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071ハイラス伯国の事情

「ところで、どうしてハイラス伯国の将軍殿がここにいるのです?」

 二人の老丈夫、ホーテン卿とスプレンド卿を前にしてエルシィはコテンと首を横に倒した。

 言葉としては「敵がどうして?」と受け取られかねないが、エルシィの態度からイヤミは全くなく、単純に興味からの質問だと判る。

 この疑問はエルシィの側仕えたちも同様のようで、小さく頷いて回答を待つようだ。

 もっともこちらはまだ警戒を緩めた様子がない。

 スプレンド卿はホーテン卿に顔を向けて肩を竦めた。

 説明は頼む、という顔だ。

「こ奴らが攻めてきたせいで、いろいろ執務が忙しいのですよ姫様。

 なので責任を取らせる意味でも手伝わせとるのです」

 なるほど、とエルシィが難しい顔で頷く。

 なにも騎士は戦うことだけが仕事ではない。

 普段でも訓練計画や実行、馬や設備、武具、その他備品の管理調達などなど、細かいことを上げれば色々あるのだ。

 そんなの事務屋にやらせればいい、と思うかもしれないが、ホーテン卿は騎士府の長なので、結局は最終的な確認や大まかな方針指示をしなくてはならないのだ。

 それでも普段の業務なら訓練と両天秤で何とかなるレベルだが、そこへ来てハイラス伯国からの侵略と勝利、それに伴う補給と捕虜の管理などなど、とにかく仕事が増えて頭が痛い。

 という訳だ。

「まったく、捕虜に対して強制労働とは。

 なかなか厳しい」

 冗談めいてスプレンド卿がいうものだから、ホーテン卿は眉根を寄せて彼の脇を小突く。

「阿呆。鉱山労働ではないだけありがたく思え」

 罪人の刑で特に重いのは鉱山などでの肉体労働だ。

 たいてい衣食住がかなりいいかげんな状況で延々と働かされるため、ほとんどが過労や病気で命を落とす。

 もっともそこまで重い刑は今時のジス公国で執行されることはない。

 それくらい平和だったのだ。

 そんな二人のやり取りを見て、エルシィはふっと表情を緩める。

「なかよしさん、なのですねぇ」

 そしてしみじみ、といった風に言った。

 二人は始めきょとんとした後、スプレンド卿からは笑いが、ホーテン卿は嫌そうな顔が飛び出したのだった。


 スプレンド卿の笑いがおさまり一息つくと、ホーテン卿が少し真面目な顔になって口を開く。

「さて姫様、ここには何の御用で参られましたか?

 今日は訓練ということではありますまい」

 それはそうだ。

 さすがに昨日侵略に対する防衛戦という非常があった後に、いつものようにのほほんと体操している場合ではない。

 エルシィも少し真面目ぶった顔を作り、小さな咳払いをする。

「コホン」

 一同はエルシィへ視線を集める。

「この度わたくし、臨時に将軍位を授かりましたのでこちらに参った次第です」

 この言葉を聞き、ホーテン卿は「無茶なことを……」とつぶやき、スプレンド卿は楽しそうに「さもありなん」と笑った。

「というわけでホーテン卿には現状を訊こうかと思ったのですが……ちょうどいいので先にスプレンド卿からハイラス伯国のあれこれを聞きたいですね」

「ふむ、すでにカスペル殿下には報告を上げているが、姫様が将軍になったというなら直接訊かれるのもよかろうな」

 ホーテン卿は渋い顔から思案の表情へ一転し、スプレンド卿へと顔を向ける。

 ほれ、話せ。

 と促す顔だ。

 スプレンド卿も素直に頷いて口を開く。

「まずハイラス伯国の市井ですが、いたって平穏に生活を送っております」

「平穏? この非常の時に?」

 この言葉にエルシィは怪訝そうに首をかしげる。

 攻め込む側とは言え、自国の軍勢が他国へ侵略するというなら、国主は兵や民に自らの正当性を高らかに説き戦意を高揚するのが普通だろう。

「挙兵に際し、伯爵さまは演説などされなかったのですか?」

 エルシィの質問にスプレンド卿は「ほう」と感心したように息を吐く。

 子供が将軍とは微笑ましい、と少しばかり思っていたが、どうやらカリスマ性だけでなく相応の賢さもあるようだ。

 と、見直したのだ。

 彼は改めて姿勢を正してエルシィに頷き返す。

「その通りです。

 国民には今回の出兵について、特に事情説明はされておりません。

 それどころか私や兵に対しての命令もかなり突然でしたからね」

「え、それって思い付きで侵略したってことですか?」

 エルシィは驚きに声を上げる。

 そんなことがあるだろうか?

「半分は正解、かもしれません。

 が、もともと我がハイラス伯国は二〇〇年前から(いくさ)に対する準備は怠っておりませんから、来るべき時が来た、とも言えますね」

 二百年前とは、つまり戦乱の時代が終結した時から、と言いう意味だろう。

 ハイラス伯国がずっと戦争に備えていたのは、そもそも戦時の臨時職である将軍が常職化していたことでもわかる。

「とはいえ、二〇〇年もあれば心構えの上ではもはや戦争など想像も無かったのではないか?」

 と、ホーテン卿が言葉を刺す。

 これにはスプレンド卿も大きく頷いた。

 ホーテン卿を始めとした軍権に属する者はいつだって「常在戦場」を心がけている。

 が、それはあくまで心がけの問題であり、「では明日戦争して来い」と突然言われれば面食らうものだ。

 戦争に備えていた、と言ったスプレンド卿もこれには賛同らしく、肩を竦めながら答える。

「若殿……いやすでに伯爵陛下ですね。

 その伯爵陛下は実に凡庸な人物でして、そのような野心を持っているとは思いもしなかったのですが、爵位を継いだ途端に大公陛下を拘束せよ、などと言い出しましてな。

 それから急遽派兵となったわけです」

 大公陛下、とは前伯爵陛下の葬儀の為にハイラス伯国へ赴いたヨルディス陛下のことである。

「お母さまは生きてるのですね!」

 聞き逃せない言葉が出たのでエルシィが身を乗り出した。

 もちろん側仕えたちも大公陛下のことは心配していたので、耳を大きくするように気持ちを傾ける。

 もっとも神孫の姉弟はヨルディス陛下には会ったこともないので、退屈そうに執務室内をきょろきょろとしていた。

 ともかく、思いがけずヨルディス陛下の話が出たので皆の興味レベルが突然上がったと言えるだろう。

「ええ、おそらく城内のどこかに軟禁されていると思います。

 そのあたりは私の管轄外なので詳しくはないですが、さすがに宗主国の長を粗略には……いや、あの殿下ならあり得るのか?」

 殿下、と呼んではいるが新しい伯爵のことだろう。

 すでに陛下であり殿下と呼ぶべきではないが、ついついそう出てしまうのは癖になっているのだ。

 ちなみに「陛下」「殿下」と言った敬称についてだが、本来大公や伯爵と言った国王下の貴族たちは「閣下」と呼ばれるべきなのが普通である。

 ところが現状ではその国王と呼ばれる存在はなく、大公、伯爵と言った者たちがトップに立つ独立国となっている。

 ゆえにそれぞれの国主たちは陛下と、その継嗣たちは殿下呼ばれているのだ。

 これは旧レビア王国から権力基盤を受け継ぐ国々の、特殊な事情であった。

 ともかく、すこし語尾が不穏ではあったが、ヨルディス陛下が無事である可能性がぐんと上がったのでホッとするエルシィ一行だった。

次回更新は金曜を予定しております

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に思いつきで侵略とかだったら嫌ですねしかし伯爵陛下って呼称はなんとも妙な感じですね
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