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090天守にて

「お母さまは無事だったのですね!

 お元気そうでしたか?」

 クーネルへと報告をする兵の言葉に、エルシィはパッと顔をほころばせる。

 エルシィがわざわざ海を渡ってハイラス伯国までやって来たのは、お母さま、つまりヨルディス大公陛下が心配だったからに他ならない。

 人質だか大義だかは理解できないけど、「生きてはいるだろう」と方々から意見を聞いていたので、ともかく酷い目に会わされていないかだけが懸念だったが……。

「ええ、お怪我やご病気の様子はありませんでした」

「そうですかー」

 そのような返事が続いてきたので、ホッと胸をなでおろした。

 よーし、これでミッションコンプリートだね。

 さて、引き揚げましょうか。

 そんな気分で振り向けば、キャリナやヘイナルも神妙に頷く。

 だが、そうでもない面々もそこにはいた。

 一人はエルシィの近衛士であるフレヤだった。

 フレヤはまだ心配事でもあるかのように、厳しい視線を周囲に送っている。

 その先にいるのが、今、一行を率いているクーネルだ。

 クーネルは思案顔で部下に問いかける。

「大公陛下はどうした?」

「私は報告の為に先行しましたので、後から他の者がお連れするかと」

「そうか……」

 侵入者である自分たち以外に誰もいない、天守の執務室。

 まだ俺の仕事は終わっていない、とばかりに、クーネルは思案する。

 そうか、伯爵は逃げたか。

 そしてジズ大公陛下がもうしばらくしたらここにいらっしゃる。

 ならチャンスは今しかないな。

 出来ればスプレンド将軍を待ちたかったが……。

「では、大公陛下がいらっしゃる前に、もうひと仕事しておきましょう」

 クーネルは打算を重ね、エルシィたちを振り返ってそう言った。

 聞いたエルシィも、キャリナや神孫の双子も、不思議そうに首をかしげる。

 この誰もが「もう目的は果たしたし」という思考で、後は帰るだけだと思っていたのだ。

 だが、もうひと仕事?

 ヘイナルとフレヤが警戒に身構え、左手を腰の短剣に添える。

「まてまて、別にエルシィ様を害そうってんじゃない。早まるな!」

 慌てて手を振るクーネルだった。

 派遣軍の将補だったクーネルだが、別に剣や槍の腕でのし上がったわけではないので、襲い掛かられれば一太刀で斬り伏せられるだろうことは自分でもわかっているのだ。

 そう言われても警戒を解かない二人に肩をすくめ、弱ったような視線をエルシィに送る。

 エルシィは自分の近衛士とクーネルを交互に見てから小さく頷いた。

「大丈夫ですよ。

 クーネルさんは()()裏切りません。

 元帥杖がそう言ってます」

 言って、腰につるしていた元帥杖をヒラヒラと見せる。

 つまり、例のステータス画面において、クーネルの忠誠度はまだ危険水域ではないと言っているのだ。

 それを理解したヘイナルは少しだけ警戒を解き、フレヤは理解できなかったようでそのままクーネルを睨みつけた。

()()、なんですね?」

「さぁ、どうなんです?」

 厳しい顔で問いかけるフレヤに、エルシィはそのまま質問をクーネルへと投げる。

 クーネルは慌てて首を振った。

「まさかまさか!

 先日忠誠を誓ったばかりですよ?

 さすがにそこまで恥知らずじゃありませんとも」

 必死に否定のそぶりを見せるクーネルに、フレヤもやっと警戒を少し緩めた。

 まぁ、「裏切りません」とハッキリ否定してないところが、この人の処世術なんだろうね。

 エルシィは無言のまま苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「さて、ではこちらにどうぞ」

 一通りの一幕が終り一息ついたところで、クーネルが一行を導くように歩き出した。

 向かう先は伯爵の執務机、いや、その後ろに飾られた伯国の旗の元だ。

 複雑な意匠を凝らした盾とクラウンの絵が描かれたその旗の向こうは、エルシィにとってはお馴染みとなる隠し通路がある。

 通常ならばこの国の支配者一族だけが行くことを許される、天守の第五層へ続く階段である。

 なんだろうなー。

 と暢気についていくエルシィに、側仕えたちも慌てて追従する。

「いけませんエルシィ様。

 こういう時、まずは近衛か私を先に進ませてください。

 何度も言っているでしょう」

「そうでした。ごめーん」

 キャリナに叱られててへぺろするエルシィだった。

 軽い謝罪の言葉にこめかみをキリキリさせつつ、キャリナが先に立つ。

 こうして一行が辿り着くのは、やはりというか当然というか、しんと静まり返った天守の最上階であった。

 エルシィ以外は物珍しそうにあたりを見回す。

 造りはジズ公国のそれと同じで、壁面側がぐるりと透明度の高いガラスで覆われた展望室のようだ。

 そして中央には祭壇の様に整えられた宝物棚。

 クーネルもしばらくキョロキョロしていたが、目的のモノがありそうなのはそこだけだったので、すぐに目星をつけて歩み寄る。

 歩み寄り、一つの小箱を開けてニンマリと笑顔を浮かべた。

「ささ、エルシィ様。こちらをどうぞ」

 クーネルはそのまま小箱を手にして戻って来たかと思えば、恭しくエルシィの前で膝をつき捧げ持つ。

 この箱が何だか知る者はあまりいない。

 エルシィは当然、ピンときた。

 他にこれを知るのは、エルシィと共にティタノ山に逃げたヘイナルくらいだろう。

 怪訝そうに皆が見守る中、捧げ上げられた箱をエルシィが開ける。

 案の定、そこに鎮座するのはビロードに包まれた印綬、つまりハイラス伯国領を治めることを認められた証となる国璽であった。

「え、いえ。別にこれをわたくしが持つ必要ないですよね?」

 エルシィは不思議そうに首をかしげる。

 が、クーネルはいかにも重要そうに首を横に振って否定する。

「いえいえ。伯爵陛下がいつ戻って来るかわかりません。

 これを押さえておけば、ひとまず反撃を抑えることが出来ますよ」

 なるほど、そうかな? そうかも?

 曖昧に頷きながら、エルシィはハイラス伯国の国璽を手にした。

 瞬間、激しい静電気に見舞われたかのようにバチっと光り、気づくとエルシィは真っ白な壁も何もない部屋に、一人ただずんでいた。

終了間近とは言ったけど今回で終わるとはまだ言ってませんでしたよね?

次回は今週金曜更新です

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