Obtaining License ③
「免許とんのか」
「うん、今週末から」
ひと騒動終えた後、そのまま二組の教室で昼食をとることになった。宇佐美は近くの空いてる席に座って姉が作った弁当をつついている。
「ほおお、すごいやん。せや! ワイらも取ろうや免許!」
目を輝かせながら武尊が告げる。今確実に「ワイらも」と言っていた、つまりそれは健二も含まれている。
「俺もかよ」
「ええやん」
正直健二はラフトボールに興味等微塵も無い。ラグビーぽいスポーツをロボットで行うぐらいの知識しか持ち合わせていないのだ。
ゆえに興味もないのに免許など普通は取ろうと思わない、例え武尊が誘ってきてもだ。
だが今回は違う、最初に免許を取ると言い出したのは宇佐美なのだ。それだけで、健二の中に謎の焦燥感が募り始める。
ゆえに。
「そうだな、俺もやるわ」
と気づけば賛同の言葉を述べていた。
「ほんとに!? じゃあ一緒にやろうよ、九重さんには僕から伝えておくから」
「ほな頼むわ」
「おう」
この時、なぜ自分も一緒に行こうとしたのか、その理由はよくわかっていない。ただ自分だけハブにされるのが嫌だったから、とりあえずその時はそう思う事にした。
実際は気付いている本当の理由に蓋をして。
――――――――――――――――――――
週末、宇佐美と健二と武尊は美浜市から数キロ離れた山間部に来ていた。
車と違ってラガーマシンはぶつかり合ったり転んだりしてなんぼ、その衝撃や音は騒音被害になりかねないので、ラフトボール関係のフィールドのほとんどはこうして人里から離れている。
「で、何でてめぇがいんだよエセ貴族」
「それはこっちのセリフですよ下等市民」
健二達が通う事になった教習所には、何故か南條漣理がいた。
偶然か必然か、はたまた神様のイタズラか、とにかく健二にとってこの教習所は不愉快な空間へと変わっていった。
しかも席が隣同士という嫌がらせつきとなれば怒りもこみあげよう
「ねぇ、宇佐美君……この人達仲悪いの?」
二人の後ろの席には宇佐美と祭が座っている。祭が隣に座る宇佐美に耳打ちをする。
「そうかな、仲良さげだと思うけど」
「マジで? 私には犬と猿に見えるわ」
犬猿の仲と言いたいのだろう。
因みに祭と健二と武尊の紹介は既にすんでいる。最初は宇佐美が祭を連れてきた事に健二と武尊の二人が大層驚いていた。
最初の一言が「あの宇佐美が女連れだと!?」と目を剥いて言うほどに衝撃だったらしい。
それはともかく、宇佐美としては後ろが気になって仕方ない。
宇佐美の後ろの席に座るのは武尊、そしてその隣に《《クイゾウ》》がいる。
「なんでロボットが教習所きてんねん!!」
突如武尊のツッコミが教室に轟く。おそらく、誰もが皆ツッコミを躊躇っていた事を渾身の思いで叫び尽くした。
ほんとに、この場にいる全員がツッコミを躊躇っていた事だ。
「そりゃ、ラガーマシンに乗るために免許がいるからっすよ」
あっけらかんとクイゾウ……もとい奏が言った。
「ちゃうねん! ワイが聞きたいのはそうやないねん!!」
武尊の慟哭はもっともである。
「七倉さん、それで来るの逆に凄いよ」
「ういっす、でもこの姿の時はクイゾウと呼んでほしいっす」
「……さいですか」
――――――――――――――――――――
教習所に参加している生徒は全部で十一人と一台。一台とは勿論クイゾウの事だ。
初日はラガーマシンに関するルールや法律の説明で終了した。
二日目からいよいよ操縦に関する座学訓練。
「よし、ラガーマシンを操縦する上で意識しなければいけない事はなんだ? 答えてみろ枝垂」
「俺か……」
教習所の教官は教え方は上手いがそれなりに厳しく、うつらうつらと船を漕いでいた健二を容赦なく晒しものにした。
「くっ……わかりません」
羞恥に耐えながら健二はそれだけ呟いた。それを漣理は隣で嘲笑う。
「やはり下等市民、頭の中まで下等とは思いませんでしたよ」
「ほう、それなら答えてみろ南條」
「えっ! それは……」
「おいおいエセ貴族も頭の中は下等なのかよ」
「今答えようとしたのにあなたが余計な事を言うから忘れてしまったんですよ」
「八つ当たりかよ」
「静かにしろお前ら! これ以上騒ぐなら追い出すぞ」
教官の一喝で二人の喧嘩は一旦ストップする。
誰もがホッと胸を撫で下ろしている。宇佐美もひとまず落ち着いた事に安堵しながら健二を見つめると、ボソッと「好きで来てんじゃねえんだよ」という健二の呟きが聞こえてきた。
気のせいという事にしてその時宇佐美は聞き流す事にした。
「そうだな、替わりに九重、答えてみろ」
「私に飛び火しちゃったわ……宇佐美君お願い」
小さな声で宇佐美に助けを求める。そもそも教官は正解を求めてはいない、自分で考えて結論をだしてほしいだけなのだ。つまり正否はどうでもいい。
しかしそのような事を説明する時間はないので、宇佐美は小さな声で「姿勢かな」と伝える。
「はい! 姿勢です」
「よろしい、やるな上原」
どうもバレていたらしい。
「ラガーマシンは走る時、特に姿勢へ気をつけなければならない。当然と思うだろ? その通りだ。
だが初心者は足の動きに気を取られて上半身の固定が疎かになる。ラガーマシンは自分の体ではない、ロボットだ、だから姿勢制御は自分で行う必要がある。
どれだけの角度で固定するかは個人によるし、プロのラフトボーラーの中にはあえて上半身を揺らしてステップする者もいる。その辺は練習して身につけてくれ。
最初のうちは人間で言うところの背骨を固定する事を意識した方がいい、そうすれば安定した走りが可能となる」
宇佐美は必死に今言われた内容をノートに納めていく。
ラフトボール初心者にとってはありとあらゆる情報が必要となる。取捨選択出来るほどの知識量がないからだ。
三日目も同じく座学。この頃になると健二や祭はほぼほぼ寝落ちすることが多くなってきた。
平日ゆえに学校帰りだからというのもあるのかもしれない。
真面目に聞いているのは宇佐美と漣理、あとラフトボール大好きな武尊とクイゾウ等のモチベーションが高い生徒ぐらいだった。
クイゾウの場合、わざわざクイゾウでノートをとる必要ないのではと思うが、ツッコんではいけない気がしたのでスルーした。
「タックルのやり方だが、適当にやれ。上半身を固定して低い位置からぶつかりにいけば大抵何とかなる。反則にならないやり方は実際にやってみて身体で覚えるしかない。
コツを一つ教えるなら、自分の身体を槍に見立てて下腹部へ自分の肩を突き刺すとかだな」
槍に見立てて。そこまで書いた時にノートの残りが二ページとなった。
尚、武尊に関しては既に二冊めの半分までいっている。
四日目は整備関連の座学、五日目と六日目はこれまでの総括を行った。非常に安定した日々だった。
そしてそろそろこの生活にもなれてきた頃、ついにその日がやってきた。
七日目、実機演習である。