Preparation Start ②
近付けば近付く程、そのラガーマシンに圧倒されていく。さっきの展示場でみたラガーマシンの方がずっと大きく、圧巻なのだが、これはそれらとは違って見えた。
間近に並ぶと自分の頭は股間部分に届くかどうか、しかしそこまで近付くと足回りがよく見える。
太いのだ、太腿は盾のようなものが貼り付いているし、膝とふくらはぎと踵の所は特に頑強な造りになっているらしく、鍛え上げられた黒人アスリートのようだった。
反面、上半身は細く……という事はなく、コックピットがあるらしい胸部はおそらく一番硬くて分厚い鎧で守られており、鎧の肩部分は大きく盛り上がって全体的にアンバランスな外観、背中には肩まで突き上げるようにブースターが取り付けられている。
きっと点火したら炎が羽根のようにみえるだろう。
「……お前どうしてここにいるんだ?」
ボソッとラガーマシンに語りかけても答えるはずもない。
何故こんなにも気になるのか、当然恋ではない、おそらくはシンパシー、自分と近いものを感じたからだと思う。
このラガーマシンは素人目に見ても走るための機体だとハッキリわかる。なのにこんな走るのとは無縁の場所で佇んでいるという事は何らかの理由で走れなくなったのだろう。
「お前も僕と同じなのかな。僕も昔はよく走ってたんだ」
愚痴、何故突然話そうと思ったのか、このラガーマシンに共感したからなのか、宇佐美本人にもそれはわからなかった。
ただ、聞いて欲しいと思ったのだ。
ラガーマシンに。
「マラソンとか駆けっこが好きでね、こう見えて一度も負けた事無かったんだよ。
でも中一の時に……よく晴れた気持ちのいい空だったな、河原を走っていた時にね、飲酒運転の車が突然道路を外れて土手を転がってきて、それに巻き込まれて川に落ちたんだ。そしてこのザマさ」
不随となった右足をポンポンと叩く。
辛うじて自立はできるのだが、上手く膝を曲げられない。
しかしこれでもリハビリのおかげでマシになった方で、事故当初は感覚すらなかった。
「……何言ってんだろうなぁ」
フッと自嘲気味に微笑んで杖を扉の方へと向ける。流石にそろそろ出ないと。
だが、少し遅すぎたようだ。
「ハミルトンに興味があるのかの?」
スタッフの人に見つかってしまった。
濃い茶色のスーツに身を包んだ年配の男性。真っ白な髭と柔らかい瞳が何処か安心感を与える。
「あっ……その、ごめんなさい! 間違ってここに入って……直ぐに出ます!」
「いいよここにいても、責任者のワシが許そう」
意外、許された。
「はあ……これ、ハミルトンて名前なんですね。なんでここにあるんですか?」
「ホントはそこの展示場に飾る予定だったんじゃが、機材トラブルで急遽新しく機材を運び込まなくてはいけなくなっての、それの置き場にハミルトンの展示ブロックを使ったからここにあるのじゃ」
つまり置き場がない。
「そうですか」
「ところで、君はハミルトンが気に入ったのかね? さっき色々語りかけていたが」
どうやら見られていたらしい、出てきたタイミングと今の口振りからそれなりに聞かれていたかもしれない。照れ臭いが、少し初対面の人と話す時特有の緊張が解れたところもある。
「え? いや気に入った……のかな? 少し気になるのは間違いないですけど」
「ホッホ、それじゃ乗ってみるかの?」
「はい?」
――――――――――――――――――――
翌日
「明日一般向けにラガーマシンの試乗会があるからおいで」
という口車に乗せられて来てしまった。
ここはとあるラフトボールチームが所有するグラウンド。
フィールドの長さは三二〇メートル、幅は一六〇メートルでアメフトのフィールドの約三倍もある(wiki調べ)。
つまり五一二〇〇平方メートルの広大なフィールドをラガーマシンと呼ばれる巨大ロボットが縦横無尽に走り回るという事だ。
「グラスがないと端っこが見えないな」
実際、観戦する時はオペラグラスで見るか、フィールドの外を飛ぶドローンに手持ちの観戦用デバイスをリンク投影して観戦するかの二択らしい。
今回は観戦ではないのでそのどちらも用意していない。
「おお来たな、こっちじゃよ」
特殊繊維強化ゴムという大層な名前の素材を使用したフィールドを歩いていたら、昨日のご老人が待っていたようでこちらへと手招きした。
この老人の名前は九重 義晴と言うらしく、複合企業トーラムマインド社という会社の会長との事。
トーラムマインド社はあの展覧会の企画企業でもあり、つまり九重義晴は責任者どころか権力者だった事になる。
今更ながら、とんでもない人に目をつけられたなと思う。
「よく来てくれた、さあ皆揃っておるぞ」
義晴の周りには既に十人程集まっていて、うち半分は黒地に金のラインが入ったユニフォームを着ており、残りは私服だった。
彼等はユニフォーム組と私服組の二人一組で別れて何やら話し合っている。
「彼等は?」
「君と同じ試乗会に参加する者と、それを指導するプロのラフトボーラー達じゃ」
「へえ、プロの人が教えてくれるんだ」
ユニフォーム組がそのプロのチームなのだろう、彼等は体格こそバラバラでチグハグしているが、ユニフォームで隠した筋肉が自己主張しているところを見るにやはりアスリートなのだと感じる。
「しかも彼等は去年スプリングランドで優勝したチームなんじゃよ」
「スプリ……何ですかそれ?」
「スプリングランド、毎年秋に行われるラフトボールの全国大会じゃよ、そうじゃの……野球でいう甲子園みたいなもんじゃな」
「そんな凄いチームがよく承諾してくれましたね」
「逆じゃよ、むしろ彼等が引き受けてくれたからこの試乗会を開催できたんじゃ」
ネームバリューというやつだろうか。
「なんていうチームですか?」
「熊谷グラムフェザーというチームじゃよ」
「ああ、聞いたことあるかも」
「何度かTVにでとるしの……さて君の指導役を紹介しよう、上那くーんこっちに来てくれ!」
義晴が両手でメガホンを作って声高に1人の選手を呼び込む。それに気付いたのか青年がこちらへと振り仰ぎ、向かってくる。
宇佐美達の二歩手前で止まり、「お待たせしました」と一言添えた。
「彼は上那 枦夢君。グラムフェザーのランニングバックだ。上原君と少し名前が似ているね」
枦夢という青年はいかにもアスリートという体型だ。一八〇センチメートル程の高身長、余分な脂肪を一切感じられない引き絞られた身体は岩のよう。太腿やふくらはぎは筋肉で膨れ上がり過ぎてハーフパンツやソックスがはち切れそうである。
ロボットに乗らなくてもそのままアメフトやラグビーでやっていけそうだ。
「上原宇佐美です」
一歩前に出て軽く会釈、枦夢はそんな宇佐美を不可解な面持ちで見下ろしている。
その視線は左手に持つ杖に集中していた。
「失礼だが、君はその……足が悪いのか?」
「はい、右足が」
「会長、お言葉ですが、足が使えないとなるとペダリングができないのでバランスが取れず、危険かと思われます」
そこで宇佐美は、ラガーマシンがペダリングでバランスや速度を調整していると、昨日の展示会場の解説コーナーで説明されていた事を思い出した。
「うむ、まあ最もな意見じゃな」
「では」
「じゃーが心配無用、彼のために特別機を用意してある」
「「特別機?」」
被った。
そのような事は初耳である。また、何故一介の身体障害者にここまでするのか甚だ疑問。
「あれじゃよ」
義晴がビシッとサムズアップで立てた指で指し示した方には一台のトラックが止まっており、今まさに荷台からラガーマシンが降ろされようとしていた。
「あの機体って、昨日の」
そのラガーマシンには見覚えがあった、何せ義晴と会ったきっかけになった機体だ。
赤い鎧を身に纏ったそのラガーマシンは見間違えようがない。
「そう、ハミルトンじゃよ」