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057心配ご無用?

「どうやら敵さん、上陸を待たずに始めるみたいですね」

 港の上陸兵たちが隊伍を組む様を眺め、騎士府副長である壮年騎士ヴァーゲイトが言う。

 沖合に迫っていた輸送船が沈み行く様はここからも良く見えていたが、彼らは口角を上げることはしても騒めくことはなかった。

「ふむ。これで勝ち目も出て来たようだが、さて……」

 そう、呟くのは公国一の偉丈夫ホーテン卿だ。

 愛用のグレイブを肩に担ぎ、掌を眉にかざして海上を眺める。

 一隻がすでに上陸し、その後に一隻が沈んだとはいえあと三隻残っている。

 沈んだ船の兵員もあらかた救助できただろうし、そのまま上陸すればやはりこちらの勝ち目は極薄となるだろうに。

 なぜあやつらは上陸せぬのだ?

 その疑問が晴れない内は、あまり楽観する気にはなれない。

 なれないが、かといって敵の進軍をただ眺めているだけという訳にはいかないのだ。

 来るなら打ち返す。

 それが彼らの仕事である。

「ともかく我らは与えられたカードで勝負するのみよ。

 総員、備え!」

 急編成のジズ公国防衛隊もすでに迎撃準備はできている。

 そこに飛んだホーテン卿の言葉でさらに一歩、戦闘に向けて装備を引き締める。

 ある者は弓の弦を確認し、ある者は槍の穂先から鞘を外す。

 一晩、気を張り詰めていたおかげで、眠気を感じる者はまだいない。

 それはおそらく向こうもあまり変わらないだろう。

 いよいよ彼らにとって約二〇〇年ぶりとなる本物の会戦が始まるのだ。


 さて、ここで両軍の布陣を紹介しておこう。

 まず攻め手であるハイラス伯国軍。

 総数はおよそ三〇〇名。

 うち、十数名は騎兵、残りは重装歩兵という構成である。

 緒戦で幾らか数を減らした騎兵だが、一人でおよそ二〇~三〇の重装歩兵を指揮するのが彼らの役目である。

 ただ重装歩兵はほぼ一塊として前進してくるので、指揮というより伝達係と言ってもいいかもしれない。

 そのため、中央に重装歩兵群、その周りに騎兵が等間隔に配置されている。

 指揮官は少し後方で移動式の櫓に乗った、件の青年副官だ。


 対する防衛側のジズ公国軍。

 総数約二〇〇名のうち、騎馬兵である正騎士が二五。近衛士イェルハルドを含む飛び道具が得意な十数名で編成された中距離支援部隊。そしてフレヤ含む若干名の近衛士と多数の警士で編成された歩兵部隊だ。

 バリケード化された数台の馬車を壁代わりに中距離支援部隊が配置、その馬車の屋根に指揮官たるホーテン卿が立ち、前方は中央に歩兵群、左右に騎兵と言った布陣だ。

 なお、正騎士おつきとなる従騎士も二十五名いるが、彼らは今回補給部隊として働くことになった。


 そうして激突までの短い時間で状況をおさらいしていたホーテン卿は、盾を斜めにかざしつつ前進してくる重装歩兵に違和感を覚えた。

「数、少なくないか?」

 戦場の五〇〇名というのは上から見下ろすと確かに多くはない。

 が、ホーテン卿の疑問はそういうことではなく、敵軍三〇〇のはずが、どうにもパッと見、直感的に少なく感じたのだった。



 さて、ちょうどその様子を城で見ているカスペル殿下たちも同じ違和感を覚えていた。

 中にはエルシィが様子を映し出している虚空モニターを通して、粒のようなハイラス兵を一生懸命数えている者もいた。

 だが、皆が結論を出すより早く、エルシィがツルツルのあごを撫でながらつぶやく。

「むふ、ハイラスさんちの指揮官もなかなかやりますね」

「どういうことだい、エルシィ。何かわかるのかい?」

 そのつぶやきを拾ってカスペル兄殿下はすぐ訊ねる。

 もうさっきから「うちの妹、すごすぎない?」と鼻高々である。

 エルシィはふふん、と得意げに鼻息を吐いて虚空の画面を元帥杖で少しドラッグして見せた。

 ちょうど両軍が収まるように映し出していた画面が、今度はハイラス軍の少し後方を映し出す。

 そこは物資を集積しているテント付近だ。

「おお、これは……」

 カスペル殿下だけでなく、大公執務室に集まった諸卿(しょけい)らが小さく唸る。

 さらに元帥杖でちょいちょいと拡大して見せたその集積所には、軽装のハイラス兵が約三〇名ほど身をひそめていた。

 つまり三〇〇弱で攻めよせていると思ったハイラス兵は、実は二七〇だったという訳だ。

 ある程度集団を見慣れた者であれば、確かに違和感を覚える数だが、かといって即断できるわけではない。そんなギリギリのラインである。

「伏兵……いや遊撃兵か。

 姫様、この情報を騎士府長にお伝え出来ないのですか?」

 騎士府からの出向武官メリクスが訊ねる。

「出来れば一番いいのですけど……」

「む、先ほどおっしゃられていた『家臣登録』というやつですな?」

 応えてエルシィが困ったように頬に手を当てれば、メリクスもピンと来て頷いた。

 メリクスが察したように、家臣登録されていれば海上のバレッタとしたようにビデオ通話ができる。

 だが、していない場合はというと、

「広域放送ならできるのですけど」

 と、言うことである。

 メリクスや他の面々にとって初めて聞く言葉であったが、意味はなんとなく察することが出来た。

 つまり、戦場全体に伝えることなら可能、という訳だ。

「それは……難しい判断になりますな」

 注意喚起という意味なら伝える方が良いだろう。

 だが、企てている相手にも「作戦が筒ぬけだよ」と伝わってしまう。

 すると攻め手がせっかく減っている現状がまた変わってしまう可能性もあるわけだ。

 遊撃兵に対策さえできるなら、このまま泳がせた方が良いともいえる。

 では、そこのところどうなのか、と視線がまたエルシィに集まった。

「ま、何とかなるなる!」

 エルシィは皆の不安気な、それでいて期待するような目に応え、とても気楽そうに胸を張ってニパっと笑った。

 大公執務室の空気は、それだけで幾分重さを減らしたように思えた。

「ところでヘイナル」

 と、皆の注意がまたモニターに集まったその隙に、カスペル殿下が妹の近衛士をちょいちょいと指で招く。

「は? はっ、なんでありましょう殿下」

 一瞬気の抜けた声を出したヘイナルだったが、カスペル殿下のコソコソ声の意をくんでソロリと忍び足で寄った。

「エルシィがやけに元気ではないか?」

「……確かに」

 言われてみればその通りで、ヘイナルも自分の頭が十分に回っていないな、と眉をしかめた。

 ヘイナルとエルシィは昨日から登山で歩き詰めだったし、そのまま蛇神様との邂逅、そしてこの場への帰還で一睡もしていない。

 ヘイナルは若さと鍛錬で一晩くらい大丈夫だが、それでもやはり十分に血が巡っているとは言えない現状だ。

 そんな状況なのに、確かにエルシィの元気さは不思議と言える。

「……これも神々のご加護という訳か」

「だと、良いのですが……」

 二人の心配をよそに、モニターの向こうではいよいよ両軍が最初の接触を始めたようだった。

次の更新は金曜日の予定です

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― 新着の感想 ―
[一言] 家臣登録は効果を考えると味方全員しておきたいところ、単純に考えるとエルシイが国王になればいいのですけどちょっと無理がありそうですね
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