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088静かな侵略

 ハイラス伯国騎士府長フェドートは府中の騒ぎで目を覚ました。

「騒々しい、いったい何なのだ……」

 人手不足の折、珍しく夜番を務めた後の朝寝だっただけに不機嫌極まりない目覚めである。

 フェドートは掛けていた毛布を乱暴に投げ捨てながらベッドから起きると、イライラを少しでも晴らそうとしたかダンダン大きな足音を立てて仮眠室から出て行く。

 するとちょうど、門番を務めていたはずの警士が慌てた様子でやって来きた。

「何事だ。疾く報告せよ!」

 渋面いっぱいの府長と違い、警士は彼の顔を見て幾らかホッとしたように表情を緩め、そしてかかとを鳴らして直立の姿勢をとる。

「はっ! ジズ公国が攻めてまいりました!」

 この警士、緊急の局面で最初は慌てたものの、上司を前にしてキッチリとした端的な報告できる辺り、結構優秀なのかもしれない。

 ともかく、毅然とした事実報告を受け、逆に慌てたのはフェドートの方だ。

「な、なんだと!?」

 言葉を理解してすぐに自分の身体をまさぐるが、当然、寝起きの身体に武具は着けていない。

 夜番からの仮眠中だったのでさすがに寝巻という訳ではない。

 それでもまさか襲撃があるとは夢にも思わなかったので、槍矛や鎧の類は武具庫に仕舞ったままだった。

「くっ、このままでは出られん。お前、ちょっと手伝え」

「は? は!」

 突然の命令に警士は一瞬首をかしげたが、すぐに理解して了承した。

 つまり、武具庫で鎧を着ける手伝いをしろ、ということだろう。

 本来であればそういった世話は従騎士や副官がするものだが、今ここにいないところを見れば、どうせ上司が寝ている間に自分もどこかで休んでいるのだろう。

 まったくもって怠慢である。

 とは言え、だ。

 警士氏は「これですぐホーテン卿の矢面に立たなくて済む」と陰でほくそ笑みながらフェドートに従った。


 そんな一幕を挟み、ハイラス伯国騎士府長フェドートがホーテン卿の前に出たのは、騎士府内が一度混乱に陥り、そしてその混乱が収まりつつある頃だった。

 つまり、府内に夜番として寝泊まりしていた十数名の騎士のうち、一/三が討ち取られ、一/三が捕縛され、残りの一/三がわずかにまだ善戦している。

 そういった状況だった。

「ははは、なかなかお早い登場だったなフェドート」

 状況の悪さに考えが真っ白になるフェドートの頭上から降って来た声に振り向けば、そこには愛用のグレイブを担いだ騎兵、ホーテン卿がいた。

「貴様……ホーテン! これは何のつもりだ」

「何のつもり? それはこっちが聞きたい。

 先に攻め入ったのはお前の国であろうが。

 ……それとも、攻めておきながら、自分は攻められんと思っていたか?」

 唖然、であった。

 確かに新伯爵陛下より下知が降り、二〇名ほどの騎士が将軍府に入り出兵したところだったが……え、反攻?

 そして混乱である。

 フェドートの脳内は様々な考えがグルグルと渦巻き、そして一つの結論へと達する。

「するとスプレンド卿は負けたのか」

 思わずニヤリと本音が出た。

「なんだ、万年二位。こんな時だというのに、スプレンドが死ねばトップになれるとでも思ったか?」

 そんな態度を見逃さず、ホーテンは蔑むようにフェドートを見る。

 そう、ハイラス伯国最強を謳われるのはあくまで将軍府のスプレンド卿だ。

 騎士府長フェドートはおかげでその地位にありながら、あまり称賛されることがなかった。

 ホーテン卿の言うように「万年二位」などと揶揄されることもしばしばである。

「くぅ、言うてはならんことを……今日こそは貴様を倒して俺が最強を名乗る時だ!」

「くくく、この状況で威勢がいい。褒めてやるぞ!」

 ホーテン卿はその言葉に幾らか嬉しくなったようで、ひらりと乗馬から降りる。

 相手が騎乗していないのだから、自分が乗ってる必要はない。というところだ。

「褒美に一対一で相手してやる。来い!」

「その傲慢、後悔させてやるぞ」

 そして、互いに構えた槍矛が大きな音を立てて交差した。


 その頃のスプレンド卿はどうしていたかと言うと、こちらはホーテン卿より武力的な意味で楽をしていた。

 というのも、そもそも将軍府には常備兵はいないのだ。

 騎士府や警士府から出兵の為に将軍府へ入った者たちは、当然ながらジズ公国に攻め入り、多くはまだ公国にいるし、その一部はエルシィの兵となり帰ってきている。

 つまりスプレンド卿の前に立ちふさがる者など、ほぼいないということなのだ。

 ならば彼は何のためにここへ来たかと言えば、様々な国家機能を掌握する為である。

「では各隊、手筈通り手分けしてそれぞれの司府庁舎を抑えよ。

 狙うのはあくまで長と印綬だ。

 出来る限り殺すなよ!」

「はっ!」

 将軍府の広間にしつらえられた彼の席に座し、スプレンド卿は配下の兵に下知を出す。

 配下には騎士もいれば警士もいる。

 だが遠征軍が解散宣言されない内は、どれも平たく彼の部下である。

 しかも今はエルシィの名のもとに一つになっているので、その連帯感は出兵時の比ではない。

 命を受けた各員は返事の言葉ももどかしい程に退出し、すぐ故郷たるハイラス領都へと散っていった。

「さて、今日中に終わるかな?」

 スプレンド卿はとても楽しそうに、その美顔を歪めて笑った。



「目指すは天守のみだ。他は、今はいい!」

 ハイラス主城の庭を小走りに進みながら、中間管理職という名が板につくクーネルが着いてくる者たちに指示を出す。

 すでに隊から数人は伯爵館の方へ出しているので、残るはおよそ一五の兵。

 とは言え、エルシィと側仕え衆を加えれば二〇数名のご一行だ。

 彼らは遮る者もなく迅速に進む。

 ふと、少しずつ遅れ始めるエルシィに気付き足を止めた。

「あー、近衛の君は……」

「ヘイナルだ」

 視線を送られ、ヘイナルが頷く。

 頷きつつクーネルの視線がエルシィへと向くのを見た。

 その視線を追ったら彼の言いたいことは解る。

 なるほど。エルシィを何とかせよ。ということなのだろう。

 ヘイナルは他の面々に目を向け、フレヤ、アベル、バレッタ、キャリナと、自分以外にもエルシィ様を守る者がいることを確認して、そっと膝を折った。

「エルシィ様、こちらへ」

 一瞬、エルシィは何を言われているかと首をかしげたが、すぐに「おぶっていくから乗っていけ」ということなのだと理解した。

 何とはなしに「へい嬢ちゃん、乗っていくかい?」というファンキーなヘイナルを想像して笑いそうになる。

「?」

 だがヘイナルが怪訝そうに眉をしかめたので、必死に抑えてその背に乗った。

「ではヘイナル。よろしくお願いします」

「お任せください」

 そうして再び天守へ向かうのだった。


 向かいつつ、クーネルは「城内の警士がいないな……」と不審に思うのだった。

次は金曜更新予定です

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