051初めての家臣
「あ!」
三つの幼い声と青年の声が重なった。
蛇神様の遠い孫として紹介された幼い姉弟と、エルシィ主従のものだ。
声を上げ、バレッタ、アベルと呼ばれた姉弟、そしてエルシィは慌てて口を塞ぐ。
「なんじゃ、互いにもう見知った仲か?」
蛇神ティタノヴィアは、きょとんとした風でそんなことを問うが、姉弟は無言でエルシィを見る。
当のエルシィは口を塞いでいた手をどけて思案する。
この姉弟はエルシィが港の視察と称して、アジフライを作った時にひょっこり現れたあの姉弟だ。
ただあの時の様子からして正体が露見することを忌避しているのは明らかだった。
なるほど、神孫だからか。
とエルシィは納得して、そして眼前の爺孫を見比べる。
ティタノヴィアはすっかりジト目と変わって孫たちを眺めている。
どうやら正体露見を戒めているのは、この爺神様と言うことなのだろう。
バレッタとアベルは脂汗を滲ませながら、無言でエルシィに懇願の瞳を向けるばかりだ。
きっとバレたら怖ーいお仕置きだべさ。
エルシィは何んとなしにシニカルなため息をついて、そして改めて蛇神ティタノヴィアへと平身低頭する。
「いえ、蛇神様。私の勘違いだったみたいです。似たような子を見た気がしたので」
「ふむ、そうか。まぁ創造神がデザインにズボラじゃったせいで、下界には似た顔の人間が三人はおると言われておるからの」
すんなり信じたティタノヴィア神に対して「それでいいのか」と思いつつも、巷で言われる慣用句の理由ってそれだったの? と驚きを隠せないエルシィ主従だった。
と同時に、裁定を待つ態だった姉弟は脂汗を拭ってホッと安堵の息を吐くのだった。
そうして「互いに初対面」という共通理解が形成されたところで、改めて姉弟が数歩前に出る。
まず姉が口を開いた。
「あたしがバレッタよ。海のことならあたし任せて」
まるで太陽のように輝かしい笑顔だ。
日に焼けたような薄茶色の短髪がよく似合う、活発そうな少女である。
たしか海で見た時は、何やらミサイルの様なものを巨大イカに打ち込んで証拠隠滅に勤めていたっけ。
……イカフライが作れなかったのは残念だった。
と、連鎖的に思い出し、エルシィは自然に湧いて出る唾液を飲み込んだ。
木の実は食べたがまだまだ空腹なのだ。
続いて弟の方がエルシィの前に出て膝をつく。
「アベル、なにやってんのあんた」
そんな様子にバレッタは不思議そうに首を傾げた。
「何って、姉ちゃん。オレたち、このお姫様の家臣になるんだぜ?」
また姉が馬鹿なことを、とでも言わんばかりに呆れた顔でのたまい、そして改めてエルシィに向かって頭を垂れた。
「オレ……いや私はアベルです。剣には……多少、自信があります。よろしく……お願いします」
よく日に焼けた黒い肌と、肩より下まで伸ばした黒い髪が印象的な少年だ。
言葉はぎこちないが、丁寧語や敬語に慣れていないせいだろう。
その端々に真面目さがにじみ出るようだった。
「この二人は双子の姉弟での。歳はたぶん姫さんよりちょっと上かの?」
自己紹介を終えた二人を押し出し、ティタノヴィアが言う。
「今年で八歳になります」
と、意を汲んだようにアベルがそう続けた。
この言葉でエルシィは少しだけ憮然な表情を覗かせた。
慌ててヘイナルは咳払いと共に口を開く。
「我が姫様も御年八歳であらせられます」
「なんだそうじゃったか。小こいからてっきり」
ティタノヴィアは声をあげて笑い、双子の姉弟は顔を見合わせて、そしてもれそうになる笑いをこらえた。
「さて、これでワシからの援助はすべてじゃ。ワシの曾々々々々……なんじゃったかの?」
テンドンは基本だ。
丈二の時に己の父から聞いた、そんな言葉を思い出すエルシィだった。
「もうお爺ちゃんそれはいいから」
「姫様、これはお爺様の持ちネタみたいなものなので、気にしなくていいです」
やはりネタだったのか。
エルシィは愛想笑いを浮かべて返事とした。
ちなみに繰り返しネタを「テンドン」と呼ぶのは、天丼にエビの天ぷらが二本乗っていることが由来とか。
とは言え、丈二はエビが一本しかない天丼も食べたことがあるので「ホントかな?」という気持ちでその説を聞いたものだ。
というか天丼食べたい。
と、思ったところで、ヘイナルに口元をハンカチで拭かれた。
どうやらよだれが出ていたらしい。
ともあれ、蛇神様は気を取り直して威厳あり気な態度に戻り、鷹揚な口調であらためて述べた。
「コホン。……ともかくワシの孫と共に、お主の国を守るがよかろう」
エルシィとヘイナル、そして新たに家臣となった双子は、仰々しく膝を床につき、「ははぁ」と頭を垂れるのだった。
お山の主神が社殿の暗がりへと去っていくと、そこには四人の主従が残った。
まず口を開いたのは、黒髪をふわりと揺らして振り返ったアベル少年だ。
「お姫様、これからどうしますか?」
「どうするも何も」
と、その言葉にすぐさま口をはさむのは、活発そうな姉バレッタだった。
「やって来た敵をぶちのめして追い出すんでしょ? そんなこともわからないなんて、アベルはダメねぇ」
「そ、そんなことは解ってるよ。でもオレたちはお姫様の家臣なんだから、命令を出すのはお姫様だろ」
不満そうに口をとがらせ、アベルは反論を飛ばす。
バレッタは「はいはい」と肩をすくめてエルシィへと顔を向けた。
姉弟とヘイナルの視線がエルシィに集まる。
だが、エルシィには先に確認すべきことがあった。
「その、二人はいいの?」
問われたアベルとバレッタは、きょとんとした顔で首をかしげる。
どうやら質問の意図がわからないようなので、エルシィは思っていることをそのまま口にした。
「蛇神様の孫ってことは、二人も神様でしょ? 私は大公家の者とは言え人間です。その人間の家臣になれって言われて、納得してる?」
そう、これがエルシィの疑問であった。
丈二だった頃は会社人であったから、時には出来の悪い上司の下につくこともあった。
彼自身はあまり気にしない質であったが、同僚にはそのことが不満で仕方がない、と言う人も良く見かけたものだ。
対し、今回の件は、人間と神と言う、完全に隔たる存在である。
二人は本当に納得してついてきてくれるのだろうか。
だが双子の姉弟は顔を見合わせて首を傾げ、そして答えた。
「別に、お爺様に言われたことだし、こういうのよくあるって聞いてたし、特に反発はないよ……ないです。
オレは、言われたことをやるだけです」
「それにお姫ちゃん、勘違いしてるわ」
「?」
エルシィがバレッタの言葉に疑問符を上げると、彼女は得意そうに胸を張った。
「お爺ちゃんは神様だけど、あたしたちは違うわ。半神……でもないわね。ちょっと神様の血を引くただの人なのよ」
なぜそのような言葉に胸を張るのかわからないが、それでもエルシィは得心が言ったと頷いた。
そもそも賢そうだから失念していたが、二人は八歳なのである。
「大人の言うことが絶対」とは言わなくとも、理由ありきの反抗をするほど、まだ世間を知らないのだ。
ならば、とエルシィは気持ちを切り替え、彼女が入って来た社殿の扉へと振り返った。
「ではアベル、バレッタ。それからヘイナル。我が国へと攻め入ったハイラスの野蛮人たちを追い出す手伝いをしてください」
「はい」
「任せて!」
真面目な二人と、自信に満ち溢れた一人の返事が、薄暗い社殿に響いた。
作中でヘイナルとエルシィを「主従」と表現していますが、厳密にはヘイナル、そしてフレヤ、キャリナなどは公国の臣であってエルシィの家臣ではありません
アベルとバレッタはエルシィ初の家臣と言うことになります
まぁフレヤは家臣のつもりでいますが……
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