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076飛んでいく家臣

「ではでは、次はお船のところに行きますよ。すけさんかくさん、お供なさい!」

 元帥杖を握ったせいか、はたまた元の気質なのか、エルシィはなんだか高揚した気分でそう言った。

 もちろん勢い交じりなので後半に意味はない。

「すけさんかくさん……とは?」

 ただその意味のない言葉を聞かされたお供の者たちはたまったっものではない。

 主人、または上位の貴顕が口にした言葉は漏らさず聞き、そして行動指針が伴うなら実行のために力を尽くさねばならない。

 そのように教育されてきているのだ。

 それでもすでに数ヶ月ほど付き合ってきたキャリナやヘイナルなどは慣れたもので、すぐに「ハイハイ」とあきらめた顔で頷いた。

「エルシィ様、それでは連絡船の準備をさせましょう」

 出来る侍女キャリナが早速申次(もうしつぎ)の小者を呼ぼうと動き出す。

 が、エルシィはすぐに止めて、自慢げに胸を反らした。

「大丈夫。そう、連絡船なんてなくても大丈夫なのです」

 言って掲げるのは元帥杖。

 その杖を、まだ仕舞っていなかった虚空モニターへと向けてチョイチョイと小さく振り回した。

 すると今まで文字と数字を映し出していた黒い画面は途端に曇り空の大海原を映し出すのだ。

 もちろん、小さく船団も見える。

「お、ちょっと小さすぎますね。ずーむずーむ……」

 エルシィは船団を見つけると顎を撫でてから、また元帥杖でスイスイと画面を撫でる。

 今度はこの操作でズズイと仮旗艦の甲板上が拡大されて映し出された。

「おお、これはまた」

 まだこの画面を見たことなかったホーテン卿やスプレンド卿たち。また、野次馬根性でのぞき込んでいたハイラス伯国の上陸兵たちがどよめいた。

「これはその……見たい場所がどこでも見られる。ということですかな?」

 これはとんでもないことだぞ、という風な表情で、ホーテン卿が恐る恐ると訊ねる。

「まだ試したわけではありませんが、どこでも、という訳ではないみたいです。

 おそらく杖に『本貫地』または『支配地域』と判断された場所のみですね」

「ほう……」

 エルシィの言葉に聞いていた者たちは感心して頷く。

 神孫の姉弟は「どうよ」としたり顔で胸を反らす。

 別に彼らの手柄ではないが、自分たちの爺による権能ではあるので誇らしいのだ。

「こんなもので見られてりゃ、そりゃあの馬鹿の作戦なんか通用しないわなぁ」

 と、これはクーネルのつぶやきだった。

「ほんじゃ、ちょっと行ってきますね?」

 皆が何とはなしに画面のことを理解したと判断したエルシィは、軽い調子でそう言うと、ポテポテと画面に歩み寄る。

 そしてまだ小さい手足をひょいと画面の枠にかけるのだ。

 たいていのものが「?」という顔をしている中、ヘイナルとキャリナの表情がサーっと蒼ざめ、そしてダッと走って小さな主人を羽交い絞めにした。

「何をするのですヘイナル、行かなくちゃ話にならないじゃないですか」

 甲羅を持たれた亀のように緩慢な動きでジタバタする姫様にため息を浴びせ、ヘイナルは静かに首を横に振った。

 キャリナも頭痛を患ったかのような素振りで同調する。

「ダメですよ姫様。行くならまず近衛が先に行きます。

 私かフレヤをお使いください」

「おお!」

 今気づいた、という態でエルシィはポンと手を叩く。

 それはそうだろう。

 エルシィはここにいる誰より位が高く、そして(とうと)(たっと)いのだ。

 なら真打は最後に登場、と行くのが正しいよね。

 などと少しずれた思惑で大いに頷いた。

「であれば近衛より先に私を送っていただくのが得策でしょう」

 そうしていると、今度はでこぼこ主従のやり取りを面白そうに眺めていたスプレンド卿が名乗り出る。

 フレヤなどは「新入りが出しゃばるな」という目でスプレンド卿を見るが、他は「まぁ確かにそれが妥当か」と頷いた。

 今やエルシィの忠実なる家臣となったスプレンド卿だが、彼は解任されない以上はハイラス伯国の将軍なのだ。

 侵攻軍に対する全権は、形式上まだ彼が握っている。

 理屈の上では彼が真っ先に行くのが正しく、そして話はスムーズだろう。

 ただ、そういう流れは置いておいて、スプレンド卿の顔は好奇心で溢れるように輝いていた。

 まだ彼は杖の権能でどこかに飛ばされた経験もなければ、そのシーンを見たわけでもない。

 であるから、どんな不思議が待っているのだろう、と年甲斐もなくワクワクが止められないのだった。

 そんなスプレンド卿の思いを知ってか知らずか、エルシィはすぐ元帥杖を彼の肩に優しく置き、そこから画面へと向かって大げさに振った。

「とんでけー!」

 言葉と共に光の粒と化したスプレンド卿がその場からかき消える。

 見ていた兵たちが動揺に大きくどよめく。

 驚愕、恐怖、様々な感情がそこには渦巻いたが、特に多いのが畏怖である。

 このような超常の現象も、それを平然と起こす人物も、彼らの内の誰であれ見たことがないし聞いたことが無いのだ。

 これが神の御業だと言われれば信じて(かしこ)むしかない。

 続けてエルシィは元帥杖でヘイナルとフレヤの肩を優しく叩き、そしてまた振るう。

「まとめて、とんでけー」

 今度は二人が虚空モニターの先へと消えた。

「アベル! あたしたちも行くわよ。お姫ちゃん、早く早く!」

 バレッタが楽しそうにぴょんぴょんしながら言えば、エルシィも「かしこまり!」と威勢よく返事して二人の肩を元帥杖で叩く。

「ちょ、待って! オレは後でも……」

 アベルの言葉は、彼の身体と共に光の粒となって消え、そして画面の向こうの甲板上に現れた。

 さて、この光景を見て残ったホーテン卿とキャリナの反応はキッパリと別れた。

 ホーテン卿は「次は俺の番か」とばかりにウキウキしているし、キャリナは緊張した面持ちで冷や汗をかいている。

 だが、二人の興味も心配もこの直後に打ち砕かれることになる。

「では、わたくしの番ですので、行ってまいります」

 じゃ! と片手を真っすぐに挙げて今度こそとばかりにモニターへ手足をかけるエルシィに、二人は唖然とした。

「姫様、ちょっとお待ちを! その……、俺は?」

 この期に及んで置いてくの? スプレンド卿は連れてったのに?

 という疑問と不満を混ぜこぜにした表情でホーテン卿が問う。

 が、エルシィこそ「え?」という表情で首を傾げた。

 そして「あぁ!」と気づいたように手を叩く。

「申し訳ありませんが、この機能はわたくしと家臣専用なのです。

 ホーテン卿とキャリナはお留守番お願いしますね」

 そう言うと、口をパクパクさせる二人と、その他上陸兵たちをその場に残し、エルシィは騎士府訓練場から姿を消した。

 ただ家臣となったが同行はしないで済んだクーネルだけは、ホッとした顔で自分の仕事に取り掛かるのだった。

この権能で行けるのは画面に映し出された場所だけなので、飛べる範囲は見られる場所だけ、ということになります。


次回更新は来週火曜です

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