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062もしかして君ら弱すぎ?

 アベルは最初ポカンとし、そして次第に青ざめた。

 彼の率直な感想はと言えば「やり過ぎた?」である。

 神孫たる権能を発揮したかの御業『剣の舞(シュヴェールダンツェ)』は、向かってきたハイラス兵を易々と肉片へと変えた。

 「死にたいヤツから来い」などと威勢のいいことは言ったが、まさかハイラス兵がこんなに弱いとは思いもしなかった。

 いや、ハイラス伯国軍の名誉の為に言っておこう。

 彼らは決して弱くはない。

 先にも述べたがこの遊撃隊、元は伯国の警士たちであり、その中の選りすぐりだ。

 騎士ほどではないにしろ、どれも腕に憶えのある者ばかりだった。

 その一人がこうも簡単に、しかも完膚なきまでに敗北したのだから、遊撃隊の面々の心はいかほほどであろう。

 ともかく、アベルは彼らを「驚くほど弱い」と感じ、ハイラス兵は彼を「ヤバいくらい強い」と感じた。

 なぜこんな齟齬が起こるのかと言えば、それはアベルの生い立ちによる。

 ここで詳しくは延べないが、彼と姉のバレッタはいわば先祖返りであり、今よりもっと幼い時からそれぞれの権能を発現した。

 ゆえに、すでに人間社会へ溶け込んでいた両親の元から、神であるティタノヴィアの元に預けられたのだった。

 そこから今まで、権能を磨くための鍛錬はティタノヴィアが見、たまに武神でもある爺の元にやって来る剣豪、神槍などと呼ばれる達人を相手にしてきたのだ。

 だからこそ、アベルの目にはハイラス兵たちがまるで幼子の如き(つたな)い戦士にしか見えなかった。

 とは言え、襲ってくる者は振り払わねばならないし、今、彼に課せられた任務はハイラス兵を排除することなのだ。

 出来ればこれでビビッて退いてくれればなぁ。

 と、アベルは思わざるを得なかった。



「アレには勝てん」

 アベルと対峙した遊撃兵の隊長は、思わず小さく呟いた。

 今ここにいるおよそ三〇の兵はどれも屈強であったが、先に掛かった者と技量的にはそれほどの差がない。

 それは隊長の彼ですらそうなのだ。

 さてどうしたものか。

 彼はわずかな時間で思案する。

 チラリと振り返れば、すでに隊員の半数は心折られた様子で怯えている。

 だが逆を言えば、あの光景を見てなお、まだ半数はやる気があるのだ。

 隊長は自分の任をかみしめつつ、苦い顔で声をあげる。

「アレを子供と見くびるな。

 だが相手は一人、囲んでしまえばどうにでもなる。

 行くぞ、掛かれ!」

 隊長の号令一下、即応できたのはやはり半数であったが、それでも一人に対するなら充分だ。

 まぁ、これは「本来ならば」である。

 どんな達人であれ、槍や剣なら一振り、せいぜい短剣で二振りしか持てない。

 であるならば、一五の槍が四方八方から襲い掛かれば、どうあってもかわし切れなくなる時が来る。

 これは単純な数理であり、これまでの長い警士府の経験上、確実な対処だ。

 いや、確実だった、と言うべきかもしれない。

 だがしかし、である。

 神の権能の一端を血脈に受け継いだアベルの御業では、数本、具体的に言えば八本の長剣を自在に操ることが出来るのだ。

 それでも数の上で負けてはいるが、アベルの強みは剣を手に持っていない、というところでもある。

 自在、とは言葉通り自在なのだ。

 後ろから襲い来る者がいたとしよう。

 普通であれば最低でも半身は振り返らねば対処できぬ攻撃だが、アベルの剣の舞(シュヴェールダンツェ)であれば、彼は指先を振るうだけで跳ね返せるのである。

 これでは多少の数の有利など意味がない。

 現に、襲い掛かった一五の兵と、その周りにおずおずと布陣した残りの者たちが、結局何もさせてもらえないままにいなされることになった。

 さすがに、先ほど「やり過ぎた」と反省したアベルはちょっと手加減して翻弄するにとどめたのだった。



「すごい、すごいですよアベル!」

 大公執務室で観戦するエルシィが、アベルの戦いぶりをぴょんぴょんと跳ねながら賞賛する。

 この頃にはジズ公国首脳の面々もハイラス兵ミンチのショックから立ち直り、彼女に続いて感嘆の声をあげている。

 そんな中、二人ほど懸念に眉を寄せる者がいる。

 兄殿下カスペルと、近衛士ヘイナルだ。

「ヘイナル、どう思う?」

 聞かれ、ヘイナルは腕を組む。

「いえ、確かに私は姫様に仕えておりますが、それでも為人(ひととなり)をそれほど深く知っているかと言えば……」

「そうか、そうだったな」

 カスペル殿下の懸念とは、エルシィが権能を振るうようになってから、妙にハイテンションなのではないか? というところだった。

 これが単に大きな力を手に入れたが為、調子に乗っているだけであれば問題ない。

 いやそれはそれで問題だろうが、兄としてカスペルは「我が賢い妹が、そんなわけないだろう」と大いに信用していた。

 なので、今のテンションぶりは権能の副作用的な何かではないかと疑っていたのだ。

 だがそれについて意見を求められてはヘイナルも困ってしまう。

 なにせ元々エルシィはほぼ部屋から出てこず、護衛とは言えあまり関わったことがない。

 その上、今のエルシィはそれまでの姫ではなく、およそ二か月ちょっと前に、姫の身体へ宿ったばかりの救世主殿なのだ。

 これで為人(ひととなり)を察せよと言われても困る。

 そんな様子に「仕方ないか」とカスペル殿下も納得して頷いた。

 さて、カスペル殿下のエルシィに対する信用は、完全に兄バカから来る無根拠信用であったが、この時ばかりは冴えていたと言えよう。

 だが、それについてはもう少し後に述べることになる。


 さて、アベルが遊撃兵たちをいなしている様子を皆が眺めている間、エルシィは鼻歌交じりに別のことに気を割いていた。

 最初の一撃こそ景気良く敵兵を粉みじんにしたアベルだが、その後は気を使って戦っているようだ。

 それが見て取れたからこそ、エルシィはこの状況の解決方法を探していた。

 何をしているか具体的に言えば、皆が眺める虚空モニターのすぐ下にもう一つの小さなサブウィンドゥを開き、指でちょいちょいと操作しながら何か探しているようだった。

「あ、これ使えそうですね」

 エルシィは呟いてから、小ウィンドゥからこそっとアベルへと囁いた。

「アベル。あなた、敵さんを殺したくないのでしょう?」

 唐突に耳元へ姫様からのメッセージが届いたから、アベルの指先は一瞬乱れた。

 彼の指先が乱れるということは、操っている剣の軌道も乱れるということだが、戦力差がありすぎる現状では、それほど影響はない。

 ともかくアベルは焦りながら返答する。

「べ、別に殺すことなんて何でもない……です。

 ただ、あまりにも弱い者いじめみたいで、良くないかなって」

 それが彼の強がりなのかどうなのか、まだ付き合いの浅いエルシィには判らない。

 それでも、彼女が見つけた方法であれば、どちらが彼の本心だろうと意に沿うことが出来るだろうと、エルシィはニンマリと口角を上げて言葉をつづけた。

「そうですね……まずは敵さんの武具をすべてダメにしちゃってください。そうすれば殺さなくてもアベルの勝ちにできますよ」

 そんなささやきに、アベルは少し考えてから「わかった。やってみる」と言葉を返した。

次の更新は火曜を予定しておりますが、明日ワクチンを打つので副反応が数日残るほどひどい場合は無理かもしれません

もし火曜に掲載されなかったら「ああ、ダメだったか」とご納得ください

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