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059遊撃の兵たち

「連中の背後を突け!」

 ハイラス伯国の指揮官を務める青年が手短に指示を出す。

 命じられたのは予め攻め手から選抜され、隠されていた三〇名の歩兵たちだ。

「はっ、行動を開始します」

 そんな遊撃の長に任命された壮年の男が静かに敬礼を挙げ、急遽編成された隊を振り返る。

 この隊に所属するのは、歩兵種の中でも比較的に高い教育が施されている者たちだ。

 遊撃任務とは、場の状況に応じて任務を遂行するための臨機応変な判断力が必要だからだ。

 ちなみに歩兵種の任についているのは警士府の者たちである。

 これはハイラス伯国でもジズ公国でも同じだ。

 普段は国で治安を与るの彼らだが、今は変わって他国の侵略。

 このことに忸怩たる感情がないわけではないが、これも彼らが戴くハイラス伯陛下のご下命である。

 宮仕えとしてはすべてを飲み込み従軍するしかない。

 特にここに選抜された者たちは、府中でも警士長や士長候補と言った特別指導がなされている面々だ。

 誰もがそのことは重々承知している。

 ゆえに、みな無言で隊長の手振りに従って、すぐさま駆け足を開始した。

 目指すは敵軍後方。

 目に見える大通りは両軍が揉み合っているので、路地へ入って迂回することになるだろう。

 ふと、路地と言えば昨晩、あの青年士官が偵察に出てやられて帰って来たな。

 などと思い出し、顔に出さずに嘲笑した。



 ハイラス側の遊撃隊が動き出したことは、ある程度戦場を気にしながら戦っている士官クラスであればおおよそ気づいた。

 というか全体で五〇〇程度がいる戦場で三〇の一個集団が動けば、まぁ勘の良い者ならだいたい気づく。

 例えるならば、全校生徒がグランドで運動会中に、一クラス分がごっそり外周移動を始めているのだ。

 これで気づかないわけがない。

 だが、気づいたからと言って対応できない事情がある。

 歩兵たちも騎士たちも、互いに相対する敵戦力がいるからだ。

「これは少々マズいか?」

 騎兵同士で乱戦になりつつある集団の中、ジズ公国騎士府長の老偉丈夫ホーテン卿が眉をしかめて呟く。

 今、歩兵同士の戦いは、劣勢ながらも均衡を保っている。

 逆に騎兵同士の戦いでは優勢なので、しばらく持ってくれれば片を付けてから応援に駆けつけて勝利をもぎ取ろうという算段であったのだ。

 ところがあの遊撃隊が歩兵陣の後方を突いて崩れたら、こちらが駆けつける前に敗北が決まるかもしれない。

「うむ……」

 すぐにでも駆けつけて遊撃兵を蹴散らしたいところだが、現在ホーテン卿は警戒されて数騎に囲まれているところだ。

 まずはこやつらをどうにかせねば。

 そう、幾らばかりかの危険を覚悟して愛用のグレイブを引き寄せた。

「ホーテン卿、行ってください!」

 と、そこへ駆け込み、ホーテン卿を囲む騎兵どもに奇襲をかける者がいた。

 自らも一騎を相手にしながら奮戦を繰り広げる、銀髪の壮年騎士ヴァーゲイトだ。

 彼もまた、遊撃兵の動向に気づいて危機感を募らせた一人である。

「おお、ヴァーゲイトか。だが、大丈夫か?」

 光明が見えた、とばかりに顔を無邪気にほころばせたホーテン卿は、かの者の乱入で隙を見せた騎兵の一人を背中から斬り捨てながら訊ねる。

 が、その顔に心配の影はない。

「はは、ご心配痛み入ります。が、このヴァーゲイト、府長より若うございますれば」

 まるで背中に目があるかのように、追ってきた騎士の一撃をスルりとかわしながらそう答えた。

 長年ホーテン卿の陰で目立たない御仁であるが、副長の位は伊達ではないのだ。

「くくっ、いいよる。ならここは任せた!」

 言うや否や、ホーテン卿は脱兎のごとく騎馬同士の戦場から抜け駆けした。

 目指すは言うまでもなく、動き出した敵の遊撃隊だ。



 その様子は遊撃隊の殿(しんがり)にいた兵にも見えていた。

「おい、一騎こっちに来るぞ」

「なに! 急げ、路地にさえ入ってしまえば騎兵など……」

 殿の報告に隊長は先を急がせる。

 急がせつつ、自ら敵の顔を確認しようと足を止めて振り返った。

「げぇ、ホーテン卿!」

 思わず悲鳴を上げていた。

 かの老騎士の名前と顔は、ハイラス伯国でも有名であった。

 なにせ何度か交流行事でやってきて、伯国随一のスプレンド卿と互角の勝負を繰り広げているのだ。

 今この時に対峙したくない敵兵ナンバーワンであることは間違いない。

「い、急げ急げ! 走れ走れ!」

 遊撃隊隊長は跳ねあがった心臓を抑えながら、また手の届くところにいた隊員の背をバシバシ叩く。

 ここでなで斬りにされては、遊撃任務は大失敗に終わりかねない。

 というか、任務どころではなくもっと切羽詰まったことに、鬼騎士の襲来は今そこにある死と言えるのだ。

 こうなれば自分が死を賭して時間を稼ぐか。

 遊撃隊の隊長が、そう覚悟を決めかけた時にそれはやって来た。

 鬼騎士ホーテンのちょうど真横から、どこからともなく現れた騎兵が突撃を掛けたのだ。

「おのれ、なに奴!」

 さすがの奇襲に馬の足を止めつつ突撃槍をかわし、ホーテン卿はキッとその騎兵へと視線を向ける。

 そのにいたのは、白髪交じりのブロンド髪を風になびかせた、ホーテン卿のライバルにしてハイラス伯国隋一の飛将、スプレンド卿であった。

「この機会を待っていた! さぁホーテン卿、決着をつけよう」

 その顔は、まるで少年の様に無邪気に笑っていた。



 スプレンド卿の登場は、大公執務室で観戦していた者たちにもどよめきをもって迎えられた。

「彼は海上にいたはずでは?」

 ザワザワと騒めく中、カスペル殿下がそう呟くと、やはり目を見開いて驚いていたエルシィもハッとした。

 ハッとして、取り急ぎ虚空モニターを元帥杖でちょいちょいっと操作する。

 映し出されるのは白いイルカに乗って船団を見張っている神孫の一人、バレッタだ。

「あ、お姫ちゃん。なに、どうしたの?」

 彼女にもこちらの様子が伝わっているのかいないのか、暢気にそう振り返った。

「あの! 船に乗ってたはずの将軍が、戦場にいるのですけど!」

 戦場を俯瞰して見ることが出来るエルシィだが、その個人個人まではさすがに把握していない。

 なればこそ、驚きの表情でバレッタに伝える。

 これはバレッタも寝耳に水だったようで、一瞬目を見開いて、それからジロリと錨を降ろす船団をにらみつけた。

「なに? どういうこと? あたし騙された? 沈めちゃっていいってこと?」

「ひっ!」

 八歳児のにらみに迫力などない。

 だが、そのひと睨みで甲板にいた士官は凍り付いたように背筋を伸ばす。

 彼女の言葉どおり、その気になればすぐに沈められることを知っているからだ。

「お、恐れながらお嬢様? わ、我々も将軍も何も嘘はついておりませんし、許可通りの行動しかしておりません」

 気まぐれでまたあの未知の魚影で船を破壊されてはたまらぬと、恐縮しながらもハキハキ応える

 バレッタのことをどう呼んでいいか迷ったが、今は一刻も早く弁解しなければ。

「将軍さんを行かせていいなんて、あたし言ったかしら?」

 詐欺師が自ら「騙しています」なんていう訳がない。

 バレッタはそういう目で士官をにらみ続けながら問いただす。

 士官はもうギュッと目を瞑ったまま、スプレンド将軍から言い含められていたままに口にする。

「輸送船が入港できないことを上陸将に伝える連絡係を一人、上陸させる許可をいただきました。

 ゆえに、上陸したのはスプレンド卿お一人きりです!」

 それを聞き、バレッタはあっけに取られてポカンと口を開け、数秒の後に両手で頭を抱えた。

「ごめんお姫ちゃん。あたしのせいみたい……」

 これは失態である。

 バレッタはバツが悪そうに振り返った。

 連絡係の一人くらいと許可したのは確かにバレッタで、その連絡係として陸へ上がったのがスプレンド将軍だった、という訳である。

「でも普通、将軍が自ら伝令係するぅ?」

「ぷ……くくく、ひーおかしい」

 このやり取りを眺めていたエルシィは思わず笑いを漏らした。

 皆が目を点にして視線を集中する中、エルシィはすぐに「こほん」と取り繕って口を開いた。

「いえ、これはもう仕方ありません。相手が一枚上手だったということで」

 バレッタは苦笑いを浮かべながら、もう一度だけ「ごめーん」と謝った。

戦場に送られたはずのアベルが出てこない……とお思いでしょうが

もうすぐ、もうすぐですから!


という訳で、次回更新は金曜を予定しております

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― 新着の感想 ―
伝令と言いつつそのまま侵略に加わってるのになんで相手の都合に合わせてやってるのか、これがわからない
[一言] 「げぇ、ホーテン卿!」←ホーテン卿のイメージ画像が急に中華風に… アベル君出番無し?ってなってたので安心しました
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