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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
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099落ちこぼれのユスティーナ

 おどおどしつつも宮廷向けらしい迂遠な謝辞を述べたユスティーナは、この場の主人であるエルシィからの勧めに従い食卓の末席に着いた。

 この食堂にあるテーブルも、ジズ公国大公館にあるのと同じ縦長の机だ。

 なので末席に着いたユスティーナとエルシィは正面向かい合う形にはなる。

 が、これはとても遠い。

「ふむぅ、これではお話しづらいですね?」

 エルシィは人差し指でアゴをトントンしながらそう呟いて両翼に座る家臣たちに頷いた。

 この意を汲んで、左隣にいたバレッタが頷き返す。

「ユスティーナ、あなたの小さな声じゃ、そこからだと聞こえないわ!

 もっとこっちに来てよ」

 ニッコリ笑ってなかなか辛辣なことを言うバレッタだった。

 ただあまりに呆気らかんというものだから、嫌味っぽいニュアンスは感じられない。

 なのでユスティーナはキョトンとしつつ「あ、はい」と答え、おずおずとバレッタの隣へと移動した。

 実際のところ、ユスティーナの声はそれほど聞こえが悪いことはない。

 確かにオドオドしていて所々震え声になったりするが、声自体はなかなかの美声で通りがいい。

 さすが吟遊詩人の弟子である。

 ともかく、キャリナが無表情になっているのが少々怖くはあるが、この布陣にて食事は始まった。

 今日のメニューはコロッケ風の何かと一風変わった食感のパン、それから海産物を煮込んだスープだ。

 エルシィの希望で郷土料理、しかも家庭料理を指定しているので、こうした地味なラインナップになる。

「このパンが気になるんですよねぇ。

 なんだか懐かしい風味というか……」

 エルシィはそんなことを言いながら、いつも材料や製法を考えるのを楽しみにしているようだった。

 腹ペコなエルシィが早速とコロッケ風のジャガイモ料理にフォークを突き立て、キャリナに渋い顔をされている時、客人のユスティーナが驚いた風で呟いた。

「この国の王なのに……、いつもこんな質素な食事をされているのですか?」

 今度はエルシィがキョトンとして両翼の家臣の顔を見る。

 どちらも不満無さそうに、フォークとナイフでコロッケを切り分けている。

 チビチビ食べているのは不満だからではなく、お昼が多過ぎてまだお腹が空いてないのだ。

「質素かな?」

「別に、こんなもんだろう……でしょう」

 未だ稀に丁寧語を出し間違えるアベルが答える。

 この姉弟、神孫という尊い出ではあるが、お山の社殿で暮らしていたので食生活は庶民とたいして変わらなかったようだ。

 ともすれば庶民より質素ですらあったらしい。

 なので食事に不満を漏らすことは全くと言ってなかった。

 エルシィと同じでほぼ何でもおいしくいただく。

「こほん。

 一つ訂正させていただきますけど、わたくし、王じゃないですよ?

 この土地の宗主はあくまでお母さま……ええと、ジズ大公陛下です。

 わたくしは大公陛下より全権を委任されたにすぎないのです」

 どうにも意識に齟齬があるようなので、取り繕ったエルシィはまずそこから正そうと口を開いた。

 ユスティーナは「難しいことは解らない」という顔で首をかしげる。

「ありゃりゃ……」

 この様子にエルシィもまた困ったという顔で首を傾げた。

 エルシィが割といつも一緒にいるのはたいてい大人か年上。

 そして両翼の双子も歳の割に賢いので失念していた。

 ユスティーナもこのテーブルに着く者たちとそう変わらない年齢のようだし、本来ならこれが正しい反応なのだろう。

 思えば上島丈二八歳の時など、鼻を垂らしてトンボを追いかけていたようなころだ。

 当時は総理大臣なんて「日本で一番偉い人」くらいにしか認識していなかった。

 ならばユスティーナが王や大公、そして鎮守府総督の区別がつかなくても仕方がないだろう。

「えーと、ですね。

 つまり一番偉いのはジズリオ島にいる大公陛下で、わたくしはその子分なのです」

「なるほど……?」

 かなりかみ砕いて、何とか納得してくれたようであった。

 エルシィは満足して「えっへん」と胸を張った。

 まぁ、本当のところを言えば、この土地を治める印綬を継承してしまったエルシィは、間違いなくハイラスの王と言っていいのだ。

 だが、ヨルディス陛下の配慮で便宜上はジズ公国の庇護にあるとなっている。

 なので対外的にはその形式が正しいことになっているのだ。

 その後はしばし軽い世間話などをしながら食事である。

 まだこの土地に来たばかりのエルシィたちにとっては、この街に住むユスティーナのちょっとした話でも色々参考になる。

 あっちの常識とこっちの常識は、やはり少しずつ違うのだ。

 そんな中、話は段々とユスティーナ自身のことに移って行った。

「ボク、先生の弟子の中では落ちこぼれで……」

「そうなんですか? お城に寄越されるくらいだから、有望なんじゃないです?」

 ふと漏らしたそんな言葉に、エルシィは不思議そうに首を傾けた。

「その、自分ではそれなりにできていると思うのですけど、先生はいつもムッとして褒めてくれないんです。

 たぶんボク、捨てられたんじゃないかと……」

 そんな話に、食卓の三人だけでなく周りにいた側仕え衆も顔を見合わせた。

 フレアなどは厳めしい表情で遠くを睨みつけている。

 たぶんその視線の先に吟遊詩人ユリウスの幻影が映っているのだろう。

 神権王政の社会で為政者に逆らうというのは相当な大事である。

 酷い時は王の言葉に反したことを口にしただけで処刑されることもある。

 もちろんエルシィはそんなことをする気もない。

 とは言え、まだエルシィがどんな人物か解らない内からここまで反骨精神を見せ、自分にとっていらない弟子をよこしてくるユリウスという人物は、かなりの権力者嫌いのようである。

 もっとも、その割に自分は吟遊詩人の元締めなどという権力の座にいるのだから、単に自分以外の偉い奴が嫌いなのかもしれないが。

 あとは、ユスティーナへの評価が妥当なモノなのかそうでないのかで、エルシィたちによるユリウス氏の扱いは変わって来るだろう

「なら、実際に歌わせればいいじゃないか。

 あのセンセイの評価がどうであれ、お姫さんが欲しい人材かどうかはそこで見極めればいい」

 と、アベルが言った。

 確かにそうだ。

 と一同は頷いてユスティーナへと視線を向けた。

 ユスティーナもこれは自分の存在にかかわる仕事なので、緊張に表情を震わせながらも静かに頷いた。


 結果から言えば、ユスティーナの詩吟はとても美しく、素晴らしいものに聴こえた。

 エルシィは満足そうに頷いた。

次回は金曜更新予定です

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