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081海の出会い

 来て! と言われてエルシィは困った顔で周囲を見回した。

 今は大事な会議中である。

 しかもエルシィはこの会議で一番偉い、議長、または座長の立場だ。

 おいそれと中座するわけにはいかんでしょ?

 と、考えての困惑だった。

 だが、彼女が送った視線の先の各々は特に困った顔をしていない。

 それどころか、どれも微笑ましいものを見るような、にこやかな表情を浮かべているではないか。

 いや、お行儀改めのような立場であるキャリナだけは、いつものようにコメカミを抑えてキリキリしているのだが。

 ごめんねキャリナ。

 結局温泉行ってないや。

 今度、今度ね?

 などと申し訳ない気持ちになる。

 なりつつも、予想しなかったこの反応の数々に、エルシィは困惑さえ吹き飛び、目を点にして疑問符を浮かべながら首を左右にかしげつつ「なしてー?」と呟くのだった。

 そんな主の疑問を汲み取って、ホーテン卿がエルシィに向けて大きく頷いて見せる。

「この場は俺やスプレンドにお任せくだされ。

 なに、これで姫様より長く生きておりますれば、すべて姫様の良い様に詳細を詰めておきますぞ」

「まぁおそらく主に私の仕事になるでしょうが……。

 ホーテンの言う通り、お任せいただければ無上の喜びです」

 この場でエルシィに次ぐ両武将に言われ、エルシィもなるほど、と頷いた。

 そうそう、わたくし、姫だった。

 いくら将軍位を授かりし立場であれど、所詮は八歳の小さな身である。

 本来であれば近所の友だちとお人形さん遊びをしているのがお似合いなのだ。

 そこを行けば軍のお歴々はいい大人なので、むしろ立場が上のお子様がいない方が、気兼ねなく作戦が練られるというものだろう。

 エルシィはそう解釈して数度頷いた。

 そりゃそうだろう。

 まだ小学生くらいの社長令嬢なんかが部課のミーティングに来たら、自分だってあの手この手で追い出したいと思う。

 場合に寄っちゃ「あとは任せた」とばかりに自分で連れ出すことだって考える。

 そう考えれば、むしろバレッタによる呼び出しは渡りに船というものだろう。

 まぁ、すでにケントルム海峡を渡る船の上なのだけど。

 最後にどうでも良いことを考えながら、エルシィは席からぴょいっと降り立った。

「ならばこの場を将補どのにお任せしますね。

 頼みましたよ、ホーテン卿、スプレンド卿」

 そしてお芝居ぶって言ってみる。

「は、ご下命、承りました」

 言われた二人もすぐに乗って、起立気を付け姿勢で敬礼を返した。

「では行きましょう」

 そうしてエルシィはそのまま姫ムーブを心がけながら、側仕えたちを引き連れて会議室を退出する。


「あ」

 部屋を出てバレッタと合流したあたりで、エルシィが声を上げる。

 特に深刻そうな声ではなかったが、彼女の言動に振り回されている側仕え衆は「また何か余計なことを思いついたか?」と身構えた。

「口元を隠す扇子とかあったら姫っぽくないです? ほら、孔雀の羽とかで作ってあるの」

 結局飛び出したのはそんな言葉だったので、ヘイナルは「関係なさそうな話で良かった」と胸をなでおろし、キャリナは力が抜けて肩を落とした。

「それは良い案ですエルシィ様。

 伯国へついたら早速探しましょう」

「でしょー、えへへ。いい考えだと思ったのです」

 フレヤは朗らかにコロコロ笑い、エルシィと顔を合わせて頷き合った。

「エルシィ様。

 その扇子を探すのは、今回の目的が無事に終わってからにしてくださいね」

 冗談か本気かわからない二人の会話に、ヘイナルもまたコメカミをキリキリさせながら、静かに言った。

「はーい」

 そして二人の少女の返事が楽しそうに重なった。


 さて、バレッタの用事である。

 会議室を出た後は、彼女を先頭に狭い廊下を進んでいる。

 その様子は鼻歌交じりでいつも通り楽しそうで、後ろで交わされる頓珍漢な会話を特に気に留めた様子もない。

 行き先はどうやら甲板のようだった。

「それで何があったのです?」

 合流してからも特に理由を語らなかったので、フレヤとのじゃれ合いが一区切りしたところで訊ねてみる。

 バレッタはふと立ち止まって振り返った。

「うーん、ちょっとお姫ちゃんに紹介したい人がいるのよね」

 ん?

 とエルシィは首をかしげる。

 そもそもこの船に乗っているのは操船にかかわる船員以外なら一応顔見知りである。

 なぜならここにいる軍人は家臣登録を済ませた者ばかりなのだ。

 では今更彼女が言う「紹介したい人」とは何者なのか。

 まさか、彼氏か?

 まだ早いです。わたくしは許しませんよ!

 となんとなくお父さんムーブを心の中で展開しながら、エルシィは再び歩き出したバレッタに、そのまま黙ってついて行った。

 

 階段をいくつか上ったり下ったりして甲板に出る。

 やはり目的地は甲板でしたか。

 とキョロキョロするとなんだか様子がおかしい。

 いつもなら甲板を忙しく行き来する船員たちが、険しい顔でザワザワと海を見ているのだ。

 空を見れば雨期らしいどんよりとした雲ゆきだが、特に雨の気配もない。

 何か嵐の予兆でもあったのかな?

 などと当たりを付けてさらに進む。

 そして船縁まで進んでバレッタの脚は止まった。

 そこから見える海原を見て、あ、目的地は甲板じゃなくて海でしたか。と、エルシィはやっとこ合点がいった。

 船から見下ろす海原には、バレッタの友人たちであるイルカと共に、何人かの少女がプカプカと浮いていたのだ。

 少女たちは皆立ち泳ぎでもしているのか、肩から上だけが水面から出ている。

 一瞬、裸かな? と疑いもしたが、どうやらチューブトップの様なものを身に着けているようだ。

 まぁ下半身はここから見えないので判らないのだけど。

 ともかく、その少女たちこそ、バレッタが紹介したい人なのだろう。

 こんな沖合で少女が?

 と怪訝にも思ったが、バレッタたちのことを考えればあまり人のことも言えないか、と思い出す。

 そもそもここは丈二たちが住んでいた世界とは違うのだ。

 きっと沖合に少女たちがいても不思議はないに違いない。

 と納得しながら振り返るが、怯え狼狽えザワザワする船員たちを見てやっぱり思い直した。

 うん、やっぱこんな沖合にいる少女は普通じゃないんだわ。

 では彼女たちはいったい何なのか。

 エルシィはバレッタが語るのを待つのだった。

次は来週の火曜更新です

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