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089制圧完了……か?

 城がその機能を失って久しい世界に住む我々にとって、「城」とはおおよそ「天守」「キープタワー」と言った中心的建造物のことを指す場合が多い。

 だが実際に「城」と言えば、城門、城壁より内側のことである。

 城内には天守以外にも、城主、領主の住まう館や、守備兵の為の施設や政治的議会場や官僚が働く庁舎などが入っている場合が多い。

 さて、ではエルシィたちが入ったハイラス伯国の主城はどうだろう。

 ここハイラス伯国では、主に国を動かす司府の多くが領都に点在するようにある為、城内に庁舎らしい建物は少ない。

 守備に携わる警士府や近衛府はあるが、ジズ公国城より広い規模を考えれば閑散と見えても仕方がないだろう。

 その代わりと言っては何だが、その空いたスペースには広々とした美しくも立派なシンメトリーの庭が横たわっている。

「ほぇー、見事なものですねぇ」

 ヘイナルの背から庭を見下ろしエルシィが感心気に呟く。

 つられて他の者たちも当たりを見回す。

 庭には、ちょうど時期なのか薄桃色から紫色に掛かったような小さな花が、身を寄せ合うように丸く固まった草木が茂っている。

紫陽花(アジサイ)ですか……」

 そう、梅雨時に日本でよく見る紫陽花が、ちょうど庭の一角を占めるように咲き誇っていた。

「ああ、ハイドランジアですな」

 エルシィのそんなつぶやきを拾って、クーネルが答える。

 つまり、紫陽花である。

 我らの住む世界では紫陽花は日本原産の植物で、シルクロードを通ってヨーロッパへも伝わったという歴史がある。

 ハイドランジアはつまり西洋アジサイのことなのだ。

 まぁ、エルシィが聞いているの言葉は女神によって与えられた翻訳機能を通したものなので、おおよそ元の世界の言葉で近い所が選ばる仕組みだ。

 なので本当は全然違う植生の、似ているだけの植物かも知れないが、とりあえずエルシィにとっては「紫陽花」ということで良いらしい。

 雨期には希な晴れ間に、忙しそうな庭師たちが剪定を進める紫陽花の庭を通り抜けながら、クーネルはまた先ほど口にした懸念を再びもらす。

「やはり、庭師もが少ないな……」

「そうなんですか?」

 そんなつぶやきを拾って、エルシィは首をかしげて問いかけてみる。

 ここと比べれば質素なジズ公国城からすれば、今ここに出ている庭師の数でもそれなりのものだと思うのだが、伯国人からするとそうでもないらしい。

 クーネルは少し考えながら答える。

「そうですな。なにせ見ての通り無駄に広い庭ですから、いつもならこの倍くらいは庭師がいますし、あと見回りの警士や近衛士も見当たりません。

 どうも静かすぎるのが気になります」

「出兵で人手が足りないのじゃないか?」

 そんなクーネルの言葉に意見を挟むのはアベルだ。

 あまり口数が多い方ではないこの子供剣士だが、それが彼に妙な貫録を持たせている。

 もちろん、クーネルを始めとした何人かの上陸兵はアベルの実力をよく知っているので、余計にそう思ってしまうのかもしれない。

 ともかく、アベルのそんな意見にクーネルも同意して頷いた。

 幾らか懸念は残るが、という付箋付きではある。

「確かに警士が少ないのはそうなのでしょうな」

 だが近衛士は伯爵家を守るために出兵していないはずだし、庭師はそもそも兵ではないのだ。

 そのように、いつもと様子が違うらしい場内を粛々と進み、一行は天守の正面門へと辿り着く。

 外からもわかる五層の末広型建築物。

 天守の作りは、規模こそ違うがおおよそジズ公国のそれと同じようだった。

 門には二人の当番警士が立っており、一行の来訪を出迎える。

「ジズ公国派遣軍の将補クーネルだ。

 すでに連絡は行っていると思うが報告に参った」

 クーネルが一行より少しだけ先に進み警士たちにそう伝える。

 ところが、出迎えた警士たちは少し困ったように顔を見合わせた。

 そんな仕草にクーネルも怪訝そうに眉をひそめる。

「どうした? 連絡はなかったのか?」

「いえ、その……将補殿が来ることは昨晩聞いておりました。

 ですが今朝早く、急に他の連絡がありまして……」

 しどろもどろ、という態で当番警士の一人が答え始める。

 クーネルは無言で先を促す様にアゴをしゃくった。

「急な話ではありますが、『本日城内に勤める者は、最低限の人員を残し休みとする』とのことで。

 なので我ら門警は上番しておりますが、それ以外はいないのです。

 中については近衛の方々がいるとは思いますがやけに静かで……」

 なるほど、とクーネルはチョビ髭を撫でつける。

 つまり先ほどから感じていた静けさは、やはり気のせいではなかった、ということなのだろう。

 しかし急な休みとは珍しい、というか今まで聞いたこともない。

 いったい何があった?

 クーネルはやけに人が少ない城内に納得しつつも、それはそれで他の懸念が鎌首をもたげるのだ。

 もしや襲撃を察知して、ひそかに天守の守りを近衛で固めているのか?

 そんな心配である。

 だがことここに至っては考えたってしょうがない。

「ふむ、何やらよく解らないが、私は私の仕事をしよう。

 クーネルとその一行は、報告の為、天守へと入る。よいな?」

 今一度、確認のためにそう宣言し、クーネルのすぐそばに控えていた兵に入門履歴などを書かせる。

 門警もあいまいに頷いていつも通りの仕事を進めて彼らの通行を許可した。

 エルシィもいよいよ天守へ入るということで、ヘイナルの背から降り簡単に服の裾などを整える。

 とは言え、エルシィは貴顕らしいドレスではなく動きやすい乗馬服なのでそれほど身支度が必要という訳ではない。

 むしろ侍女のお仕着せであるキャリナの方がよっぽど大変そうである。

 もっとも、淑女としてのキャリアがエルシィとは違うので、大変そうなそぶりすら見せない。

 そうして徒歩に変わると、エルシィと側仕え衆を中心にして一行はいよいよ天守へと侵入を果たした。

 ジズ公国なら正面から入ると、すぐ市役所然とした各司府の受付が並ぶ広間だったが、ここ伯国ではそういうことはなく、まずホールとなり、その先に待合室を挟んで謁見の間となるらしい。

 言われて気づくが、ジズ公国の城には謁見の間などなかったな。

 とエルシィは少し首を傾げた。

「ジズリオ島は元々、大公家領土の一部でしかなかったですからね。

 あの城はいわば地方の出城です」

 そんな疑問に気付いてか、キャリナがこっそりと耳打ちしてくれる。

 エルシィは「なるほど」と、以前習った歴史を思い出す。

 大公家は元々、ジズリオ島と大陸に領地を持っていたのだが、旧レビア王国崩壊後の戦国期に失ったのだ。

 その一つが、現ハイラス伯国領ということになるらしい。

 そうして疑問を解消しつつ、誰もいないホールと待合室を抜けて謁見の間に至る。

 謁見の広間には、誰もいなかった。

「おかしいな。さすがに報告はここで受けると思ったけのですが……上かな?」

 クーネルは首を傾げながらも、そのまま上階へ至る階段へと向かう。

 上に行けばさすがに誰かいるだろう。

 と、皆が思っていたが、結局、誰にも会わず四層まで進んでしまった。

 そう、普段伯爵がいるはずの、執務室がある階層だ。

 ここにも、やはり誰もいなかった。

 皆が唖然としてしばし活動を止める。

 そんな時、背後から伯爵館の方へ行った兵たちが合流してきた。

「クーネルさん、伯爵館はもぬけの殻です。

 おかげで大公陛下救出は楽に終わりましたが……どうなってるんです?」

「えぇ……まさか、逃げた?」

 どうやら、そのようである。

次回は来週の火曜更新予定です

いよいよこのシーンも終了間近!

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― 新着の感想 ―
[一言] 事前に情報貰っておいてやることが逃げの一手とは…と思いましたが状況考えると逃げるのが一番かもですね
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