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075クーネルの臣従

「今、何とおっしゃいました?」

 呼び出されたチョビ髭の上陸将クーネルは、スプレンド卿の言を怪訝そうな表情で聞き返した。

 スプレンド卿は少しも不快そうな表情をせず、むしろ面白そうにクスクスと笑う。

「なんだ聞こえなかったのか、仕方ないヤツだな。

 私は今日からこちらにおわすエルシィ様の臣となった。

 ついてはお前も臣従するよう誘いに来た」

「はぁ……は? あの、え?」

 つまりはハイラス伯国を裏切れという誘いなのだが、やけに晴れやかな悪意のない顔なので、クーネルからして困惑しきりである。

 しばしポカンとした顔でスプレンド卿とエルシィの顔を交互に眺める。

 そして最後には大きなため息を吐いて頷いた。

「わかりました。ええ、わかりましたとも。

 将軍閣下はそういうお方だ」

「そういう、とは、なんだ。

 何か不満があるなら言っておけよ」

「いえ! 不満など滅相もありません。

 閣下が無邪気で屈託のないお方だったことを再認識しただけであります」

「老人に対する褒め言葉ではないな?」

「褒めておりませんからな」

 セリフだけなら険悪そうにも聞こえるが、そこには確かな信頼に裏付けられた悪友同士のじゃれ合いの様な雰囲気が汲んで取れた。

 ゆえにエルシィも二人がクスクスと笑いだしたところでホッとして割って入ることにした。

「ただいまご紹介にあずかりました、大公家が娘、エルシィです。

 スプレンド卿のご推薦で家臣にと誘いに来たのですが、どうされます?」

 言われたクーネルは驚きに目を見開き、口をパクパクさせる。

 まさか貴顕から直接声をかけられるとは思っていなかったのだ。

 彼はハイラス伯国将軍府においてそれなりの地位を得ているが、スプレンドやホーテンの様に「卿」と呼ばれる身分ですらない、所詮は平民出身である。

 出兵の際に新しいハイラス伯より頂いたお言葉も、基本的にはスプレンド卿が賜ったものであり、クーネルを含めた兵たちはその他大勢として傍聴していただけに過ぎない。

 それが一国の姫からのお声掛かりだ。

 彼の性格上、感動はしないまでもビビるのである。

 クーネルは平民の出ながらここまで出世した有能な人物だ。

 特に調整や根回しにおいてその有能さを発揮する男であるが、地位のない有能人は地位のある無能人から疎まれつつもこき使われるのが世の常である。

 なので、彼もスプレンド将軍に拾われるまでは、色々と不遇な人生を送って来たと言えよう。

 であるから、『何か裏がありやしないか。都合よく使い倒されるのではないか』と、そういう思いがまず浮かぶのだ。

 だが、戸惑いながらスプレンド卿の様子を見れば、とても楽しそうである。

 ……なら、大丈夫か。

 とクーネルは今度は小さくため息をついてから、エルシィの元に跪いた。

「直々のお言葉を頂き、感謝と感動の念に堪えません。

 このクーネルの命、エルシィ様の思いのまま、いかようにもお使いください」

 彼の場合、心の底からこんなことは思っていない。

 というかこんなものは貴顕への挨拶の様なものである。

 その程度だが、ここは従うが吉だろう、と判断しての態度だった。

 直後、元帥杖を取り出したエルシィによって、謎の光に包まれ驚愕の坩堝に落とされる羽目になるわけだが。

 そうしてチョビ髭上陸将の愛称で親しまれたクーネル氏は、エルシィの家臣として登録された。


「……忠誠度はあまり高くないですね」

 例のごとく虚空モニターに映し出されたクーネルのステータスを見て、フレヤが眉を吊り上げてそう呟いた。

 クーネルの忠誠を示すカラーバーは、フレヤの半分程度で色も黄である。

 もっともフレヤのバーはマックスに振り切っているので比べたら誰だって低いわけなのだが。

「これは忠誠心がない、と見ていいのでしょうか?」

 エルシィはフレヤの様に怒った風ではなく、ただ今までと違う色なのでちょっと首をかしげて見ているだけだった。

 そもそも人間、そう簡単に他人へ忠誠など捧げるものではないと思っているので、家臣になったとはいえ、はじめから忠誠心が高いとは期待していないのだ。

「たぶんだけど、黄色ならまだ大丈夫なんじゃないかしら。赤とかだとまずい感じするわね?」

 バレッタがエルシィの肩越しに画面をのぞき込んで言う。

 緑、黄、赤、なるほど、分かりやすいシグナルカラーですね。

 とエルシィは納得して頷いた。

 これを見て狼狽えたのは当のクーネルだ。

「こ、これはその、あの……」

 偉い人の不興を買えば不運が待ち受けている。

 これは彼の人生訓の様なものであるからして、何とか言い訳をしてごまかそうと頭を巡らせる。

 が、摩訶不思議なすてーたすとやらで、ハッキリと示されている以上、それを言い訳する上手い案は浮かばなかった。

「姫様、こやつはこういうやつですが、利がある以上は裏切ることはないでしょう。私が保証しますよ」

 そこにスプレンド卿のフォローの言葉が出て来たので、クーネルの忠誠度はぐんと上がった。

 ただしそれは画面に出ているエルシィへのモノではなく、目に見えないスプレンド卿に対するモノであったが。

 ともかく、クーネルはスプレンド卿の言葉に乗って、急ぎ敬礼の姿勢を正す。

「はっ、将軍閣下の期待を裏切らぬよう、エルシィ様のお役に立つ所存であります!」

 今度の言葉には真に迫る勢いが感じられ、「まぁこれなら大丈夫かな」とエルシィは納得気味に頷いた。


 家臣となったクーネルに与えられた最初の任とは、上陸兵約三〇〇名の中からエルシィに従ってハイラス伯国へ攻め入るつもりのある者を募る仕事だった。

 本来であれば一人一人とエルシィが話をして家臣登録をしていくのがベストなのだが、その意思確認だって三〇〇人もいれば時間がかかる。

 なのでまずはクーネルに取りまとめしてもらい、その上で希望者と面談という形にしようということになったのだ。

 という訳で、今度は上陸していない海上の二〇〇名である。

 そう、一隻を沈められて足止めされた輸送船団は、実はそのまま上陸が許されず、未だ港外にて停泊中であった。

 ちなみに彼らがなぜ敗戦の知らせを受けて帰国しなかったかと言えば、バレッタのお願いを聞いた白イルカのホワイティが仲間を集め、船団を十重二十重と包囲しているからだった。

 たかがイルカとは言え隙なく囲まれるなどという異常事態に、船団はひとまず突破することを諦めたのだった。

次回は金曜の予定です

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― 新着の感想 ―
[一言] まあいきなり臣下になれって言われて忠誠心なんてもてないですよね絶滅無しでこんな状況に放り込まれてクーネルさん可哀想に…
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