073家臣登録
「家臣……ですか」
ホーテン卿が虚を突かれたように気の抜けた顔で聞き返す。
家臣とは、それなりに信用でき、かつ忠誠の高さを鑑みて召し抱えるものである。
ホーテン卿からすればスプレンド卿とは、長年のライバルであり強敵と書いて「とも」と読む相手で、それなりに気心を知った者だ。
このスプレンド卿という男、それなりに知恵も回る油断できぬ男ではあるが、嘘が下手な御仁でもある。
ここで姫様への臣従を申し出るということは、偽りなく降ろうと考えているに違いないのだ。
とホーテン卿なら判断できる。
ところがこのスプレンド卿など、姫様からすればまだ会ったばかりの有象無象だ。
我が姫様は何を見てこの男を信用できると判断したのだろう。
ホーテン卿は少し面白そうな目で興味を示した。
ところが、この意識には齟齬があった。
ホーテン卿の言う家臣とは、あくまで主君と臣の間で行われる約束事であるが、エルシィの言うそれは元帥杖の権能を使ったそれのことである。
すなわち、バレッタやアベル、そしてヘイナルやフレヤに行ったそれだ。
「ほんじゃま、ちゃっちゃとやってみましょう!」
「……エルシィ様、お言葉が乱れてます」
「あい」
届いた元帥杖を手にして少し調子に乗ったエルシィだったが、すぐキャリナにいさめられてシュンとした。
ヘイナルなどは「姫様に元帥杖を持たせる時はキャリナを外せないな」としたり顔で頷くのだった。
「ではでは気を取り直して、コホン。
スプレンド卿、あなたはわたくしの家臣として忠をささげてくれますか?」
元帥杖を掲げてエルシィが問う。
言葉こそ子供らしい簡単なものだが、その目は真剣にスプレンド卿を見据えている。
まるで心の奥まで見通すような恐ろしいほど透き通った視線だ。
スプレンド卿は一瞬気圧され、そして小さく身震いした。
それから満足げに口元を緩める。
この少女に降ろうと思った自分の判断は、間違っていなかった。
そう理解したのだ。
「レディ……いや、エルシィ様に残り少ない生涯を捧げましょう。
この命、いかようにもお使いください」
いかにも臭い言葉ではあるが、それが似合うだけの美形である。
エルシィは満足そうに頷いて、そして元帥杖の先でスプレンド卿の肩を軽く叩いた。
すると。
「……おお!」
「まぁ!」
その光景にホーテン卿とキャリナが思わず感嘆の声を上げる。
他の四人はそれぞれが自分の時で見知っているので驚かない。
いったい何が起こったのか。
エルシィのかざした元帥杖がスプレンド卿の肩に触れた刹那、眩くも美しく優しい光がその部屋に満たされた。
光の源は元帥杖であり、そしてその光は次の瞬間にはスプレンド卿の額へと集約して吸い込まれていった。
「こ、これは……」
戸惑うスプレンド卿。
エルシィはそんな彼をそっちのけでそっぽを向き、虚空に向かってまた元帥杖を振るった。
「『ピクトゥーラ』!」
キーワードに従い、元帥丈から表示窓が飛び出す様に、虚空へモニターが浮かび上がった。
モニターが映し出すのは黒い画面だ。
エルシィはちょいちょいと画面を杖でつついたり撫でつけたりする。
すると画面内に文字や色のついたグラフの様な帯の絵がいくつか表示された
「これはなんですかな姫様」
ホーテン卿があごに手をやり、眉根を寄せながら画面に食い入る。
もちろんヘイナルやフレヤもその後に続く。
「ステータス画面、と言ってもわかりませんね。
えとえっと、家臣の健康状態などを知ることが出来る神の御業なのです」
「ほほう、神の……」
それほど信心深いわけでないホーテン卿だが、これを見せられるとさすがに超常の力を信じないわけにはいかない。
ただでさえ昨日は戦場にて、神々しいエルシィを見ているのだ。
今更不思議現象を否定するものではない。
「例えばですね……えい!」
エルシィはまた画面をちょいちょいと操作して切り替えると、そこに「フレヤ」という名前といくつか帯状の絵が表示された。
まぁ、ぶっちゃけて言えばステータスを視覚化したバーである。
それを見ると、「健康状態」と「忠誠心」という項目のバーは安定の緑色で、左端から右端まで振り切るように伸びていた。
他にもいくつか表示バーはあるが、まぁこれは様々である。
「さすがフレヤです」
エルシィが嬉しそうにそう言うと、フレヤは「当然です」という態で鼻息をふんと鳴らして胸を張った。
「これは凄いというか便利というかズルいというか」
ホーテン卿は感心しつつも呆れたように画面とフレヤを交互に観た。
なるほど、姫様の言う「家臣にする」というのは、こういうことであったか。
と、納得もした。
さて、では本来の目的であるスプレンド卿である。
「いきますよ?」
エルシィは食い入るように画面を見る周囲の人たちに確認しつつ、また表示を切り替える。
今度は「ラット・スプレンド」という名前が表示された。
ここでエルシィは初めて「あ、この世界にも姓と名という概念あるんだ」と今更ながらに感心した。
健康状態、忠誠心、共にフレヤのバーの七割程度の長さで、色は緑色だった。
「まー、こんなもんでしょ。
大丈夫よ、なんかしでかしたらアタシがガツンと言ってやるから安心して」
画面をのぞき込みバレッタがそう言った。
フレヤに比べれば確かに低く見えるが、緑色ということは及第点の範囲なのだろう。
というかフレヤは高すぎるのだ。
ともかく、今、重要なのは忠誠心の項目だったので、これが合格レベルだったらひとまず安心だ。
エルシィは満足そうにモニターのステータス表示を消してスプレンド卿に向き直る。
「ではスプレンド卿、これからよろしくお願いしますね」
「はは、必ずやご期待に応えましょう」
そうして主従のやり取りでこの場は締め、次の話へと移行するのだ。
「では、ハイラス伯国へ派兵する編成について、皆の意見を聞かせてください」
と、エルシィは真剣なまなざしで皆を見渡した。
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