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005お嬢様への道

「まだ熱が下がっていないことになっているのだから、寝ていてくださいませ」

 簡単なすり合わせが終わると、エルシィはキャリナによってベッドに押し込まれた。

「病気でもないのに寝ているなんて、暇なんですけど」

「対外的には病気なのですから、我儘言わないでください」

 エルシィは反攻して立とうとするところに上から掛布で蓋をされ、寝ころばされ、つい声を上げた。

「きゃふん」

 まだ小さく、大人のキャリナに逆らえるはずもなく。

 仕方ない、とエルシィは掛布をかぶって目を瞑った。

 だが、身体が子供だからだろうか、それとも元の社畜根性だろうか、ともかくエルシィは目が覚めているのにジッとしているのが落ち着かなかった。

 病弱だったと聞いたが、今のエルシィには健康への不安はあまり感じられない。

 旧エルシィの話によれば、「病弱の原因は魂の欠損による」とのことなので、その魂が入れ替わった今となっては、病魔に対する抵抗力は「人並みにはある」ということなのだろう。

 ふと、そんなことを考えていると、やっとひと仕事終えたという風のキャリナが近くの椅子に座る様子が感じられた。

「では私はフレヤと交代して、扉の前に控えております」

 二人のそんな様子に苦笑いをこぼしたヘイナルは、胸の前に手を添えて軽く礼をするとクルリと身を翻して部屋から出て行った。

 扉の外では何やら話し声が二、三言聞こえたので、扉の前で番をしていたフレヤと業務連絡でもしているのだろう。

「ねぇキャリナ」

「なんですか?」

 ベッドから身を起さず、静かに目を開けて声を掛けた。

 返事をしたキャリナは早々に何か手仕事を始めている。裁縫か何かのようだ。

「わたくしの近衛士はヘイナルとフレヤだけ?」

「はい。城内では二人が交代で任に当たります。外出などがある場合は二人とも付いていきますが」

 ふーん、国を治める一族の護衛にしては少なくない?

 などと思いつつも、それ以上に気になる言葉が出たので、ガバっと身を起こした。

「え、城? ここ、マジお城なの?」

「寝ててください」

「きゃふん」

 おでこを押し込まれて、またベッドに転がされた。

 このメイドさん、何気に強い。

 いや自分が弱いのか。

 などとちょっと嫌な汗をかいて掛布を胸元まで引いて寝なおす。

 だが、さっきよりさらに心と身体が落ち着かなかった。

 くそう、探検したい。

 それがエルシィの正直な気持ちだった。

 城、城郭、それは男のロマンである。とは上島丈二のごく個人的な意見だ。

 別に城マニアと言う訳ではない。

 ただ丈二の父方の祖父母は小田原に住んでいた。

 幼少の頃、夏休みなどに家族で出かけるのは決まって祖父母の家あり、その度に小田原城へはよく象を見に行った。

 なぜ象?

 と思われるかもしれないが、小田原城と言えば象なのだ。

 そういうものなのである。

 そんな原体験が刷り込まれているせいもあり、丈二にとって城とは特別な感情を持つに足る存在なのである。

 資料をあさったり研究したりと言うことは無いが、赴いた街の近くに城があれば欠かさず観光する。

 その位には好きだった。

 まぁ、見た感じここは日本ではないので、西洋風の城なのだろうか。

 内から外から見たい。探検したい。

 その気持ちは寝転がっているうちに、どんどん膨らんでいった。



 エルシィもキャリナもよく耐えた。

 エルシィは探検したい心を抑え、キャリナはベッドの中でうずうずソワソワする姫に注意したい気持ちを抑えた。

 だがそれも昼までだった。

「仕方がありません。昼食後に少し城内の散策に行きましょう」

「やった、これで勝つる!」

 喜びのあまりベッドから飛び起きて立ち上がる。

「お行儀が悪いですよ」

「きゃふん」

 と、またもや鬼と化したキャリナに転がされるのであった。

「ともかく、まずは昼食が先です。そこでカスペル殿下にお目見えしましょう」

「うほ、新キャラ……ですわね、おほほ」

 言いかけて睨まれ、慌てて言葉を直すエルシィである。

 キャリナから扉前のヘイナルに言伝(ことづ)てされ、さらにヘイナルから申次(もうしつぎ)と呼ばれる小者へと伝達された。

 申次(もうしつぎ)とは城内などで用事用件の伝言を行う役職で、主に城内に住まう者の子女などが務める。

 言わばお役目に着く前の見習い職だ。

「それで、カスペル殿下とはどなたでしょう?」

「あなたのお兄様ですよ」

 ようやくベッドから出ることを許され、キャリナに着替えさせられながら問えば端的な答えが返ってきた。

 なるほど、と頷いてみる。

 殿下とは、だいたい国王などの下、閣下と呼ばれる閣僚の上。そんな立場の者につけられる敬称だ。

「とどのつまりこの国の王子様と言うことですね」

 なるほどなるほど、と納得していると、キャリナからはちょっと怪訝そうな目で見られた。

「この国に王はいませんから、『王』子ではありませんよ。強いて言うなら公子でしょうか」

 この国は公国であり、王国ではない。

 王国を治めるのが国王ならば、公国を治めるのは大公だそうだ。

 その辺、どう違うのかエルシィには解らなかったが、それはおいおいでいいだろう。

 すると姫と呼ばれちゃいるが、自分は公女かな?

 まだちっちゃいから小公女かもしれない。

 うわ、ミンチン院長にいじめられそう。

 などと考えている間に着替えは終わった。

 着替え初めには「一人で出来るもん!」と抗議もしてみたが、貴人が一人で着替えるなどもっての外だ、と叱られた。

 そんなもんか、と、気恥ずかしく感じながら支度を任せるしかなかった。


 着替えて髪を整え、細々とした身支度が終わるとエルシィは確かに姫であった。

「これがわたくし!?」

 などと、鏡を見ながら軽いノリで驚いてみる。

 ちょっとお道化てないとダメージが大きいのだ。おっさんとして。

 さて、先ほどまでのザ・パジャマと言わんばかりのワンピースから、白いレースが幾重にもついたパステルカラーの服へと替わり、長い薄金色の髪は何本かに編み上げられ、後ろで巻く様に盛ってある。

 重心が高くなってちょっと頭がふら付く感じがしないわけでもないが、随分と飾られたものである。

 現代風に言うならば姫ロリファッションだろうか。

 まぁ現在進行形でロリキャラだけどね。

 などと愚にもつかないことを考えながら、キャリナに振り返る。

「兄に会うだけで、こんなオシャレ必要かしら?」

「たまの事ですから、これくらいは良いでしょう」

 そう言うことらしい。

 言われてみれば、たしかエルシィは病弱だったらしいし、家族との交流もあまりなかったのかもしれない。

 大公陛下や公子殿下ともなれば、普段からお忙しいだろうし。

 そのようなやり取りをしているうちにしばらく過ぎたようで、部屋の扉がノックされてヘイナルからの呼びかけが上がった。

「エルシィ様、昼食の準備が整ったそうです」

 よっしゃ飯や、と椅子から立ち上がろうとしてキャリナに押し戻される。

「姫様、自分で勝手に立ち上がらないでください。侍女が手を差し伸べますので、それを取って初めて立つのです」

 ……公女道はなかなか厳しい。

今週の更新はこれで終了

また月曜にお会いしましょう

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― 新着の感想 ―
ウメ子、知らんかったわ。
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