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068朝食の席で

 着替えが終わったら今度は食堂に向けて出発だ。

 今日はキャリナと近衛士二人、そしてその後ろにバレッタとアベルが続いた。

 廊下を歩きながらチラリと姉弟を窺い見ると、ご飯に向けて機嫌良さそうに行進するバレッタとは裏腹に、憂鬱そうなアベルが気になった。

 一階の食堂へ行くため階段を降りたところで、エルシィは意を決して立ち止まり、そして振り返る。

「エルシィ様、どうされました?」

 フレヤが首をかしげる中、エルシィは黙ってアベルに歩み寄った。

「アベル」

「え、お姫様……?」

 ここで話しかけられるとは思ってもみなかった、という意外そうな顔を上げる。

「ここに屈んでください」

「?」

 怪訝そうに首を傾げつつ、アベルは言われた通りに膝をついて屈んだ。

 エルシィはちょうど胸のあたりまで低くなったアベルの頭を、優しく抱きかかえた。

「あの事を気に病んでいるのでしょう?」

 あの事とは、アベルが路地裏でハイラス兵の一人をバラバラに斬り刻んだことだ。

「ばっ、あんなの何ともない……です」

 すぐ思い当たり、顔を赤くして反発するアベルだったが、内心では図星だった。

 人を殺したことは今までにも、ある。

 彼は、武神であるティタノヴィア神を訪ねて来る信心深い強者の願いによって立ち合い仕合うことが何度もあった。

 そんな中で命を落とす者もしばしばあったのだ。

 だがそれは、お互いが納得の上での果し合いである。

 昨日のそれは一方的な惨殺であり、これまでのとはちょっと違うと感じていた。

 それが彼の心に、まるで洗っても落ちない墨を落としたように、じんわりと跡を残していた。

 だが不思議と、こうしてエルシィに抱き抱えられているとなぜか心は次第に白くなるような気がしていた。

 少し照れくさくて身をよじる。

「アベル、よく聞いてください」

 彼が幾らか落ち着いたところを見計らい、エルシィは口を開く。

 アベルも黙って、彼女の言に耳を傾けた。

「あなたがわたくしの家臣となった以上、これからあなたが成す罪はすべて、わたくしの責任です」

 区切り、一呼吸おいて、言葉がアベルに届くのを待つ。

 そして続ける。

「あなたの罪はわたくしの罪。

 だから昨日のアレも、あなたが気に病むことは一つもないのです」

 この言葉が、素直にアベルの心に直撃した。

 アベルは涙ぐみ、エルシィを押して少しだけ離れる。

 こみ上げる涙が何の為のものか、アベルには判らなかった。

 それでも心が軽くなっていくのが判った。

 アベルは(かしこま)り改めて(ひざまず)く。

「オレの罪がお姫様のものだというなら、オレの手柄もお姫様のものです。

 これから先、たくさんの手柄をお姫様に捧げます」

「アベル、私のことはエルシィと呼んでください。バレッタもね」

 呆気にとられた顔でアベルは彼女を見上げ、そして頷きながら頭を下げ直した。

「わかりました、エルシィ様」

「あたしも了解したわ。エルシィ様」

 未来の歴史書にはきっと「この時アベルは正真正銘の家臣となった」などと書かれることだろう。

 と、微笑ましいシーンがひと区切りしたところで、バレッタがにまーっと口を歪ませる。

「アベル、あなたエルシィ様に抱きしめられて赤くなっちゃって。まだまだ甘えんぼね。 にひひ、お姉ちゃんも抱きしめてあげましょうか」

「ちょ、やめろよ! 別に赤くなってなんかない」

 言いながら顔を真っ赤にするアベルを抱きしめようと、バレッタが追い回す。

 階段下の小ホールは途端ににぎやかな運動場となった。

 ヘイナルは苦笑い。フレヤは「あらあら」と微笑ましそうにその光景を眺める。

 だが、これを許さない者もいる。

 エルシィの筆頭侍女キャリナだ。

 彼女は走り回る姉弟に大股で近づくと、素早くその脳天にゲンコツを落とした。

「この大公館で不調法は許しません。

 走りたいなら外へお行きなさい。そして朝ご飯は抜きです」

「そんなー」

 二人は途端に顔を蒼くして、キャリナにすがった。



 朝の一幕で多少の時間をくったが、そのようなことでヘソをを曲げるカスペル殿下ではない。

 エルシィご一行が食堂へたどり着くと、いつも通り爽やかな笑みを浮かべる兄殿下がすでに着席して待っていた。

 その笑みに疲れの影を大匙で盛った様子も、ここ最近のいつも通りと言えよう。

「おはようございます。お兄さま」

 エルシィはスカートの両側を少しつまんで朝のご挨拶。

「おはようエルシィ。今日はにぎやかだね。元気で結構だ」

 カスペル殿下もこれに答えて挨拶を返した。

「おはようございます、公太子殿下」

「お、おはようございます殿下」

 続いて神孫の姉弟も挨拶を口にする。

 アベルはともかく、バレッタの丁寧な言葉など初めて聞いたので、エルシィはちょっと驚いて彼女を凝視する。

 そんな視線に気づいてバレッタはてへぺろと小さく舌を出した。

 まぁ、目くじら立てるほどでもないか。

 と、エルシィは思い直して肩を竦めた。


 それぞれが席に着き、側仕えたちが給仕を始める。

 今日は「特別に」というカスペル殿下からのお言葉で、バレッタやアベルの席も用意されていた。

「さて、食事の前に一つだけエルシィに」

 前菜が運ばれていざ! となったところでカスペル殿下が畏まってそんなことを言い出し、エルシィはおあずけをされた気分でカトラリーを置く。

「昨日は本当にお疲れ様。そしてこの国を守ってくれてありがとう。

 国主代理として御礼申し上げる」

 初めは優しく、妹をねぎらう声で。そして最後は表情を引き締めた代表者の顔でそう言葉を下された。

 エルシィも「これは一種の儀式だ」と理解し、レディぶった顔で深々と(こうべ)を垂れた。

「いえいえ、殿下のご苦労を少しでも軽くできたなら幸いです」

 兄妹両殿下は言った後に互いに顔を見合わせて小さく笑った。

 しばし笑い、そしてまたエルシィが表情をきりりと引き締める。

「それに、お疲れ様を言うのはまだ早いですお兄さま」

「む、そうか。……そうだな」

 まだ手を付けていない料理を前に深刻そうな顔をする両殿下に業を煮やし、バレッタがため息を吐く。

「なーに? まだ何かあるの?」

 もう、早くしてよ。

 と言わんばかりに呆れた顔でそう訊ねた。

 エルシィは心を落ち着けるように呼吸を整え、そして回答を返す。

「お母さまを助けに行かなきゃです」

 そう、攻め入って来たハイラスの本国には、外交の為に赴いたジズ公国の現国主、ヨルディス陛下がいるはずなのだ。

 捕らわれているのか、すでに儚くなっていることだって考えられるのだ。

 バレッタやアベルも、再び戦場へ赴くことを、しかも今度は敵地へと攻め込むのだ、と理解して表情を引き締めた。

アベルくんちょろいんな(笑)

次回は来週の火曜を予定しております

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― 新着の感想 ―
[一言] 陛下の救出はしないとですけど戦力的にまともな手段じゃ無理でしょうしどうするのか気になりますね
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