471ホーテン卿と一騎打ち
トラピア子爵国騎士長サイは、砦の前でセルテ軍の非をあげつらえ、「まだその心に誇りがあるなら一騎打ちを受けよ」と言い放った。
言ったはいいが、サイはここで「はて」と少し困った。
将なのか代理人なのかはともかく、一騎打ちに応じるとなれば相手にもそれなりの支度がいるだろう。
女性の化粧ほどではなくとも、軍人武人が一騎打ちに出るための準備にはそれなりの時間がかかる。
つまりだ、その待ち時間をサイは持て余したのだ。
こんなことは今まで読んできた歴史書にも物語にも書いてはいなかった。
書いてはいなかったが、今この時に際し「ああ、当然こういう時間はあってしかるべきだったよなぁ」とサイは困惑気に眉をしかめた。
たかが十数分という時間ではあるが、待ち時間というのはやけに長く感じる。
さて、待っている間、誉れ高き騎士としていかに過ごせばいいのだろう。
サイはそう言う余計なことを考えつつ、馬上で腕を組みうーんと唸った。
これが傍から見ると「言うべきことを言った後は静かに相手の返事を待つ」という神妙で落ち着いた態度に見えたというから怪我の功名である。
まぁ、言い放った理屈が全くメチャクチャなのだが、という注釈をつける者が敵味方に数多くいるという点が玉に瑕ではあったのだが。
ともかく、そうして十数分が過ぎると相対している砦の正面門がゆっくりと開いた。
開いていく左右のドアスラブの間から見えるのは一人の騎兵だ。
ああいえばセルテ勢も一騎打ちに応じないわけがないと信じ切っていたサイは、それを当然のモノとして見つつ、相手の顔姿を確認してやろうと凝視する。
威風堂々、とはこの騎兵の為にあるのではないか。
そんな錯覚を覚えるほどに堂々とした威容であった。
まず馬が立派である。
サイの乗る馬もトラピア国では上位にいる素晴らしい軍馬ではあるが、その二回りほど馬体が大きく、そして眼光が鋭い。
そしてその上に跨るのは、馬にも負けぬ筋骨の重厚さを感じさせる男だ。
ピンと伸びた背筋からは想像つかないが、顔に刻まれたシワを見れば、さほど若くもないということが判る。
「貴様が将か!」
サイは気が逸り、まだ扉の間から出てきてもいないその騎兵に問いた。
が、その騎兵は聞いているのか聞こえていないのか、砦外の景色を一望するかのように視線を回している。
無視された。
サイはそう感じ、また頭に血が上った。
だがここで激昂して見せては、誉れある騎士として品がない。
傍から言わせれば「今更か?」というなことを考え、サイはあえて笑って見せた。
「こんなジジィが将とは、どうやら悪姫が治めるようになってセルテ侯国は人手不足らしい。
善人は皆逃げ出したのだろう。大国もこうなっては片なしよ」
今度は聞こえたのかそれとも聞き捨てならなかったのか、その騎兵は周囲に巡らせている視線を止め、サイに目を向けた。
その目は非常に冷たく、ともすれば呆れ返ったような色をしていた。
「このホーテンをジジィとは、よう言うた小僧。
ではそのジジィの相手、篤としてもらおうか」
言い放ち、ジジィーホーテン卿は手にしていた穂の大きなグレイブから穂鞘を払った。
「ホーテンだと!? 鬼騎士ホーテンか!」
サイは歓喜に震え、思わず叫んだ。
トラピア国では一の武芸者と称えられるほどとなったサイにとって、大陸西部に広がる旧レビア王国文化圏において最強と名高いホーテンと戦うことは、この戦の個人的な目的の一つでもあった。
それがまだ国境を越えただけのこんな早い時期に叶うとは。
できればもっと、例えばセルテ領都に攻め入った時など、佳境と言える段階で当たりたいカードではあった。
その方が将来彼の伝記が描かれる時に華々しいエピソードになろう。
だがこうなっては仕方ない。
せいぜい俺のスターダムロードの踏み台となってもらおう。
「トラピア子爵国騎士府長サイ、参る!」
「なんの、ジズ公国が公女エルシィ様の一の家臣ホーテン、お相手仕ろう!」
両者名乗りを上げ、そしてそれぞれが騎馬に踵を入れる。
すると馬たちは各々の主人の意を受けて駆けだした。
近づき、両者は手にしたグレイブをトップスピードから打ち合わせる。
ガキン、という金属同士がぶつかり合う激しい音がした。
見る者の網膜を焼くように火花が散り、そしてサイのグレイブがはじき返された。
「なんだこの重い斬撃は!?」
サイが驚くのも無理はない。
そもそもホーテンの操るグレイブは、彼の持つそれの三倍以上の重さがある。
その重い武具を難なく操る臂力は、かのサイをして想像を絶する。
だが驚き負けている場合ではない。
サイは気を取り直しておのれのグレイブを構えなおす。
いや、構えなおそうとした。
「遅いわ」
その刹那。彼の左からフルスイングされたホーテンのグレイブが襲った。
「ぐほっ」
幸か不幸か、穂ではなく柄の部分がサイの腹部を殴打し、彼は「く」の字に折れ曲がり、たまらず騎馬から落ちた。
「……まさか、これで終わりではあるまいな?」
一瞬内臓がひしゃげたせいで息もできず地面でもがくサイを見下ろし、ホーテンは困惑と怒りをまぜこぜにした表情でそう言った。
続きは金曜に




