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070伯国の将軍

 フレヤが提案したドレス風のワンピースは結局のところ却下され、エルシィはいつもの運動用の乗馬服に着替えた。

 ちなみに乗馬服と言いながら、まだこの服で馬の練習などしていない。

 完全に名前負けである。

 ともかく、ドレスよりかは少しだけ、本当に少しだけ将軍寄りと言えなくもない服装に着替えたエルシィは、キャリナと近衛士、そして神孫の姉弟を引き連れて騎士府へと向かった。



「ほほう、これがお前が上達した秘訣か。いったいどこで習ったのだ?」

 騎士府長の執務室で、ホーテン卿とスプレンド卿という二人の老丈夫がゆったりとした体捌きを揃えて演じていた。

「姫様より習った。

 姫様は確か……女神より教えを受けたと申しておったか?」

 そう、二人がやっているのは、エルシィが準備体操のつもりで行っていた太極拳の套路()である。

 ホーテン卿はスプレンド卿の質問に答えつつも、その由来についてはおぼろげな記憶を探るように首をかしげた。

 倣ってスプレンド卿も首をかしげて手を止める。

「女神? この島に祀られているのは確か男神だろう。女神とはどこの神だ?」

「貴様詳しいな」

「私はこれで信心深いのさ。

 若い頃、何度かティタノ山に登って神殿(まい)りもしたことあるぞ」

 そう言って朗らかに笑うスプレンド卿を、ホーテン卿も「物好きな男だ」と呆れたように手を止めた。

 かく言うホーテン卿は何年かに一度執り行われる祭の式典に参加したことはあるが、個人的に(もう)でたり奉納したことはなかった。

「いやいや馬鹿にしたものではないぞ?

 噂だが運が良いと神が自ら武の技を披露してくれるというしな」

「そんなおとぎ話を信じておるのか……

 いや身体が弱く寝てばかりいた姫様に女神が武術を授けたというのだから、あながち嘘とも言えんのか?」

 後半は少々声を潜めて考える風になったホーテン卿に、スプレンド卿は肩をすくめて小さく笑った。

 何も彼だってその噂を信じて詣でたわけではない。

 ただのゲン担ぎと観光を合わせた行動だったのだ。

 実際、その時はスプレンド卿もティタノヴィア神にお目見えすることはなかった。

 もっとも噂が嘘だったわけではなく、本当に運のよい武芸者は蛇神と手合わせした者もいたし、近年であれば神孫アベルと仕合った者もいたのだが。

 さて。

 そうして図らずも二人が手を止めたところで執務室の扉が叩かれた。

「む、誰か?」

「エルシィ様がおいででございます」

 ノックしたのは来客を告げる申次(もうしつぎ)だった。

 姫様が?

 思いがけぬ訪問に二人は顔を見合わせてから「どうぞ」と返事をした。



 キャリナが扉を開け、続いてヘイナルが執務室の様子を確認して、ようやくエルシィは入室した。

 そしてギョッとした。

 なぜなら執務室の主であるホーテン卿も、同室していたスプレンド卿も、揃って跪いて頭を垂れていたからだ。

 ハイラス伯国の将軍がここにいることも知らなかったので、それもまたびっくりの一つである。

「キャリナキャリナ、なんで二人はこんなに畏まっているのです?」

「これが普通の態度ですよエルシィ様」

 面食らったエルシィだったが、そんなキャリナの言葉で「そんなものですか」と小さく呟いた。

 そういえば教育係のクレタ先生も、お勉強部屋に行くといつもこうしてエルシィを迎えているし、各司府の申し合わせに出席した時のお役人たちもこんなだったか。

 ただホーテン卿と合うのがたいてい訓練場でのことで、ああいう場では滅多にこのような態度をとらないせいで驚いたのだ。

 そうだった、わたくしこの国の姫だった。

 思い出したように何度か頷くエルシィである。

 そんなエルシィの様子をよそに、畏まったままのスプレンド卿が口を開く。

「お初にお目にかかります、麗しの姫君。

 私はハイラス伯国にて将軍位を仰せつかっております、スプレンドと申します」

 続けて彼は、初めて貴顕に会った時の定型的な挨拶口上と、レディに対する美辞麗句を並びたてた。

 ホーテン卿は呆れた横目でスプレンド卿をながめ、キャリナは冷たい視線を投げかけた。

 執務室の扉を背にして警護につくフレヤやアベルは何度も頷き、ヘイナルとバレッタは戸惑いがちに眉根を寄せた。

「エルシィ様、その……幼子好きな方かも知れません。ご注意を」

「ロリコンさん、でしたか」

 ひそひそと話す主従に気づき、ホーテン卿は頭痛を気にするような仕草をしてから立ち上がって深く腰を折った。

「姫様、彼の名誉の為に申し上げますが、卿が特段幼い女子を好むということはございません。

 スプレンド卿は相手が女性であればいつでもこのような態度をとる男なのです」

「そ、そうですか。それは安心ですね?」

 エルシィは言いながらも裏腹に「安心かな?」と思いつつ、ひきつった笑いを浮かべた。

 そして続けて声をかける。

「えーと、スプレンド卿? も頭をお上げください。

 私はこの国を治める大公家の娘、エルシィです」

 彼女の言葉に従い顔を上げたスプレンド卿を見て、エルシィばかりかキャリナもまた「ほう」と声を漏らす。

 老いながらも美しい男だ。

 これが二人の感想だった。

「これはまた、わたくしに頂いた言葉をお返ししたくなる美丈夫ですね。

 おモテになるのではありませんか?」

 実際、スプレンド卿は若い頃から今に至るまで、国に帰れば大勢のファンがいる。

 だがモテる男ゆえ、エルシィのそんな言葉にはテレも動揺もない。

「いえいえ、女神の如きエルシィ様の美しさに比べれば、私など宝石の前の小石の様なものです」

 二人のやり取りに、ホーテン卿もまた面白そうに口元をを歪めて口をはさむ。

「確かに姫様の言う通りですな。

 この男、国に帰ればどれだけ血を引く者がおるかわかったモノではありませんぞ」

 そう言って笑う彼に、キャリナは嫌そうな顔でため息を吐いた。

「エルシィ様の前で何という下世話なことを」

 そんなキャリナの嘆きをよそに、スプレンド卿はホーテン卿に反論する。

「おいおい、私はすべての子供を認知しているし、希望するなら屋敷に迎えている。

 希望しない場合でもちゃんと養育費は出しているぞ。

 わかったモノではない、とはなんだ。ちゃんと把握している」

 少々反論がズレているが、要は「浮名は流しまくっているが責任は取っている」ということなのだろう。

 これはこれで男らしいと言えるのかもしれない。

 少なくとも「憎めない美形」と言ったところか。

 呆れつつもスプレンド卿という男をなんとなく理解したエルシィであった。

今日でVTuber可憐が活動休止なので気が抜けてます

いつもに増して誤字脱字、おかしい所があるかもしれませんが、見つけたらご指摘お願いします

次回は来週の火曜予定です

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― 新着の感想 ―
[一言] スプレンド卿以外と軽い人なんですね ハイラス伯国とは最近までは仲良かったようですがいったい何があったのか?
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