079やっつけ家臣たち
エルシィ一行が船上へ跳び、またホーテン卿がカスペル殿下と折衝した日の夕方。
ジズ公国騎士府訓練スタジアムには、捕虜でも、はたまたジズ公国の者たちでもない兵士たちが整列した。
「スプレンド以下二〇〇のハイラス伯国軍兵、本日よりエルシィ様直属へと転籍いたしました。
以後、よろしくお願いいたします」
先頭で恭しく腰を折るのは、この兵を率いてきた将軍である。
エルシィはその美丈夫のつむじを疲れた顔で眺めつつ、それでも姿勢を崩さぬよう爪先に力を入れて鷹揚に頷いた。
「この場に集った精鋭たちを頼もしく思います。
祖国に背を向け、後ろめたく思う方もいるでしょう。
ですが道を踏み外したのはハイラス伯です。
かの伯国を正すためにも、皆さんの力が必要です。
正義の為に戦いましょう!」
まだ幼いながらも毅然とした言葉に、立ち並んだ兵たちは思い思いにコブシを振り上げて応える。
彼ら二〇〇のハイラス兵はエルシィの呼びかけに参集して忠誠を誓い、そして元帥杖の権能で家臣となった者たちだ。
上陸兵から約一四〇。そして輸送船団にいた兵から約六〇という内訳である
すでに半日以上の時間を使ってかの儀式を続け、つい先ほど終わったところだった。
エルシィが疲れた顔をしているのもそのせいだ。
つまり彼らがエルシィに従うことは決定しており、この集会は一種の儀式である。
どの顔も新しい主人に対する忠誠心にあふれ、そして自分の正義を信るキラキラした顔をしている……などということはない。
エルシィも、エルシィに従うために集まった者たちの多くも、別に自分たちの正義を信じているわけではないのだ。
だが戦いには大義名分が必要なのである。
嘘も一〇〇回言えば誠になる、とは、とある国のことわざだが、これは自分の意識においては確かにその通りだ。
「自分が正義である」と言い続ければ、世間においてはともかくとして、自分はその言葉をいつしか信じるようになる。
よって、国家や軍は常に兵たちに己の正義を説き、そして声高に叫ばせるのだ。
そして人は信じる正義の為なれば、勇敢に、そして残酷になることが出来るのだ。
ともかく、そこまで深い考えがあるかは別として、このちょっとした閲兵式は一種の決起集会のようなノリで行われたのであった。
さて、ジズ公国軍事の実質上のトップである騎士府長ホーテン卿は、これを見て驚愕し、焦りを感じた。
元々、ハイラス伯国への反攻作戦には、兵二〇〇をもって当たる。
とは朝の話でおおよそ決まっていたことだ。
……いやエルシィの意識では「反攻作戦」ではないのだが、ホーテン卿の脳内ではすっかりそのようになっている。
ともかくホーテン卿は、ハイラス兵から幾らか募ってもたいして数は集まらず、主力となるのはジズ公国の有志だと思っていたのだ。
正直言ってジズ公国は人材的にすでにカツカツなので、ここで二〇〇近くの兵を出すのは頭が痛い問題だ。
だがそれはそれとして、自国の姫が率いる兵が他国の兵というのではカッコつかないのである。
「何ということだ……うぬぬ。
ええい貴様ら、姫様を野蛮な農夫どもに任せて良いのか!」
ホーテン卿が野次馬の様に回りで見ていた公国の警士や騎士たちに怒鳴りかける。
言われ、彼らも彼らで同じことを思っていたのだろう。
ウズウズとしたそぶりを見せつつも、オズオズと頷いた。
それを見てホーテン卿は手ごたえを感じたのだろう。
すぐに振り返ってエルシィへとギラギラした目を向けた。
「姫様、出発はもう少し待ってくだされ。
すぐに我が国の有志を集めて参じます」
「なんだいホーテン卿。
もう兵は足りているからこっちは私に任せて、君たちは国内のことに集中してくれていいんだよ」
そんなホーテン卿を煽る様にスプレンド卿が肩をすくめる仕草で言う。
軽口だと判っているが、それでも腹の立つのは変わらない。
ホーテン卿は頭から湯気を出すかの勢いでスプレンド卿を押しのけた。
「ええい、貴様と話しているのではない。姫様、どうか!」
これを聞き、エルシィは両隣に立つ神孫の姉弟を交互に見る。
「お姫ちゃんの好きにしたらいいんじゃない?
どっちにしろあたしらは一緒だし」
「姉ちゃんの言う通りだな。なんならオレたちだけでもいいくらいだ……です」
二人は特に興味もない風でそう言いながら肩をすくめた。
エルシィは、まぁホーテン卿やジズ公国の者たちの気持ちもなんとなしに解かるので、しばし考えてからスプレンド卿へと顔を向けた。
要は自社のプロジェクトなのに、リーダー以外は全部他社からの派遣。というのが、感情的に具合が悪いのだろう。
「どっちにしろすぐ出発という訳ではないのですよね?
これから準備して、いつなら大丈夫ですか?」
出発、と言っても二〇〇の兵を連れて海を渡るならそれなりの準備は必要だ。
船、食料、その他の消費材、そしてお金。
他にも兵の編成も必要だ。
ここので言う編成とは、作戦に合わせた動きをする為のチーム分けとリハーサルの様なものである。
これが出来ていないと、兵だけいてもあまり役には立たないと言われている。
だがスプレンド卿は特に悩みもせずに答える。
「出発する気になればすぐにでも可能ですよ。
必要なモノは我々が持ち込んでおりますし、最低限の編成なら船上でも出来ます。
まぁ姫様や兵の休息を考えれば、明朝出発辺りが妥当でしょう」
先にも述べた通りすでに夕方。
人は休む時間だし、また、我々の住む世界と違い照明が暗いこの世界では、夜間の出航では事故を起こして当たり前、という程度には危険を伴うのだ。
そういう訳で夜の入出港というのはあまりヨロシクない。
「ですか、ふむぅ……。
ならば出発は明日の正午としましょう」
と、まずスプレンド卿へと言葉を振り、それからホーテン卿へと向き直った。
「ホーテン卿、兵を募るのであれば、明日の朝までに集めてください。
昼までに家臣化や割り振りを決めて、それから出発と行きましょう!」
かくして、ホーテン卿は夜半まで嬉々として駆け回ることとなった。
翌朝、騎士府訓練スタジアムに集まった公国兵は一〇〇名。
実のところ志願兵はもっといたのだが、現状でジズ公国が海外派兵できるのはこれが限界数だった。
「ささ、姫様。早速、俺とこの者たちを家臣登録しましょう」
いろいろ人員をやり繰りする為に夜更かしだった割にはやけに元気なホーテン卿が、ウキウキと言った風で言う。
彼がやけに乗り気なので、逆にエルシィの方が引き気味なくらいだ。
「ホーテン卿。エルシィ様の家臣になることについて、カスペル殿下の許可は出ているのですか?」
コメカミ付近をクリクリと指で差しつつ、ヘイナルが問う。
従軍については将軍職を拝命したエルシィの好きにできるが、家臣化ともなれば話は別でなのある。
家臣になるということは、つまりジズ公国から見れば、国属ではない、エルシィの私兵になるということでもあるのだ。
ジズ公国に忠誠を誓う騎士や警士一〇〇名が私兵になるというのは、ジズ公国からすれば大事であるはずだった。
というのにホーテン卿の態度が軽すぎる。
そこがヘイナルの懸念であった。
が、ホーテン卿はニヤリと笑って首を振る。
「なに、訊けばエルシィ様の家臣登録とは、その権能を及ぼすために必要だからする。そいう程度だというではないか。
そう重く考えることも無かろう?」
これにはエルシィもなるほど、と同意して頷いた。
そもそもエルシィにとっては王侯貴族とその配下の忠誠関係が、感覚的に解からない。
ゆえに、ホーテン卿の言葉の方がしっくりくるのだった。
名を捨て実を取る。という訳だ。
だが、実際のところ、エルシィが大いに納得した言葉は、当のホーテン卿からして方便であった。
彼は当然、この世界の人間として、国家や王への忠誠、そして代々続く家名の重さをよく理解している。
その上でこうした方便を使い、なし崩し的にエルシィの家臣に収まろうという魂胆であった。
彼の言葉に集まった一〇〇名からすれば、巻き込まれた形になるわけだが。
はてさて。
ともかく、こうしてジズ公国から一〇〇の兵がエルシィの家臣となり、先に家臣となっていた二〇〇名の元ハイラス兵から選抜で一〇〇名を合わせた二〇〇名にて出発することとなった。
ジズ公国に残る元ハイラス兵の家臣一〇〇名は比較的忠誠度の低かった者で、彼らはジズ公国から出兵する一〇〇名の代わりに、国内の勤めに従事することとなった。
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