055とんでけ
ジズ城天守第四層大公執務室に集まった閣僚は、小さな姫君エルシィの家臣であるという少女がハイラス船団の一隻を沈める様を見せられ、ポカンと口を開けた。
もう何から疑問に思っていいのやら、と言う状況だ。
まず、そのシーンを見せつけたのは、大公執務室にポッカリと浮かんだ謎の光板。
現代人たる我らが見れば「液晶モニターの新製品かな?」くらいに思うかもしれないそれは、ファンタジー世界の住人たる彼らには神の御業としか思えなかった。
「エルシィ、これはいったい……」
呆然と虚空モニターを見つめていた面々だったが、やっと我に返ったカスペル殿下がそう訊ねる。
さっきよりよほど聞きたいことは増えたが、ともかくそう言うだけで精いっぱいだった。
エルシィはニパっと笑って元帥杖を見せつけるように突き出す。
「神の御業です! ティタノヴィア神の権能を授かっちゃいました!」
これはもう、誰もが唖然とし、しばし息をすることさえ忘れた。
皆が黙ってしまったので、という訳でもないが、エルシィはくるりと振り返って少年アベルへと向き直った。
日に焼けたセミロング髪の少年は、ハッとして畏まる。
「次はアベルの番ですね。行けますか?」
「はいお姫様。オレは姉ちゃんほどデカいことは言いません。
……でも、負けもしません」
眉をキリリと上げてそう応えるアベルに、エルシィは無言のままに頷く。
それから虚空モニターへと向き直り、元帥杖でその画面を軽くタッチした。
その途端、映し出された画像はハイラス伯国の船団から、大通り上に陣取った防衛線の様子に切り替わった。
「おお……」
また何度目かのどよめきが起こるがそれは無視して、エルシィは元帥杖でアベルの肩に軽く触れる。
そこからまるでパソコン上のファイルをドラッグ&ドロップするかの要領で、元帥杖を画面へとスライドした。
「とんでけー!」
こうしてアベルはまたもや光の粒となって虚空モニターへと吸い込まれた。
前線へと転送されたのだ。
エルシィがまた画像を切り替えると、今度は戦場となる港から街の大通りにかけて、上空から見下ろすような映像が映し出される。
それぞれの移動距離を測りやすいようになのか、それとも様式美なのか、画面には薄く六角形が連続した線が描き込まれている。
いわゆるヘックス画面である。
見る人が見ればいかにもシミュレーションゲームっぽい。
その画面をエルシィが「ふむふむ」言いながら眺めていると、十数秒の硬直から回復したカスペル殿下が声をかける。
「ちょ、ちょっと待ってくれエルシィ」
「なんですかお兄さま?」
「どういうことなのかもう少し説明してくれないか、お願いだから」
言われ、詳細な話を何もしていないことを思い出し、エルシィは「おぉ」と手を叩いた。
エルシィはもったいぶって周囲を見回す。
誰もが興味津々で聞く姿勢と言えた。
コホン、と小さく咳払いをして、手にしている元帥杖をもう一度掲げて見せる。
「これ、なんだかわかります?」
「大公家の家宝、いにしえの元帥杖ですな」
さすが国内外の祭典に詳しい外司府の長が自らの髭を撫でながら答えた。
ここでこの杖を見たことある者は、内外の司府長の他はカスペル殿下しかいない。
彼らは顔を見合わせて、それからエルシィに向き直って頷いた。
「そう、元帥杖です。
これは旧レビア王国において全軍総司令官の証として我がジズ大公家に下賜されたものですが、実は焔神ティタノヴィア様の権能を振るう神器だったのです」
ここまでおっけー?
と首をかしげてカスペル殿下を見れると、彼は頷いて短く「続けて」とだけ言った。
それに従ってエルシィは続ける。
「昨日、この元帥杖と国璽を託されて山の祠に避難した私でしたが、そこでティタノヴィア様にお会いしまして、元帥杖の所有者に認められたのです」
「つまり、その元帥杖とはただの身分証明証ではなく……」
「はい、全軍を率いるのに便利な機能満載の、まさにチートアイテムなのです!」
一同、今日何度目かの唖然顔である。
一部何を言っているかわからない単語も混じっていたが、おおよその事情は理解できた。
信じられるかどうかは別としてだが。
そしてやはりいち早く立ち直った賢いカスペルお兄さまがハッとして訊ねる。
「エルシィ。ではその杖の権能で守備に就いている兵たちを城に下げられないか?」
そう、さっきまでその話で彼らはひと悩みしていたのだ。
あんな簡素なバリケード前ではなく、城で防衛できれば、と。
船団の大半が足止めされたおかげで、上陸したハイラス兵は合計数約三〇〇と減ったわけだが、それでもジズ公国側が数で負けていることには違いないのだ。
ところが、エルシィはとてもしょんぼりとした顔で首を横に振った。
「とても残念ですが時間が足りません。
元帥杖でマップ間移動できるのは、私の家臣登録した方だけなのです。
今守備に就いている方々を登録するには……」
登録自体にはさほどの時間はかからないが、それでも二〇〇名を登録しようと思えば、一人一分だとしても三時間以上だ。
今はとてもじゃないがそんな猶予はない。
ちなみに登録済みであっても戦闘が始まればおいそれと動かせない。
そこもゲームっぽいな、エルシィを思わせたポイントだった。
「家臣?」
ふと思いついて、カスペル殿下はエルシィの近衛士として付き従っているヘイナルに目を向けた。
ヘイナルは不本意そうに頷く。
「『家臣でなければ一緒に移動できないので祠に置いていく』と脅されまして」
「そうか……まぁ緊急事態であれば、是非もない」
本来であれば大公家の家臣であるヘイナルが勝手に移籍するなど許されるものではなかったが、事情を察してカスペル殿下は同情しつつ聞かなかったことにした。
「脅してなんてないですよ」
エルシィはそんな二人の視線から目をそらし、鳴りもしない口笛を吹いた。
「各々方、そろそろあちらも始まるようですぞ」
少し弛緩した空気を破る様に声が飛んでくる。
発したのは騎士府所属のメリクスだ。
ハッとして虚空モニターに視線を移せば、まさに隊伍を整えたハイラス兵三〇〇が前進を始めようとしているところだった。
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