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067戦い終わって

 大公執務室に残された虚空モニターから、エルシィが転がるように戻って来る。

 これにはヘイナルとキャリナが慌てて駆け寄り、床に落ちるより早く受け止めたので難を逃れることに成功した。

 とはいえ、当のエルシィにはすでにそんなことを気にするだけの余裕がない。

「ふえぇ、キャリナぁ。わたくし、とてつもなく疲れましたぁ」

「エルシィ様!?」

 ヘイナルとの共同作業でキャッチしたエルシィの身体は、もう全身ぐったりと力が抜けた様子で、瞳もほとんど閉じているようなありさまだった。

「てろーん」

 二人の手から自分の手足が力なく垂れさがる様子を口に出してみる。

 うん、思った以上に言葉通りの状況だ。

 などとエルシィは、なんだか意味不明な満足感を覚えた。

「もう、エルシィ様は。お行儀が悪い……」

 少しだけ眉をしかめ弱々しい声で叱りつけるキャリナの顔は、とても優し気なものだった。

 起きているのか気を失っているのか不明な状態のエルシィを見て、カスペル殿下が心配そうにため息を吐く。

「ヘイナル。エルシィは大丈夫そうか?」

「はい……酷く疲れているのだと思います。姫様に同行していた私でさえ、すぐに休みたい心境ですから。

 この小さなお身体では相当な負荷があったことでしょう」

「うむ、さもあらん。

 エルシィの働きは、ここにいる私や司府の誰よりも大きかった」

 カスペル殿下もヘイナルの言を認め大きく頷く。

 ここにいる内外司府の長や騎士府のメリクスもこれに否を唱える者ではない。

「はっ、いけないけない。忘れるところでした!」

 もう後はベッドへ行くだけ、と言った態でヘイナルの背におぶさりウトウトしていたエルシィは、ハッとして目を開けた。

 今日の彼女の活躍を反芻するように頷いていた閣僚たちは「何事か!」と緊張した面持ちでエルシィに注目する。

 エルシィは気にもせず、だらんとした手に下げていた元帥杖を一振りして掲げた。

「みんないっぺんに、かむかむー!」

 これを聞いた一同は皆一様に「?」という顔をした。

 が、その言葉の意味するところはすぐに明かされる。

 エルシィの周辺で光の燐粉が舞ったかと思うと、それは三つの人型を形成した。

 光を纏った人影はすぐさま本来色を取り戻し、そこには大小三人が現れる。

 先ほど家臣と認められた近衛士フレヤと、神孫の双子アベル、バレッタの両名だ。

 まぁ、大小と表現したがあくまで比較した話であり、フレヤもそれほど大きくはないのだが。

「ふひー、これでやっと一息つけます……」

 やり切ったいい笑顔でエルシィは呟き、そのままカクンと首をもたげる。

「姫様!?」

 途端に背の姫君が数割ほど重くなったような気がしてヘイナルが焦るが、エルシィはすでに「くかー」と夢の国へと旅立った後だった。


 後のことはカスペル殿下に任せ、エルシィの側仕えたちは大公執務室を辞することにした。

 つまり近衛士ヘイナルとフレヤ、侍女のキャリナ、そして家臣姉弟バレッタとアベルだ。

 最後の二人についてはカスペル殿下の許しを得て、ひとまず大公館に部屋を用意することになったのだ。

「別にお姫ちゃんと同じ部屋でもいいわよ?」

「いいえ、ご用意しますのでどうぞそちらへ」

 とはバレッタとキャリナのやり取りだった。

 キャリナからすればこの二人が信用できるのかどうか、まだ測りかねている様子であった。

 ヘイナルは二人の素性を知っているが、他の者には説明されていなかったのだ。



 さて、この戦いは早朝より始まり午前中には片が付いてしまった訳だが、その後の処理となると倍以上に時間がかかる。

 特に何の準備もない所に攻め込まれたジズ公国が勝ったので、捕虜の収容管理や彼らの食糧の捻出、これからのハイラス伯国への対応検討など、とにかく話し合い、実行すべきことが山ほどある。

 その辺はお休み中のエルシィには与り知らぬところで進んでゆく。

 主にカスペル殿下と内外の司府、そして戦場に残ったホーテン卿の指揮の元にある騎士府や警士府のメンバーのお仕事だ。

 また城下に住んでいる者たちは避難から自宅へ戻って後片付けなどもある。

 ハイラス兵に略奪されるようなことは無かったが、避難の為に貴重品や生活用品を持ち出しているので、それぞれの家内は自らの手で荒らされていたのだった。


 そんな激動の一日はあっという間に過ぎ去り、あくる日の朝になってエルシィはようやく目を覚ました。

「ふわぁぁ、ものすごくよく寝たきがします……」

「もう、なかなか起きないから心配したわ」

 起き抜けで目にしたのは、不満そうな顔したバレッタだった。

「そーなんですね。わたくしどれくらい寝てました?」

「もうちょっとで丸一日になるところね。

 そんなに寝ると脳みそとろけちゃうんだから」

「ははは……それは怖いです」

 実際、まだお脳が寝ぼけ気分でポヤポヤしているエルシィは、適当に答えつつ周囲を見回した。

 いつも通りの自分の部屋で、すでにキャリナとグーニーが朝の支度を静々と整えている。

 ホッとする光景だ。

 まだたった二ヶ月余の期間を過ごしただけだが、なんだか帰って来たという気分にさせられた。

「さぁバレッタ様もその辺にしてください。姫様はお着換えして朝のお食事ですね。

 どうされますか?」

 濃い灰色の髪と瞳のグーニーが優しい声でそう言うと、バレッタも「はーい」と言って部屋から出て行った。

 寝ている間に仲良くできたみたいで何よりです。

 と、エルシィは頷きながらグーニーとキャリナの手でゆっくり起こされて、手早く着替えさせられた。

 昨日は湯あみも清拭もせず寝てしまった割にスッキリしているので、おそらく二人が拭いてくれたのだろう。

 ありがたやありがたや。

 侍女二人によってされるがままになりながら、エルシィは心の中だけで拝んだ。

次は金曜日に更新予定です

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