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063元帥杖の権能

 エルシィはアベルの戦いぶりを虚空モニターで眺めながら、しばし思案する。

 さて、どうしたものでしょうね。

 まず現状確認から。

 歩兵戦はやや劣勢だが、防戦に努めていることもあり均衡している。

 騎兵戦は優勢だったが、ホーテン卿が抜けたことによってこれも均衡しつつある。

 そのホーテン卿も、輸送船団から抜け出してきたスプレンド卿と一進一退の攻防を繰り広げている。

 つまり、現在の戦場はほぼ硬直していると言える。

 そこを打開するためにハイラス方の青年指揮官は、遊撃隊を送り込んだのだ。

 この策が上手くいっていれば、今頃歩兵戦の均衡は破れて我がジズ公国方は総崩れしていたかもしれない。

 だが、これを打ち破ったのがエルシィの送り込んだ少年アベルだった。

 そのアベルが、敵を打ち倒すことを少しばかり躊躇して見せた。

 まぁここまで来れば勝ちは見えてきているのだからどっちでもいいけど、遠慮せず殺してしまえばいいのに。

 と、ここまで思考を巡らせて、エルシィはふと立ち止まった。

 まてよ?

 自分はこんなに物騒なことを考える人間だったか?

 確かに身内へ()()()を売られ頭に来てはいたが、それでも相手を躊躇なく一方的に虐殺することへの忌避感がなさすぎではないだろうか。

 前に警士の役人が働いたちょっとした不正が発覚した時、確かにナメられたことにはカッとしたが、「大公家への不敬」という理由で処刑が妥当と言われた時、何と考えたか?

 確か「絶対君主制怖い」だったはずだ。

 ところが今はどうだ。

 自分の命令でハイラス兵を殺すことに、何のためらいも感じなかった。

 おかしくない?

 この疑問は、瞬く間に広がったかと思うと、なぜかすぐに霧散した。

 まぁいいか。

 終わってから考えよう。

 とにかく今は、わたくしのいる国を侵略しようなどという愚かなハイラス兵を、いかに殲滅するかを考えなくては。

 虚空モニターの向こうでハイラス遊撃兵の武具を次々と叩き斬るアベルの活躍を見ながら、エルシィはニヤリと暗い笑みを浮かべた。


 その時だった。

「エルシィ様!」

 突然、ノックなどの前触れもなく大公執務室の扉が開かれた。

 現れたのは、エルシィの筆頭侍女であるキャリナ嬢である。

 礼儀に厳しい彼女には珍しく、周りへの挨拶も抜きに切羽詰まったような声で叫びながらエルシィへと駆け寄った。

「ひゃ、ひゃい!」

 エルシィはなぜかこの時「叱られる!」と咄嗟に思った。

 今まで散々、お行儀の悪い姿をさらしては「きゃふん」と言わされて来たので、これはすなわち条件反射だったのだろう。

 そしてこのショックのせいというかおかげというか、とにかくエルシィの中にあった謎の熱は、シュンと音を立てて沈静した。

 ああ、やっぱり、なにか()()()()()たんだ。

 涙ながらにエルシィを抱え込み無事を確認し出すキャリナのなすがままにされつつ、エルシィはそんなことを考えた。

 たぶんこれだね。

 エルシィは手に持った元帥杖を半眼でジッと見る。

 おそらくこれも権能の一つなのだろう。

 戦争というのは酷く人の心へストレスをかけると聞いたことがある。

 アメリカでもベトナム戦争や湾岸戦争に従事した軍人の心的外傷(トラウマ)が社会問題になっていたらしい。

 人間が血まみれで死んでいく様については、エルシィもまだ城島丈二だった頃、海外出張の折に見ているし、心情的にはある程度慣れてしまっている。

 が、他人同士が殺し合うのと、その当事者になるのでは話が違う。

 この元帥杖を持つということは、明らかにエルシィの見知った者たちが、彼女の命令でもって戦いに赴くということである。

 その心的ストレスを和らげるために、何らかの作用を及ぼしているのだろう。

「怖い怖い。便利使いしすぎると、どんなことになるか判ったもんじゃないですね」

 エルシィは少し背筋が寒くなった。



「取り乱しまして、大変失礼をしました」

 ひとしきりエルシィを点検し終えたキャリナは、粛々と周囲の者たちに頭を下げた。

「よい、キャリナも無事だったようで何よりだ」

 すぐにカスペル殿下が許しを出し、他の者たちも特に含むことなく頷いた。

 時間にすればたかだか数十秒、執務室に集っている者たちからすればとるに足らない時間であり、また光景としては実に微笑ましいモノであった。

 ゆえに誰も咎めるような気持にはならなかった。

 ただ、普段から冷静にふるまっているキャリナにとっては、とても恥ずかしい醜態だったに違いない。

 彼女は肩を縮めるようにして、エルシィの傍らにそっとついた。

「キャリナ、ご心配、ありがとうございます。

 わたくしは大丈夫でしたが、キャリナはどうでした?

 それからグーニーも」

 エルシィも少し気まずいながら無言でいるのも何なので、少しばかり世間話を振ってみる。

 もちろんエルシィもキャリナのことを心配していたし、もう一人の侍女であるグーニーのことも気がかりだった。

「はい、おかげさまで私は無事逃げおおせました。

 グーニーも今は天守の二層で他の者たちと忙しく働いております。

 私は……こちらに姫様がおいでと聞いたもので」

 と、少しバツが悪そうに視線をそらした。

 ちなみにこの天守二層で何が行われているかと言えば、防衛線を突破された場合に備えて迎撃の準備である。

 これは先に名の上がったグーニーと、他にも城で仕事をしていた文官や有志の国民が協力して行っていた。


 さて、今はキャリナの無事にほんわかしている場合ではない。

 エルシィは再び難しい顔で虚空モニターを見る。

 キャリナのおかげで謎の熱は冷めたが、だからと言ってこの戦争が終わったわけではない。

 今は「ハイラスを殲滅してやる!」などという鼻息の荒い感情はすっかりなくなったが、だからと言って開かれた戦端は穏便に済む段階ではないのだ。

 ちょっとこの戦闘をまとめる方向で考えよう。

 戦いの激化と共に酷くなっていた雨がポツリポツリと止み始めたことをこれ幸いと、エルシィはアゴを指先でトントン叩きながら思案した。

 虚空モニターの向こうでは、アベルが遊撃隊の槍をあらかた叩き斬ったころ合いだった。

次は金曜を予定しております

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― 新着の感想 ―
[一言] 敵は皆殺しってなっちゃうのは結構なデメリットですね講和とか休戦も戦略の内なのに神様はデメリットとか全く思ってないんでしょうね
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