058一進一退
「撃てぃ!」
騎士府長ホーテン卿の号令一下、陣のあちらこちらから弓を始めとした飛び道具の攻撃が放たれる。
「始めとした」というからには飛ぶのは矢ばかりではない。
そもそも弓というのは習熟にとても手間暇がかかる武具であり、狩人でもない限り、それなりに裕福な家の者の為の道具である。
なので警士府の者は投石紐を使った遠投や、投射用の小槍などが遠距離攻撃の手段となるのだ。
またこの第一射に関しては、バリケード側にいる中距離支援部隊だけでなく、ハイラス兵を待ち構える歩兵たちからの投石も加わっている。
ゆえに、この初弾は雨霰の様な密度で前進するハイラス兵を襲った。
各々の矢玉が着弾するを確認し、ホーテン卿は忌々し気に舌打ちをする。
この矢玉による絨毯攻撃は一瞬、功を奏した。
盾をかざして前進する重装歩兵のハイラス兵だが、場合によっては死に至る可能性を秘めた攻撃に、さすがに少しばかり躊躇して足を鈍らせたのだ。
「ええい怯むな、前進!」
とは言え、それも一瞬のこと。
第一波が終わり、隊伍に左程の欠けがないことを見れば、どの兵もすぐに指揮官の声を聞き入れて前進を再開する。
実際、十分な装備を整えたハイラス側に大きな被害はない。
鎧や盾の隙間を縫ったり貫通した有効弾が、おおよそ二割。
更にそこから戦闘継続が難しくなる程度のクリティカルなダメージを受けた者となれば一人二人いるかどうか、というレベルである。
この結果にはホーテン卿も苦々しく口元をへの字にしたが、これも想定内である。
「中距離支援は第二射以降を自由に撃て! ただし味方に当てぬようよく狙えよ」
そう指示を出し、肩に担いでいたグレイブの石突を床に叩きつけた。
床とは彼が立つ馬車の屋根のことだ。
屋根など雨さえ防げれば良いのであまり丈夫とは言えない構造だが、ゆえに「ドン!」という良い音が響く。
「さぁ前軍の出番だ。わざわざ海を渡って来た野蛮な農夫どもを蹴散らすぞ!」
「おう!」
指揮官の声に応え、バリケード前に布陣した歩兵と騎兵たちが一斉に前進の構えをとる。
皆がそろって武具を動かすものだから、瞬間的に上がる「シャ」という金属音は、子気味良く揃って曇天に刺さった。
また空も応えるかのように、雨がポツリポツリと降り出した。
「吶喊!」
いよいよ互いが接近すると、ハイラス伯国の重装歩兵が槍の穂先を並べて小走りに進み出る。
「迎え撃て!」
対してジズ公国の防衛隊もまた長槍を突き出して応えた。
いよいよ両軍が激突するのだ。
「やはり我が軍は劣勢ですな」
苦々しく、思わずつぶやいたのは内司府長だ。
彼の声に頷きもせず、第四層の大公執務室に居合わせた面々はどれも食い入るように虚空モニターを凝視する。
確かに、ハイラス重装歩兵はジワリジワリと陣を進めている。
「まぁ、むしろ装備に劣る我が陣がよく頑張っているとも言えますな」
と、空の元気を振り絞る様に言うのは留守居役武官メリクスだった。
一律そろえられた重装の盾鎧と長槍を備えたハイラス伯国兵。
対するジズ公国側は急ぎ寄せ集めた軽装鎧の集団である。
これで数も向こうが多いのだから、一気に押しつぶされないだけ頑張っていると評価できるだろう。
しかし。
「勝たなければその評価も……」
意味ないな、と続けようとしてカスペル殿下は口をつぐんだ。
正論だが、トップが軽々しく言って良い言葉でもない、と自重したのだ。
「まだですよ!」
そこへ元気な声が響き、皆がその声の主に注目する。
「ほら、ホーテン卿が動きます」
声の主、エルシィは皆の視線を誘導するように指先をモニターへ向ける。
すると、確かに彼女が言うように、しびれを切らしたホーテン卿が足を踏み鳴らして馬車の屋根から飛び降りたところだった。
「騎士は俺に続け、側面から突き崩す!」
すぐ近くにつないであった愛馬に飛び乗り、ホーテン卿は咆哮を上げた。
いや指示の言葉であるが、それはまるで獅子の吼え声の様に戦場に響き渡り、敵味方含め何人かの兵は一時、身を竦めた。
これに慣れているのは普段からドヤされているジズ公国騎士府所属の者たちだ。
ここまで散発的に遊撃を行っていた正騎士たちは、すぐさま駆けて来るホーテン卿の周りに参集し、移動しながら突撃陣形を整える。
それは強固な方陣を組み固める敵に楔を打ち込む鋒矢の陣だ。
「突撃ぃ!」
自ら先頭に立つホーテン卿が、鋒矢の陣が完全に整うのを待つより早く駆け出した。
そんな彼の行動に面食らうでもなく、正騎士たちはよく着いていく。
駆けながらも陣形を整え一つの鋒矢と化した兵団は、移動鉄要塞のごとき方陣の側面へと突き刺さった。
騎馬兵の突進力は恐るべき破壊力を持っている。
想像してみて欲しい。
通行人でにぎわう道端を歩いているところに、バイクの集団が突っ込んでくるようシーンを。
兵たちは備え無き民に比べれば厚い鎧や盾を装備しているし、バラバラの烏合集団ではない。
とはいえ、突進してくる塊に対する恐怖たるやいかほどのものだろう。
現に騎兵の突進に正面する列の者たちは、重い鎧を引きずりながら何とか逃れようと道を開けたのだ。
こうなればしめたモノ。
「ほれほれ、死にたくなければ道を空けよ! 死にたい者から前に立て!」
ホーテン卿は自慢のグレイブを振り回しながら、逃げまどい込み合う方陣の野を駆け抜けた。
もちろん、後に続く騎士たちも言わずもがなだ。
「ええい何をしている! 騎兵はちゃんと歩兵を守れ!」
通り過ぎた騎士団という暴風により前後に分断された方陣を見て、ハイラス側の青年指揮官は髪を掻き毟りながら地団太踏む。
その声に歴戦の勇士の様な迫力はなかったが、それでもハイラス側の騎兵たちは命令に倣い、すぐさまホーテン卿率いる騎士集団へと殺到した。
「ちっ、もう一度とはいかんか」
突進力こそ強い鋒矢の陣形だが、囲まれて圧を掛けられると途端に身動きが不自由になる。
ホーテン卿を始めとしたジズ公国の騎士たちは、これでしばらく釘付けにされることになるだろう。
そうなれば一度分断されてダメージを受けたハイラス重装歩兵も持ち直す。
幾らか速度は落ちたが、ジリジリとした前進はまた再開された。
この隙に、ジズ公国サイドの中距離支援隊も飛び道具を捨てて前線に身を投じる。
これにより、騎兵戦はジズ公国側が、歩兵戦はハイラス伯国側が、それぞれ優勢に戦いを進めつつも、しばしの硬直が生まれた。
「そろそろ遊撃を出すか……」
ハイラス伯国の青年指揮官は苛立ちから爪を噛みながら、そう呟いた。
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