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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第二章 ハイラス鎮守府編
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094新しい為政者

 旧ハイラス伯国領都は港街である。

 それは、名称がジズ公国ハイラス領となった今でも変わりはない。

 雨期が過ぎ、日差しが段々と強くなって来る蘭の月。

 青い空が頭上に広がるその朝も人々の生活は変わらず、港に面した朝市では誰もが騒がしく行きかっていた。

「よお、元気だったかい」

 人の良さそうな壮年の男が、粗末な天幕の下で日用品を売る小売商人に声をかける。

「ワシは見ての通りだよ。

 そっちこそ、ひと月ばかり見なかったがどうしたんだい?」

「まぁ雨期だったし……なんかきな臭い雰囲気だったろ?」

 どうやら男とは顔見知りだったようで、声を掛けられた商人も破顔して応えた。

 そして男の返答に、表情を苦笑いへと変えた。

 雨期である先月、つまり水の月の間に、この国には大きな変化があった。

 簡単に言えばハイラス伯が治める土地であったこの国は、伯爵さまの代替わりをきっかけとして統治者が大公様へと変わったのだ。

 民の生活は変わらない、と先に述べたが、それでも為政者が変われば暮らし易さや難さはそれなりに変わってくるものだ。

 お上の代替わりでこれまで善人とされていた者が投獄されたりする例も、長い歴史の中では散見されるものである。

 そうしたゴタゴタを避ける意味で、特になんて事のない農民であるその男もしばらく街に近づかないという選択をしたのだった。

 そんな農村の男だったが、苦笑いを浴びせる商人を怪訝に思って首をかしげる。

「なんだ? 騒動は何もなかったのか?」

「いや、あったにはあった。

 だけど善人は誰も割食っちゃいないよ。

 ワシらの様な善良な商人は、逆に商売しやすっくなったくらいさ」

 そう、肩をすくめる商人を見て、男は「どうやら新しい領主様は良い方のようだな」と胸をなでおろした。

「で、どんな騒動があって、なんであんたはやりやすくなったんだい?」

 商人が並べた日用品を選びながら、男は問う。

 世間話ではあるが、農村という狭い社会で暮らす彼らにとってはこれも大事な情報収集だ。

 それも重々承知している商人は、街の住民なら誰でも知っているこのひと月の変化を教えてやることにした。

 まぁ、農村の男はお得意様でもあることだし。

「そうだな、新しく来た領主様……いや総督様か?

 その総督様は、簡単に言えば小金をせびる悪徳役人どもを一斉にとっ捕まえてくれたのさ」

「そいつはいいな。うちの村も助かる」

 市場でモノを売るのは何も商人だけではない。

 農村から来たこの男もたまに村の収穫物を売りに来るのだ。

 そうして街で商売をすると、まず売り上げの中から税金がとられる。

 また市場で売るなら、ここを取り仕切る商人の組合への上納金も払う。

 ここまではまぁ、嫌だが法律で決まっているのだから納得できる。

 ところが残った売り上げからさらに持っていく者がいた。

 それが先の話に出て来た役人どもだ。

 本来彼らの仕事は不正を取り締まることなのだが、そいつらと来たらむしろ不正をでっちあげて善良な農民や商人をしょっ引くのである。

 それをされたくなければ、小遣いをよこせ。

 と、こうなのだ。

 そうした小悪党が一掃されたのなら、それは確かに朗報である。

「こりゃ、新しいお上には期待できそうだな」

 必要なモノを市場で買いそろえた男は、軽い足取りで自宅のある農村へと向かった。



「コズールを捕まえた?」

「はい、街の酒場でエルシィ様への悪口を風潮しているガラの悪い男がいる、と聞いて警士が様子を見に行ったらコズールだったそうで」

 ハイラス主城の執務室、近頃ここの主となった薄金色の髪をしたまだ幼い少女は、長い茶の髪を後ろでキリリとまとめた乙女からの報告を聞いた。

 ジズ公国ハイラス鎮守府総督エルシィと、その筆頭侍女キャリナである。

 ただ、エルシィはその報告を受けて、両手の人差し指を両こめかみに押し当てるようにして大きく首をかしげる。

 首、というよりは身体ごと傾ける勢いだ。

「……エルシィ様、それはいったい?」

「わからんちんのポーズ」

「わか……」

 こういう姫様の態度にはもうすっかり慣れたつもりのキャリナだが、たまに不意打ちで|眩暈《めまい》を被る。

 こればかりは真面目な彼女の性分なのであろう。

 ところで、そんなエルシィに対し、彼女とは全く別の反応を示す者もいる。

 見た目、たぬき顔のおっとり少女。だが中身はエルシィ信望の過激派近衛士フレヤ嬢である。

「さすがですエルシィ様! カワイイです!」

「えへへ、そうかな。やったー」

 微笑ましく「いえーい」とハイタッチする主従を見て、さらに眩暈から頭痛を覚えるキャリナであった。


「それで、コズールさんイズ誰さんです?」

 唐突にお茶を入れることで落ち着きを取り戻したキャリナに、エルシィが問う。

 やっぱり、エルシィの「自称灰色の脳細胞」を以てしても、コズールの名を思い出すことはできなかった。

 いや実際にはそれほど優れているとは思っていないが、まぁ冗談である。

「アレですよエルシィ様。

 本国で工事費を横領していた忘恩の畜生です」

「ああ、あの……」

 フレヤからの言葉でようやく思い出し合点がいった。

 ジズ公国においてエルシィが道路工事を視察していた時に発覚した少額のちょろまかし事件。

 その下手人がコズールである。

 コズールは蟄居を言い渡されたが、後に逃亡したのである。

 どうやら島外へ脱出してこんなところにいたようだった。

 フレヤ同様に孤児院出身であり、さらにエルシィへのなめ腐った態度をとったため、フレヤからは蛇蝎の様に嫌われている。

「それで姫様、どうなさいますか?」

 誰か判ったところで改めてキャリナが問う。

 室内にある目がその回答を求めてエルシィに集まった。

 そもそもあの程度の小さな犯罪であれば総督案件ではありえない。

 だがコズールの罪状には、エルシィの意向で裁かれはしなかったが「大公家への不敬罪」があり、さらに「逃亡罪」を重ねている。

 これは文司にて裁く前にお伺いを立てよう、と話が回ってきたようだ。

「むふぅ」

 エルシィはしばし思案して、そして「いいこと思い付いた」という顔で手を叩いた。

「会いましょう。ここへ連れてきてください」

 キャリナは「また姫様が余計なことを思いついた」と、たいそう嫌な顔で承知の返事を口にした。

今日から2章開始です

次回更新は来週の火曜を予定しております

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