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009城内探検に出発(後)

 部屋を出ると今日の朝番近衛士だったフレヤと、キャリナと共に秘密を共有する近衛士ヘイナルがいた。

「城内散策だから近衛は一人ではないの?」

 城内であれば近衛は一人。城外であれば二人。

 初めにそう聞いたはずである。

 思い出しながらエルシィが訊ねると、ヘイナルは苦笑いを返す。

「姫様はまだ城外に出たことありませんからね。今日の散策警護は我々の仕事の確認も兼ねさせていただこうかと。よろしいですか?」

「許します」

 こっちは護衛してもらう立場なのだから言うことない、とエルシィ思ったが、ヘイナルが(へりくだ)って聞いてくれたので鷹揚に頷いて見せた。

 ヘイナルとフレヤはクスクスと小さく笑って「よろしくお願いします」と改めて敬礼を捧げた。

 そうしていよいよ出発だ。

 先頭にフレヤが立ち、後ろに乗馬服のエルシィ。最後尾のヘイナルが周囲に目を光らせる。

 侍女のキャリナはエルシィの横に控えた。

 まず長い廊下を歩き、階段を下り小ホールへ出る。

 ここまでは食堂への道と同じなので慣れたものだ。

 ここからが、新生エルシィにとっては初めての場所となるだろう。

 小ホールにはちょっとした茶会などが出来るようにか、いくつかのテーブルセットが置かれており、また壁際にはいくつかの扉がある。

 その一つはお馴染みになった食堂への扉だ。

 それ以外の扉の一つへ進み先頭のフレヤが開ける。

 するとその先はどうやら玄関の為のロビーだったようだ。

 人を出迎える為だろう、少し高価そうな調度品や精巧な彫像などが飾られている。

 エルシィは「ほぉ」と溜息を吐く。

 美術品や調度品にあまり興味のないエルシィだが、海外出張の折は裕福層の豪邸へ招かれることもあるので全く解らないわけではない。

 ここにあるものはどれも一廉(ひとかど)の歴史を持つのだろうと察せられた。

 まぁ、そんなことより探検だ。

 それがエルシィの意識の最優先事項だったので、チラリと見まわした後は楚々と足を先へと向けた。


 玄関口から出る。

 まず背の低い草木を植え揃えたシンメトリーの立派な庭が目の前に広がった。

 そのまま数歩進んでから振り返る。

 とりあえず、城を外から見上げたかったからだ。

 だがエルシィの期待は見事に外れ、そこには二階建ての洋館が建っていた。

「城じゃないじゃん!」

 思わず声を上げて、キャリナに脇腹を突かれた。

 おふぅ、と声を漏らしつつ口を押さえてもう一度見る。

 古いがよく手入れされている為かボロくは見えない。

 それどころか立派で貫禄すら感じる佇まいだ。

「でも、これは城ではありません」

 ちょっとガッカリ気分で溜息をつくが、そんなエルシィをフレヤとキャリナは怪訝そうに眺めた。

 ヘイナルも同じように怪訝には感じていたが、そこは平然と護衛に徹する。

 プロフェッショナルである。

 キャリナが言う。

「姫様が何をもって『城ではない』とおっしゃるか解りませんが、ここは間違いなくジズ公国の大公陛下がおわしますお城です」

 そしてさらにフレヤがおっとりと頬に手を当てて首を傾げながら続けた。

「城内と言えば城壁より内側のことですよ姫様。だからここは間違いなくお城です」

 言われ、エルシィは「尤もだぁ」と思いながらもうなだれる。

 そう言うことだが、そう言うことではないのだ。

「ああ、もしかしてエルシィ様が求めているのはアレではないですか?」

 と、その時、気づいた様にヘイナルが後ろから指をさす。

 その先はちょうどエルシィの視界を外れる斜め横に向いていた。

 指先を追う。

 するとそこには五層に階を積み上げた末広の塔の様な建築物があった。

「それ、ヘイナルえらい。あれが私の求めていたお城です!」

 日本の城ともヨーロッパの城ともちょっとずつ違う様式だが、確かにそれはエルシィが思い描いていた城に近いものだった。

「あれは天守ですよ? まぁ確かに城の中心と言えばアレでしょうけど」

 日本でもおなじみの天守閣。正式には天守と呼ばれる。

 ヨーロッパの城で言えばキープタワーだ。

 これらはフレヤたちが言う通り、正確には城の中心建物ではあるが城そのものとは言えない。

 城とは天守を含む防衛機構全体を指すのである。

「細かいことは良いのです。アレ! アレに登りましょう!」

「ダメです」

「ナンデェ!」

 即答だった。

 あまりに早いダメ出しに、エルシィもびっくりして思わず素で苦情を上げた。

「天守は司府が集まっています。物見高く散策する場所ではありません」

「つかさふって何?」

 キョトンとして首を傾げたエルシィに、またもや「そこからなの?」とキャリナから驚きの目で見られる。

 ただフレヤは「まだ幼くお役目も授かっていない姫様ならさもありなん」と言う風に頷いていた。

「司府とは、国を動かすための様々な業務を執り行う場所です。いろいろな司府があります。

 例えば城や国内の道を普請する『築司』、訴訟や公文書を取り扱う『文司』などです」

「おお、お役所ですね。納得納得」

 見かねたヘイナルが後ろからそういうと、感心してエルシィは何度もうなずいた。

 気をよくしたヘイナルはさらに続ける。

「国内のいろいろを取り締まる司の集まりを『内司府』。

 海外とのやり取りなどを扱う司の集まりが『外司府』です。

 だから全てを総じて『司府』と呼ぶのですよ」

「さすがですヘイナル。はなまるをあげましょう」

 感心して、エルシィは宙に指でクルクルと花丸を描いて差し上げた。

「ど、どうも、ありがとう存じます」

 ヘイナルはどう受け取って良いのか解らなかったが、そこは出来る男らしく恭しく頭を垂れて受け取った。

「それで、やっぱり見に行っちゃだめです?」

 振り返り、エルシィは両こぶしを口元に当ててキャリナを見上げる。

 可愛こぶっているが、これで中身はアラフォーである。

 キャリナは諦めたように息を吐いた。

「今はいけません。皆さんの邪魔になりますから。

 ただ、そのうち大公陛下とお食事を共にすることもあるでしょうから、その時に陛下にお願いしたらいかがでしょう」

 これがキャリナにとって最大限の譲歩であった。

「大公陛下ってお母さまですね。

 そういえばお母さまはお食事でまだ会ってません。どうしてかしら?」

 食堂では兄であるカスペル殿下と食事を共にしている。

 と言うことはあの館は大公家が住まう館なのだろうと判断したうえでの素朴な疑問だった。

「大公陛下はお忙しいのですよ。

 ですから食事も睡眠もほとんど天守で摂ります。

 お館にいらっしゃるのはお仕事に区切りがついたり、一息ついた時だけです」

 そんなキャリナの言葉に、「わぉ、めちゃブラック」とつぶやきながらも、エルシィは重々しく頷いた。

 国主と言ったらトップだもんな。

 トップは何かと忙しくて休む間もないもんだわな。

 そう考えながら、自分が所属していた会社の社長を思い出していた。

 社長は家にも帰れず、応接室のソファーで寝泊まりする会社人間だったっけ。

 まぁ社長は経営者サイドだから、いくら残業しようとも法的にはホワイトなんだろうけどさ。

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