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072ジズ公国脅威論

「俺も道理でハイラス兵どもの士気がいまいち高くない、と思っていたのだ」

 スプレンド卿からの顛末をすでに聞いていたホーテン卿は、エルシィに向けて自分の感想を述べる。

 エルシィも頷いて「そうだったのですねぇ」としみじみとつぶやいた。

 スプレンド卿曰く、ハイラスの新伯爵陛下は即位するや否やジズ公国からの来賓である大公陛下を拘束させ、急遽兵を招集して出兵を命じたということだ。

「それで、伯爵さまは卿に何と命じたのですか?」

「『我が国の潜在的脅威を取り除く、チャンスである』と」

 潜在的脅威。

 この言葉にエルシィと側仕えたちが首をかしげる。

 すでに戦乱の世ではないのに、いったい何を脅威に感じていたのか。

 だがホーテン卿は知っている様子で、不満そうに唇を曲げる素振りをする。

「ふん、野蛮な農夫(ガバチョ)の癖に臆病なモノよ」

「どういうことです?」

 エルシィの問いに、ホーテン卿が片眉を上げつつ答えた。

「つまりなぜハイラス伯国が臨時職の将軍を常在させていたかということですな。

 奴らはこの二〇〇年間、ずっと我がジズ公国からの逆撃に怯えていたという訳だ」

 なぜジズ公国がハイラス伯国へ逆撃するのか、というのは以前にも少し語った歴史のお話になる。

 大昔、貴族たちが次々と独立してレビア王国が事実上崩壊した後、独立貴族たちは互いの領土を奪い合うように戦に明け暮れた。

 そんな中で大領を有していたジズ大公家は多方より狙われ、ついには大陸から追い出されることになる。

 そうした歴史の中で、最後に大公家をジズリオ島へと押し込んだのがハイラス伯家だったのだ。

 そんな経緯があるからこそ、ハイラス伯家は常に「いつか来る敵」としてひそかにジズリオ島を見ていたらしい。

 とは言え、これを聞いたエルシィは呆れたように口を開けた。

「はぁ、どう考えたって国力ではハイラスさんちの方が強いでしょうに」

 ジズリオ島は豊かな島ではない。

 漁業が盛んで海産物こそ豊富だが、土地は水はけがよすぎて農産物が育てにくい。

 つまり基幹食にしたい糖類の収穫量が細いのだ。

 足りない分は海峡を挟んだお隣さんのハイラス伯国から輸入となるわけだが、代わりに輸出するものもあまりなく、結果的にやはり食料は慢性的に少なめということになる。

 こうなると人口も増えない。

 対するハイラス伯国はと言えば、半島国家なだけに海に面しているから漁業も盛んであり、また大きな平野を持つので農業も盛んだ。

 ジズ公国と比べればずいぶんと強国ということになるのに、いったい何を怯えていいたのだか。

 まぁ呆れはするが、実際に新伯爵陛下がそう判断したならそうなってしまうのが王政国家というヤツである。

 ともかく、まとめてみれば「歴史的に警戒していた国を叩き潰すチャンスだと気づいたので、思い付きで侵攻してみました」ということのようだ。

「まぁ、結果はこのザマでしたが」

 と、最後にスプレンド卿は両手を広げておどけたようにそう括った。

 エルシィは少し考えこむ。

 執務室の諸君らは彼女の思案を邪魔せぬようにと押し黙ったまま待った。

「ハイラスさんちの都には、どれだけの兵が残ってますか?」

「騎士と警士を合わせて一〇〇と言ったところです。領都にいた現兵力のほとんどを連れてきましたからね」

 これにはさらにホトホト呆れる気分である。

 ジズ公国以外への警戒はないのか、と言いたい。

 もっとも国土もジズ公国よりよっぽど広いので、領都外にいる兵力も相応なモノなのだろう。

「市井の者が平穏で、守備や自治を行う兵も少ないとなると、これは完全に勝ち戦のつもりで油断しておりますな」

 ホーテン卿がニヤリとエルシィに笑いかける。

 とても悪い笑顔だ。

 エルシィもこれを受けてニヤリと口角を上げる。

「お隣さんの大国に、どう攻め込むか悩ましいところでしたが……」

「どなたかの思し召しで船はたくさんありますからな。

 一五〇ほど連れて奇襲をかければ、なに無警戒のハイラス伯国から陛下をお救いするなど赤子の手を捻るようなものです」

 二人は顔を見合わせて笑いあった。

 と、そこにスプレンド卿が再び畏まって跪く。

「姫将軍閣下。ぜひ私をお連れ下さい。

 これでもハイラス伯国の将軍を仰せつかる身ですから、もっと少ない数でもうまくやってご覧に入れましょう」

 エルシィは面食らって「ほへ?」と首を傾げた。

 ホーテン卿となかよしで今も特に隔意なく話していたが、それでも彼は敵国の将であり、つい昨日はエルシィもその侵略軍と戦っていたのだ。

 そこへまさかの売込みである。

 確かに彼がいればハイラス伯国のあらゆる場所で顔パスとなるだろうし、兵など必要最低限いれば十分だ。

 だがしかし、信用していいものか?

 そう悩む素振りを見て、今まで退屈そうに行く末を見守っていた一人が口を開いた。

「お姫ちゃん、アレ、使っちゃえば?」

 主君に向けてあまりにも気軽な口調でそう言うのは、エルシィの家臣第一号でもあるバレッタ嬢だ。

 アレ、と言われてエルシィもピンときた。

 今度はバレッタとエルシィで悪い笑顔を見合わせて頷き合う。

「それならアレを持ってこないとダメですね」

 こめかみを指先でトントンしながらエルシィが呟くと、今度は弟のアベルが肩をすくめてため息交じりに応える。

「オレが持ってきます」

 そう言ってそそくさと執務室を出て行った。

 エルシィとバレッタは満足そうに頷いてから、キョトンとしている方々へと言う。

「ちょっと、少しだけ待ってくださいね。すぐ、ですから!」

 その言葉に首をかしげる者。

 察して「ははーん」とわけ知り顔をする者。

 二派に分かれたが、エルシィはそれ以上説明するでもなく、無言で腕を組んだ。

 その表情はなかなか楽しそうである。

 跪いたはいいが返事を保留にされ、スプレンド卿はどうしたものかと苦笑いしながらも、そのままの姿勢を保持する。

 ここは信用を得る為にも態度を変えるべきではない。

 すでに老境である人生豊富なスプレンド卿はそう判断したのである。

 そのまま一〇数分も待っただろうか。

 再び執務室のドアが開いたと思えば、アベルが細長い箱を持って帰って来た。

 それはもはやエルシィの物と言って差し支えない大公家の家宝。神との古い契約の杖。

 すなわち元帥杖だ。

「姫様、それでどうなさるので?」

 ホーテン卿に聞かれ、エルシィはドヤ顔で答えた。

「いっそスプレンド卿を家臣にしてしまえば悩むこともないかなーって」

 キョトンとする者。頭痛を耐えるような素振りをする者。そして憤慨する者。

 反応はそれぞれであった。

次回の更新は来週の火曜を予定しております

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