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080出航

 その日の昼には総勢二〇〇余名からなる兵が船に乗り込み、いよいよ出航となった。

 エルシィ曰く「ヨルディス陛下救出部隊」。他の将曰く「反攻軍」である。

 曳航船で港から離れていく船上にて、エルシィは見送りの皆に手を振りながら隣に立つスプレンド卿に訊ねる。

「あれよあれよという間に出発してしまいましたが、ハイラス伯国までどれくらいですか?」

「嵐にでも会わなければ丸一日で着きます。

 まぁ沖に到着するのは夜中ですから、入港するのは明日の朝ですね」

 スプレンド卿の答えを聞き、エルシィは満足そうにうなずいてから、今度は沖合に視線を向けた。

 教育係のクレタ先生からさわりだけ習った地理を思い出す。

 ジズ公国の本貫地であるジズリオ島から、東に位置するケントルム海峡を渡ると辿り着くのが大陸南西端の半島国家ハイラス伯国だ。

 元々、旧レビア王国が半分を治めていたという大陸である。

 その大陸の南西部にポッコリと飛び出した半島がハイラス伯国なのだ。

 もっとも半島と言っても地図で見ると、イタリアや朝鮮の様な細長い感じでははない。

 大きな四角い島がそのまま大陸に衝突してくっついたような、そんな印象を受ける土地がハイラス伯国の領土となる。

「今向かっている港街がそのまま、伯爵の城がある領都です。

 到着したらすぐに動けるよう、編成を済ませてしまいましょうぞ」

 スプレンド卿の逆隣りに立っていたホーテン卿が楽し気に肩を揺らして言う。

「何がそんなに楽しいのです?」

 これからまた戦いになるだろうに、とエルシィは少し怪訝そうに眉を寄せて訊ねる。

 ホーテン卿は少し困ったように肩をすくめてから主の問いに答えた。

「これは……少々不謹慎でしたな。

 しかし自国を攻められるのとは違って、攻め入るのは気が楽なのです」

「エルシィ様、武人とはこういうものです。慣れましょう」

 同じく眉をハの字にしていたキャリナが、ため息をつきながら諦めた顔をしていた。

「こういうもの、でしたか……」

 エルシィもそれに習って、気に留めるのをやめた。


 さて、そうとなればすぐに編成会議である。

 というか、船上の人となった彼らには、他にやることがない。

 操船など航海の管理はすべて兵とは別にいる船員たちがこなすので、そこはもう任せるだけなのである。

 今回、ハイラス伯国へ向かう船団は四隻。

 元の船団長はエルシィに降るを良しとしなかった為、家臣となった船長の一人が新たな船団長に就任した。

 ちなみに船団長と船長はハイラス伯国将軍府所属の軍人である。

 軍を派遣する輸送船団の場合、人事構成は将軍府から就任する船団長を頂点として、その下に各船の船長が付く。

 各々の航海士以下船員たちは軍人ではないのだ。

 これが海戦も視野に入れた軍船であればまた話は違ってくるのだが、今回は輸送船団なのでこういう構成なのだった。

 つまり、船を動かす人員のうち、船団長・船長だけがエルシィの家臣であった。

 逆を言えば、軍人以外でエルシィの家臣となっているのは今のところいないのである。

 侍女のキャリナでさえ、まだ家臣ではないのだ。


 主だった者たちが御座船の会議室に集まる。

 まず此度の将軍であるエルシィとその側仕え衆。

 エルシィの座る席の左右に近衛であるヘイナルとフレヤ、そして後方に侍女のキャリナが立ち、少し離れたところでアベルが周囲へと目を光らせている。

 次に元ハイラス伯国兵一〇〇を取りまとめるスプレンド卿とジズ公国兵一〇〇を取りまとめるホーテン卿。

 彼らがこの軍においては次席の将補となる。

 次いでクーネルなどの輔佐が数名と、他士官たちである。

 エルシィがトップで将軍、元のトップが将補となったため、立場上クーネルは輔佐へと降格ではあるのだが、本人は肩の荷が下りたと、少しホッとした表情であった。

 そもそも実質はスプレンド卿やホーテン卿が取りまとめることになるのだろうから、仕事は変わらないのだ。

 彼からすれば仕事はそのままで、責任だけが減ったと考えればよいのだった。

 ところで双子の姉の方、バレッタがこの席にいないのだが、彼女は「あたしはいいわ。決まってから教えて?」と手をヒラヒラしてどこかへ行ってしまった。

 弟アベルは苦い顔をしながらも、「姉ちゃんがいない方が話は早そうだ」と見送ったのだった。

「私とホーテンで将軍府や騎士府へ向かいましょう。

 エルシィ様はクーネルを連れて城へお向かい下さい」

 まずは方針を決めようということになり、スプレンド卿がそう宣った。

 ホーテン卿は黙って腕を組み、その言葉に頷いている。

「皆で一緒に行動するのではないのですか?」

 エルシィは不思議そうに首をかしげた。

 軍事のことには明るくないが、分散の愚という話はなんとなく聞いたことがある。

 であれば、できる限り纏まって相手より多数の兵で当たる方が良いのではないか、と思ったのだ。

 ところがスプレンド卿はこれに首を振る。

「エルシィ様の言うはもっともですが、今回は同時進行の方が宜しいかと愚考します。

 特に今回に限っては私の顔が効きますから、電撃的に抑えてしまえば手っ取り早い」

 なるほど、とエルシィは納得顔で頷いた。

 スプレンド卿は解任されるまではハイラス伯国の将軍である。

 またハイラス伯国へは此度の戦いの結果は伝わってないはずなので、その将軍が凱旋とばかりに帰って来たとなれば、むしろ歓迎ムードさえあるかもしれない。

 そこを電撃作戦で突こう、という魂胆なのだ。

 軍部を先に抑えるというのも、きっとお城よりそっちの兵数の方が多いのだろう。

 ならば、とエルシィはくるりと視線を変えてクーネルへと注いだ。

「ではクーネルさん、よろしくお願いしますね」

 にぱーっとした明るい笑顔に、一瞬「うへー」という顔をしたクーネルだったが、そこはすぐに取り繕い真面目腐った顔へと変わる。

 そして恭しく腰を折った。

「ははぁ。このクーネル、エルシィ様の剣となり伯爵の首を捧げて見せましょう」

「いえ、首はいりませんけど……」

 別にハイラス伯国を攻め滅ぼそうとか粉微塵も思ってないので、エルシィは苦笑いへと表情を変えたのだった。

 まぁ、クーネルのこういった態度はとてもワザとらしいので、言葉もまた一種、場を盛り上げるための大げさな演技なのだろう。

 とエルシィは肩をすくめて受け入れた。


 そのように大まかな方針が決まり、これから細部を詰めようか。

 という段になったところで、会議室の扉が勢いよく開いた。

 すわ、何事か?

 とヘイナルやフレヤはすぐさま腰の差料に手をかける。

 他の者たちも緊張気味に注目した。

 しかしただ一人、護衛的な立場にありながらアベルだけは平然としていたので、エルシィは慌てず扉に注視するだけに至った。

 大きく開いた扉の向こうにいたのは、日に焼けたような薄茶色の短髪がよく似合う活発そうな少女、バレッタだった。

 バレッタは太陽の様な満面の笑みを浮かべて言い放つ。

「お姫ちゃん! ちょっと来て」

 アベルは我が物顔な姉のそんな姿に、両手で顔面を覆った。

次の更新は金曜を予定しています

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