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054神の鉄槌

いきなり用語解説

船橋(せんきょう)=船の中央指揮所、ブリッジ、軍艦における艦橋

千葉県船橋市とは関係ありません

 ジズリオ島の港沖で停泊する輸送船団の一室にて、この侵攻軍総司令であるスプレンド卿は見張りの兵から報告を受けた。

「まず一隻目が入港を開始しました。そろそろ船橋へとお越しください」

 まだ早朝と言える時間だったが、スプレンド卿はすっかりと騎士の軽装備を身に着け、キラキラした目でその報に頷く。

「そうか、いよいよだな。さぁ、ホーテン卿との決着が楽しみだ」

 いかにも若々しい発言に、報告に来た見張りの兵士は怪訝そうに眉を歪める。

 見事なブロンドの髪はすでに幾らか白髪交じりのスプレンド卿は、若い頃はさぞやモテただろうという美丈夫だ。

 今や老いたとはいえ、鍛え抜かれた身体にはいささかの衰えも感じない。

 ハイラス伯国将軍府長。

 一般的には将軍と呼ばれるのが、このスプレンド卿だ。

 将軍職は軍事行動が発生したときに活躍する官職なので、騎士府の者たちはともかく、一般の兵士にあたる警士とほぼ関りがない。

 ゆえに、この見張りの兵士もスプレンド卿のこうした無邪気な人格は知らなかったようだ。

 知っているのは式典などで見かける、威風堂々とした将軍としての姿だけだった。

「おっと、君、すまなかったね。持ち場に戻ってよいぞ。私もすぐ船橋へと向かう」

 そんな視線に気づき、スプレンド卿は困った顔の兵士君をねぎらった。

 ねぎらい、彼が部屋から出て行くと同時に、ハンガーにかけてあるパリッとノリの効いたマントをばさりと羽織る。

 将軍の為にあつらえられた、式典用のマントだ。

 行軍中につけるものではないが、上陸前の景気づけには必要だろう。

「それにしても入港は一隻ずつか……

 全く、回りくどいな。これだから小さな島国は」

 と、一息つきながらつぶやく。

 五隻の輸送船がすべて一度に入港できれば話は早いが、あいにくジズ公国首都の港は狭すぎた。

 その港に地元の漁船とイルマタル号など、すでに上陸しているハイラス兵を乗せて来た船が入港しているのだ。

 さらに5隻など、とても無理なのである。


 そうしてスプレンド卿が指令室である船橋へと赴くと、そこには困惑顔でざわめく首脳部の面々がたむろしていた。

 怪訝に思いつつもマントを格好良く翻して指令席へとついたスプレンド卿は、そこで初めて疑問を口にする。

「どうかしたか? 誰か報告を」

「はっ」

 各々がここでやっと将軍の存在に気を留め、敬礼で迎える。

 本来なら上官が入ってきた時点でこの状況にならないといけないのだが、スプレンド卿は細かいことを気にする御仁ではなかったので、黙って右手を挙げて挨拶とした。

「で?」

 そうして促すと、顔を見合わせた将官たちが、おずおずと口を開く。

「それが、子供がいるのです」

「子供? 船内にか?」

 端的な報告を受け、スプレンド卿もまた困惑に首をかしげる。

 なぜ兵たちを輸送する船に子供? 密航か?

 そんなことを即座に思い浮かべるが、報告した将官はすぐさま否定する。

「いえ、その……海に」

「なんだと?」

 これにはさすがのスプレンド卿も頭が真っ白になった。

 輸送船団の将官が困惑するのも無理はない。

 ジズリオ島が近いとはいえ、ここは湾外だ。

 それを脇に置いたとしてもこんな夜明け直前という時間である。

 まだ泳ぐには幾分寒かろうし、波だって高い。

 せっかく報告を受けたが全く理解できないので、スプレンド卿は自分の目で確かめるべく、指令席から立ち上がった。

「その子供がいるというところに案内してくれ」

 スプレンド卿のこの言葉に、報告した士官は慌てて「こちらです」と、将軍を甲板へと導いた。

 船内の狭い階段をいくつか降り、二人は甲板へと出る。

 すると船員たちが船の縁に集まっているのが見えた。

「将軍閣下のお出ましである。そこを空けよ」

 案内役の将官がそう言うと、船員たちはすぐに帽子をとって頭を垂れ左右によけた。

 彼らは兵員ではなく純粋なクルーなので、敬礼はしない。

 ともかく、スプレンド卿はそんな彼らをしり目に船縁へと早足で歩み寄る。

 すると、眼前に広がる大海原に、確かに子供がいた。

 もう少し詳しく述べるなら、一〇歳にも満たないと思われる幼い少女が、真っ白なイルカに乗ってプカプカ浮いているのだ。

「なんだあれは」

 もうこの状況は困惑しかない。

 そうして絶句していると、当の少女がスプレンド卿に気づいたようで声を上げた。

「あなたが一番偉い人?」

「私が侵攻軍の司令官であるスプレンドだ。君は?」

 困惑は深まるばかりだが、問いかけられれば答えなければならぬ。

 しかもそれが幼いながらも女性であれば、彼の信条として無視するなど出来なかった。

 女性は出来る限り丁寧に尊重する。

 それは彼が祖父から言い聞かされ、これまでの人生でも実行してきて「絶対的に正しかった」と言える数少ないモットーの一つだ。

 はたして、少女はイルカの背に乗ってプカプカ浮いたまま、腰に手を当てて胸を張った。

「あたしの名前はバレッタよ。よろしくね。」

 バレッタと名乗った少女は、もったいぶる様に「コホン」と小さな咳払いをして更に口上を述べる。

「お姫ちゃんからの言葉を伝えるわ。

 『あなた方は我がジズ公国の領土と領海を侵犯しています。直ちに謝罪と共に撤退しなさい。さもなければ神の鉄槌が下るでしょう』」

 少女は言い切ってから腕を組んでフフンと笑った。

 スプレンド卿も、同じく今の言葉を聞いた将官や船員も、等しく目を点にした。

 まったくもって予想のつかない話を聞いたため、思考が停止したのだ。

 だがいち早く我に返ったのは、さすがの将軍閣下。スプレンド卿だ。

 子供のいたずらか?

 と思いもしたが、それにしては常軌を逸している。

 夜明け前のこんな時間に、イルカに乗った子供が海を行く。

 この時点ですでに尋常ではない。

 その上、その少女が述べるのは、おそらくジズ公国からのメッセージだ。

 曰く「侵攻をやめないと神の鉄槌が下る」である。

 神?

 神などが歴史に登場するのは、それこそ建国神話までさかのぼる話だ。

 何を馬鹿な、とスプレンド卿は鼻で笑った。

 笑い、船縁から少女を見下ろして口を開いた。

「お嬢さん、残念ながらその要求は受け入れられないよ。

 ここまで来るのにお金も手間もずいぶんかかっているんだ。

 今更『はいやめました』なんて出来るわけがない」

 出来るだけ解かり易くかみ砕いてそう述べた。

 もっとも、スプレンド卿は元々ものごとを難しく言う人物ではないので、これが素ともいえる。

 だが、残念ながらと言うか当然ながら、その返答は少女の意のはそぐわなかった。

「そう、ひどい目に遭うけど、それはいいってことね?」

「ご随意にどうぞ」

 神の鉄槌など信じない。

 ゆえにスプレンド卿は肩をすくめてそう答えた。

「わかったわ」

 バレッタと名乗った少女は、残念そうなそぶりで首を振る。

 そして腰を少しかがめて右手を海面下へと沈めた。

「トルペード!」

 叫びが海面に響くや否や海面に謎の航跡が現れ、真っすぐにスプレンド卿が御座する船へと伸びる。

 その速度たるや、まるでマグロが泳ぐがごとく。

「なんだあれは!?」

 またもや埒外の出来事に、ついスプレンド卿は声を上げる。

 が、当然、答えられる者などいない。

 その上、もしアレが何かを知る者がいたとしても、答えるより早く謎の航跡は船へと激突した。

 大きな水柱と衝撃で輸送船が激しく揺れる。

 この揺れで船縁にいた将官や船員の何名かは海に投げ出された。

 何とか捉まって堪えたスプレンド卿だったが、やはり彼もすぐさま海へと身を投じる羽目になる。

 なぜなら、水柱が収まり目に入って来たのは、船の横っ腹に開いた大きな穴だったからだ。

 当然、穴から大量の海水が流れ込み、そこにいた船員たちが流される。

 船も傾き始める。

「これはマズい、総員退避だ!」

 スプレンド卿はハッとしてそう指示を飛ばすと、自らも急ぎ、反対側の海へとダッシュして飛び込んだ。



 それからしばらくは、船団挙げての大騒ぎだ。

 将軍の御座船が謎の転覆を果たし、他の船は投げ出された将兵と船員の救助に当たり、上陸へ向けて準備を進める暇などなかった。

 ようやく落ち着き、新たな御座船となった次席船の甲板で毛布にくるまったスプレンド卿が見たのは、またもや白いイルカにまたがってプカプカと海面を漂う少女だった。

「将軍さん、まだお姫ちゃんの言うこと聴けないかしら?」

 言いながら右手で海面をもてあそぶようにかき混ぜるバレッタの姿に、スプレンド卿は打ち震えながら声を上げた。

「わ、解った。要求を受け入れる。

 しかしこんな状態なのですぐに引くのは無理だ。せめて避難上陸させてくれ」

 とは言え、そこは将軍職ほどの男である。

 上陸さえしてしまえば、と言う打算からそんなことを言う。

 そんな様子を読んだかどうか、バレッタは肩をすくめて首を横に振った。

「ならしばらくここで漂っていて。少しでも陸に近づいたら、バーン、だからね」

「……言うとおりにしよう」

 今度こそ、将軍は観念して頭を垂れた。

 まぁ、一隻だけでも入港できたのは幸いか……。

次回の更新は来週火曜を予定しております

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[一言] 一時休戦?このまま諦めて帰ってくれれば楽ですが果たしてどうなるのか
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