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047空腹からの

 午前中には城を出て祠を目指したエルシィと近衛士ヘイナルだったが、夕刻が迫る中、未だ祠へは辿り着けていなかった。

 というのも、そもそも祠がある標高二七〇〇m付近へは、登山の準備をした大人でも朝から夕刻までかかる道のりなのだ。

 体力の無い子供を連れたやっつけ登山では、その道のり七割を踏破しただけでも褒められるだろう。

 この功績はひとえにヘイナルのものである。

 なぜなら、エルシィは三割踏破をしたあたりからヘイナルに背負われているからだ。

「いつもすまないねぇヘイナルさんや」

「何を変な言い回しをしてるんですか姫様。

 まぁ、ホーテン卿に叱られてからは、姫様を運べるよう鍛えてますから」

「ほほう、それは大儀です」

「お褒めに与り恐悦至極にございます」

 疲労もかなりたまっているだろうに、それでもまだ口を利く余裕はあるようだ。

 というかむしろ、こう気楽なことでも言っていないと挫けそうなのかもしれない。

 と、そんなところでエルシィのお腹が小さく「くぅ」と鳴った。

「……朝から何も食べてませんからね」

 ヘイナルがため息交じりにそうコメントする。

 食べてないのはヘイナルも同じだ。

 さすがに急いでいたからと言って食料も持たずに出るのは無謀過ぎた。

 水は、所々に清水が湧いているので何とかなっているが、絶対的なカロリー不足は如何ともしがたい。

「少し休憩しましょう」

 エルシィは考えてからそう提案する。

 今の自分はヘイナルに運ばれているが、そのヘイナルがハンガーノックで倒れようものなら目も当てられない。

 ハンガーノックとは、激しいスポーツで身体のエネルギーが不足して低血糖状態になることを言う。

 こうなるともう動くことも困難となる。

 今のヘイナルでは、いつこの状態になってもおかしくないだろう。

「しかし」

「いいから」

 ハンガーノックなど知らないヘイナルだが、「今休んだら立ち上がれないかも」という懸念があって反対しようとした。

 が、エルシィは言葉を重ねる様に封殺し、ヘイナルの背からひょいと飛び降りた。

「エルシィ様!?」

 慌てて護衛対象の様子を探すヘイナルだが、今まで背負われていた分、エルシィはかなり元気が回復している。

 ゆに岩だらけの坂道に危なげもなく降り立ったエルシィは、すぐさま周囲を視線だけで探索した。

「まだ森林限界ではないですね」

 標高が上がり、生えている木々はかなり少なくなっている。

 それでもさっき鳥が飛んでいるのを見たので、食べられる何かがあるかもしれない。

 木の実でもあればベストなんだけど。

 と、エルシィが目を凝らすと、灰色の雲と焦げ茶色の木々の合間に、何か小さな赤いモノが見えた気がした。

「あった!」

 言うや否や、エルシィは慎重に足元を見ながら駆け出す。

 ヘイナルはおろし掛けた腰を浮き上がらせてその後を追う。

「あぶないですよ姫様!」

「ヘイナルは休んでいてくださいって」

「そう言う訳にはまいりません」

 結局、エルシィの見つけた赤いモノの場所まで五〇mほど、二人で進んだ。

 斜面をほぼ横ばいに移動して見えてきた赤いモノは、木の実で間違いないようだ。

 そこだけ数本の木が集まって生えており、その枝に生っているのが小さな粒が集合したような赤い実である。

「食べられそうですかね?」

「さて、どうでしょう。

 いつもなら私が毒見すればいいでしょうが、ここで私が倒れると……」

「間違いなくわたくしも死にます。飢死か凍死か判りませんが」

「ですね」

 そこは二人とも自信をもって言えた。

 と、そこへどこからか飛来した小鳥が、枝の実を啄み始める。

「あれを見てください!」

 喜び勇みエルシィが指差せば、ヘイナルの表情もまた灯りが差したように綻んだ。

「鳥が食べるものなら人も食べられるでしょう」

 そう言い合い、それでも恐る恐るという態で粒々の赤い木の実を口に入れた。

「すっぱ!」

「これはかなり……。

 でも背に腹は代えられませんね」


 こうして何とか口に出来るものを見つけたおかげか、この後三〇分ほどの休憩でかなり体力は回復できた。

 幸い、すっかり空が暗くなるころには雲も切れ始め、どんどんきつくなって行く岩だらけの山道を月あかりが照らしてくれた。

 それからさらに数時間。

 エルシィはヘイナルに背負われ、時に自分の足で、まるで崖のような山道をゆっくり慎重に登って行った。

 その最中、なにやら岩の向こうから立ち上る煙を見つけた。

 それはちょうどこれからちょうど向かう先だ。

「ヘイナル、山火事でしょうか?」

「いえあれは温泉でしょう。確か祠の近くに沸いていると聞きました」

「なら祠ももう近くということですね!」

 喜びに声と頭をあげたせいで、重みで後ろに転げ落ちそうになる。

「おっとっと」

「あぶない!」

 これはヘイナルが飛び込んで間一髪だったが、おかげでヘイナルは全身土塗れになってしまった。

 ただでさえ汗でドロドロだったので、もうこうなると高貴な人物の側仕えには見えない。

「あの、温泉入っていきますか?」

 申し訳なさからエルシィはそう提案してみる。

「ありがとう存じます。ですが今は、まず祠へ急ぎましょう」

 もう何かを悟ったようなスマイルでヘイナルが言うものだから、エルシィはそれ以上何も言わずに続けて崖のような坂をよじ登った。


 それからさらに小一時間ほどかかって、ようやく祠にたどり着いた。

 祠とは言うが、その規模は社殿と呼んだ方が良いだろう。

 質素ではあるが厳かな雰囲気が漂っており、決して粗末な作りではない。

「ここまで建材を運ぶのも相当な苦労ですよね」

 エルシィはこれまでの道程を思い出しつつ、ついそんな感想を呟いた。

 ヘイナルもそれには同意だったようで大きく頷き、自らの感想も口にする。

「とてもではありませんが私には真似できません。

 昔の方々の信仰心とは、感心するほど凄いものですね」

「さて、では入りましょう」

 と感心している隙に小動物の様にチョコマカとしたエルシィがそそくさと社殿の扉に手をかけた。

 慌てたヘイナルがそれを制して前に出る。

「姫様、私が先に」

「ああ、そうですね。お願いします」

 ヘイナルが頷いてそっと引いて開く。

 すでに時刻は夜半過ぎ。

 それゆえに月明かりが届かぬ祠の中は、まるきり闇に閉ざされた深淵のごとき暗さが支配していた。

「明かりを……」

 まずヘイナルは入り口付近にてロウソクなどを探してみる。

 館や寮ならそのあたりに用意されているのできっとあるはずだ。

 とあたりを付けて手探りで数歩だけ進んでみた。

 すると、暗がりの奥で何かがズルリと音を立てて動く気配を感じる。

 ヘイナルは眉根を引き締め、急ぎ腰の短剣へと手をかけた。

「何者か」

「人の祠で『何者か』とは、ずいぶんな物言いだの」

 その何かはヘイナルに応え、そう述べた。

ムクドリの様に毒性のある実を食べる鳥もいますのでご注意ください。

この度のエルシィやヘイナルは運が良かったのです。


次回更新は金曜日です

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