまま歩きながらキャッチをしてみるか」

 

 枦夢は手に持っていた楕円形のボールを、放物線を描くように投げる。それを両手で抱き込むようにキャッチする。

 

「いいキャッチだ、だが今のように体で受け止めると次の動作が遅れる事になる。次からはボールの中心を狙って手で掴んでみろ」

「は、はい」

 

 再び放物線を描いて投げられるボール、宇佐美は機械の手で待ち構え、よく狙って両手で包み込むようにボールを掴む。

 

「今のはいいぞ、次はもう少し早くするか」

 

 こうして、しばらくは歩きながらパス練習を行った。

 地味なものだが、宇佐美にとっては久しぶりに身体を動かしてスポーツができたので、とても喜ばしいものだった。

 

「次は走るか」

 

 いよいよだ。なんやかんや走る事を忘れてパス練習をしていたが、本来宇佐美は走りたくてハミルトンに乗ったのだ。

 その本懐が今遂げられる。歩く速度を上げていく、程なくハミルトン(宇佐美)は走り出す。

 初速を超えて時速三六キロメートル、車と同等の速度でフィールドを掛ける。

 右足に違和感は……少しあるけど問題ない(この違和感は久しく右足を使っていなかった事から生じるもの)。

 

「走ってる……ほんとに、ほんとに走ってる!!」

 

 一体いつぶりだろうか、中学一年生の頃に右足不随となったからおよそ四年、たった四年だ。しかし宇佐美にとっては悠久に等しいたった四年である。

 

 呼吸を一定のリズムに整えながら走る。この肺が押し潰されそうな感覚も久しぶりだ。

 因みに呼吸はカプセル内の宇佐美本体が行っている。

 

「走るのも問題なさそうだな……ほら」

 

 枦夢の機体が隣を並走し、パスを投げる。先程の弓なりパスではなく、ジャイロ回転がかかった弾丸のような速いパス。

 宇佐美はそれを練習した通りに掌で包むように受け止める。

 

「あそこにある音叉のようなものが見えるか?」

 

 枦夢の機体が指差したのはフィールドの端っこ、ゴールポストがあるところだ。

 音叉のような二又に分かれたポストにキックでボールを入れると得点が入る仕組みになっている。

 

「はい、見えます」

「そこの手前にエンドラインという線が引かれている。そこまでボールを抱えて走ってみろ」

 

 ゴールポストをキッと見つめる。距離は大体一六〇メートル前後、掛かる時間はおそらく十秒ぐらいだろう。

 既に初速を超えて平均速度で走っていた宇佐美に助走は必要なかった、そのまま全力で一心不乱に走り最高速度でフィールドを駆け抜ける。

 何よりも速く、風よりも速く、誰も追いつけないスピードで、向かい風の壁を破砕しながら、赤い残影のみを後ろに置いてまっすぐエンドラインを目指して、超えていく。

 


 ――――――――――――――――――――


 

 その様子をモニターしていたトレーラー内、及びフィールドで試乗会に参加していた他の面子、指導役の熊谷・グラムフェザーのメンバー。そして何よりも上那枦夢が唖然としてその赤いラガーマシンを見つめていた。

 

 しばらくの沈黙の後、速度を測っていたトレーラーから驚きの報告がオープンチャンネルでその場にいる全員に届く。

 

「時速……八〇キロメートルオーバー」

 

 それは現在稼働しているラガーマシンの平均速度、その約二倍であった。

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