097コマーシャルをうつ
眉根を寄せていたキャリナが、フッと肩の力を抜く。
なるほど。
エルシィの言うことは理にかなっている。
何も知らされなければ人々は勝手に憶測を始め、いつしかそれが真実の様にささやかれる。
などということは、よくあることだ。
それが良い方に傾けば構わないが、悪い話になれば困りものである。
こうした風説で失脚するのは、たいてい無口な善良者だったりするので質が悪い。
生き残るのは多くの場合、口の回る要領の良い者だ。
つまり、エルシィはこの「口の回る要領良し」に、国家を上げてなってやろう、と言っているのだ。
だが、問題もある。
その問題についてキャリナは訊ねた。
「エルシィ様のおっしゃる基本方針は理解しました。
それで、どなたにその役をやらせるのですか?」
そこが問題である。
ここにいるキャリナもイナバ翁も、フレヤですらこの問題は把握している。
つまり人手不足だ。
まぁフレヤなどは「自分が指名されることはないだろう」という安心感から興味の目でエルシィを見ているが。
さて、問われたエルシィが頭を抱えているかと言うとそんなことはなかった。
「人がいなければお金を使いましょう。
外注です。
というか、この作戦はお役人がやるより民間人がやる方が良いです」
「はぁ、外注、でしたか」
この答えに、キャリナはキョトンとした顔で首をかしげた。
お金は、無いわけではない。
ハイラス伯国は豊かな国だったので、先日の戦争におけるジズ公国が受けた損害を金銭で補填してなお、国庫にはまだ余裕があった。
その国庫がもしピンチになっても、伯爵家の財産がまた結構貯まっているのだ。
貧乏なジズ大公家とは大違いである。
しかし外注すると言って、エルシィには何か当てがあるのか。
という話だ。
今このハイラス領を回す政権側トップ陣の多くはジズ公国勢なのである。
エルシィに至っては初めて国外に来ての仕事であり、この土地に知己があるとは思えない。
普通は大きな仕事ほどにコネがモノを言う。
我々の住む現代社会ではコネというものが悪く見られがちだが、あながち悪とも言えない。
コネクションがあるということは、つまり相手が信用に足るかどうかの情報があるということなのだ。
だが、そもそも当のエルシィに、知り合いに仕事を出そうという考えはなかった。
外注なのだからしかるべきところにお仕事を出すつもりなのだ。
実はこの考えも、この世界の現状だと少し珍しい。
ともかくエルシィは自分の考えを実行すべく、世間に関する知識の溝を埋めることにする。
「ちょっとお訊ねしたいのですけど、芸を見せて生活する人たちはいますか?」
エルシィの中身である上島丈二の世界で言えば、テレビなどで活躍する芸能人をコマーシャルに起用する感覚である。
これは商社勤めの丈二が新しい商材で流行を作ろうとした時に考える、最もポピュラーな手と言えるだろう。
有名で人気がある人が言うと、知らない人が嘯く言葉よりも信じられやすいのだ。
この世界にも人の営みがある以上、豊かな場所なら娯楽はあるはずであり、エンターテイメントに携わる人材が、きっといるはずなのである。
「大道芸人や吟遊詩人のことでしょうか?」
そして、やはりこの世界にもそれらはいた。
「吟遊詩人がいいですね。
人気の方か、もしくはその元締めの様な方がいたら渡りをつけてください」
フレヤの言葉にエルシィは大きく頷き笑みを浮かべ、そしてそう命を下した。
出来る侍女であるキャリナは、この話をまずチョビ髭上陸将ことクーネルのところに持っていった。
解体された将軍府においては将補という地位であった彼は、今はエルシィより総督付きの事務官という地位を拝領して財司に派遣されている。
彼もとにかく忙しいが、エルシィ陣営でハイラス領のことを知る人物となれば頼るしかない。
「吟遊詩人の元締めかぁ……なら確か将軍閣下が知己だったはず。
おっと、今はもう将軍ではないか。スプレンド卿と言わねばなりませんね」
やつれた顔で帳簿を調べるクーネルにそう聞き、続いてキャリナは騎士府へと赴く。
かくしてスプレンド卿に紹介をもらい、この領都での吟遊詩人の元締めと、鎮守府総督エルシィの会見は数日後に行われることとなった。
「この街で唄い手たちの取りまとめなどをしているユリウスと申します。
噂に聞く姫君にお会いでき光栄にございます」
ハイラス主城にある謁見の間を使っての面会だ。
奥にある立派な玉座に、埋もれるようにして座る小さなエルシィと、その周りを側近たちが固め、そして玉座前に敷かれた長い赤絨毯にユリウスと名乗る男が跪いた。
歳は三〇~四〇代前半くらいだろうか。
とにかく美しい容姿の男である。
美形の男と言えば、近くではスプレンド卿がよく話に上がるが、彼は美丈夫、すなわち強気の中に優麗さを含んだ気高い鷹だ。
対し、ユリウスはと言えば線も細く長い絹糸の様な髪もよく似合う。
窓辺で風にそよがれながらハープを弾いていればたいそう絵になるであろう。
そんな美しさだ。
そのユリウスが定型じみた美辞を口にしてエルシィの返答を待つ形だ。
ただ、その表情は硬く、苦虫でもかみつぶしたかのように歪んでいる。
とてもじゃないが客を前にした芸人には見えない。
それがエルシィの声に出さぬ感想だった。
貴顕と謁見者の間で礼儀とされるような一連のやり取りを交わし、エルシィは早速と本題へと入る。
つまり「此度の為政者交代劇の正しい話を、吟遊詩人たちの手で広めて欲しい」という依頼のことだ。
もちろん、ここには言外に「都合よく」という部分も含まれる。
この話を聞いたユリウスは、はじめからたいして良くなかった表情をさらに厳しく落とした。
「なるほど……。
そういうお話でしたら、私はあまりお役に立てないでしょう。
見ての通りすでに醜く老いてございますので、左程の名声もございません。
後程、私の弟子を遣わしますので、どうかその者をお使いください」
と、返答はといえばこんな言葉だった。
醜く、や、名声がない、など謙遜どころかイヤミにすら聞こえるありさまだった。
ユリウスが謁見の間を去った後、エルシィは大いに落胆して高い天井へと視線を向けた。
「アレはダメそうですねぇ。
権力者と言うだけで良し悪し関係なく嫌う手合いのようです。
その権力者のプロパガンダなど、死んでも引き受けたくない。
そういう意思を感じました」
「エルシィ様、ならばあの者、望みどおりに斬り捨ててまいりましょうか?」
「まぁまぁ。
お弟子さんをよこしてくれるそうですから、そちらに期待しましょう」
憤慨したフレヤがそんなことを言うが何とかなだめつつ、エルシィは続けて呟いた。
そしてその日の夕方。
主城を訪れたのは、まだ年端も行かぬオドオドとした少年だった。
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