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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第五章 戦争の季節

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468ホーテンの叱咤

「帰ったか。ご苦労だった」

「お疲れ様です」

 夜襲を終えエルシィの「とんでけー」によって一瞬で砦前まで戻ったデニス正将率いる一〇〇名からなる部隊は、ホーテン卿と隻眼のフォテオス、そして砦に残っていた兵たちによって丁寧に、そして歓喜をもって出迎えられた。


 元々砦詰めの少数の兵と夜襲に出動しなかった残り一〇〇名は、砦での夜勤などに組み込まれて職務に励んでいる。

 すでに夜番交代の為に休んでいる者もいるが、そうでない者の多くは砦の高いところから夜闇に目を凝らして観戦していたようだ。


「夜襲と言っても少し混乱させに出かけた程度です。

 疲れる任務ではありませんでしたよ」

「まったくおまえさんは。

 ここで敵兵を削っておけば今後楽になるだろうに」

 ひょうひょうと答えるデニス正将に、ホーテン卿は呆れたように言った。

 せっかく出かけたのにやったことと言えば数合剣矛を打ち合わせ、後は火を放ってきたくらいである。


「そうは言いますがトラピア軍の物資の一部を燃やしましたので、楽にはなると思いますよ」

「ふむ、物資は大切だな。物資は。特に遠征軍ならな」


 この世界において、まだ兵糧などの物資を多く運ぶという概念はあまりない。

 遠征でも基本的には数日分だけ用意して進み、後は現地で調達が常である。

 そこが敵国内であれば調達とはすなわち略奪になるわけだが、まぁ軍事用語で言えばあくまで現地調達なのである。


 ちなみに、なぜ兵糧を多く運ばないかと言えば、それをすると運ぶための人員を別途手配しなければならないからだ。

 遠征の期間のもよるが、動員人数の半数くらいは物資兵糧方として割かなければいけないという話もある。

 要するに、物資運ばせるくらいなら兵を増やしてより早く敵を圧倒した方が良い。という考えの将や主君が多いのだ。


 であるので、基本は兵の手弁当数日分と、予備をいくらか。

 そして武具関係や補修資材などが主な物資となる。


 その少ない物資を焼かれたらどうなるか。

 これはもう目を覆いたくなるほど悲惨なことになるだろう。


 そして、すでにセルテ軍と目に見える位置でにらみ合う形となっているトラピア軍は、今更現地調達などしている猶予はない。

 しばらくは残った糧食でしのぎながら、気合で砦を落とすしかない、いうことになるわけだ。


「えげつない……デニス、お前性格悪いって言われるだろ」

「いえいえ、この作戦は私だけの案ではありませんよ。ねぇフォテオスさん」

「自分の手柄を譲るようなこと言わなくてもいいんですよデニスさん。

 私はサイ騎士長などの性格から有効そうな方法論を話しただけです」

 ホーテン卿は引き気味に呟いたが、その結果、彼の目の前に性格悪そうな男がもう一人増えただけであった。


 これ以上突っ込んでも蛇しか出てこないので、ホーテンはもう藪をつつくのはやめようと思った。

 思い、もう一つ気になった興味の話を振ってみることにした。

「ところでデニスよ。あの火柱はなんだ。

 普通の油ではあのような燃え方はせんだろう」

 ホーテンの問いかけによって、睨み合うように微笑み合っていた二人がこっちを向いた。

 そしてまたフォテオスも疑問に乗る。

「ああ、あれは私も気になりました」


「ああ、アレですか。

 アレは城内の隅にあった物置で見つけたモノです。

 酷く臭いのですが、火をつけると爆発的に燃えて手が付けられなくなるんですよ」

 デニスはなんてことない顔でそう答える。


 聞いてホーテン卿はしばし首をかしげていたが、思い当って顔をしかめた。

 つまりあれは、エルシィの肝いりで研究されていた、ヴィーク男爵国産石油のなれの果てだ。

 まだ研究を任された小さい黒猫(トウキ)の実験小屋が城内にあった頃造られた物の残りということだ。

 その名をナフサと言い、いわゆるガソリンの元になる生成物である。


「貴様、くすねて来おったか」

「人聞きの悪い。死蔵品の有効利用です」


「……それからな、デニスよ」

「はい?」


 ここまでも呆れ交じりに睨まれていたデニスだったが、そのホーテンの視線の色が少し変わったことに気付いた。

 これはより真面目な話だ。と、さすがのデニスも一歩引いて身構えた。


「姫様をあまり便利使いするな」

「……はい?」

 彼にとって予想外だった言葉で、デニスは拍子抜けとばかりに首をかしげる。

 ホーテンは続ける。

「戦略戦術において姫様のお使いになる術や権能が非常に有効なのは認める。

 それを使えば楽に勝てるのも解っている。

 だがな……」


 デニスはこれに「エルシィはまだ子供なのだから」といった言葉が続くものと思っていた。

 であればデニスからすれば「いくつであろうと人の上に立つなら仕事をしてもらう」ことに何の躊躇もない。

 そう返そうとした、

 だが、続く言葉は彼の意外にあった。


「……姫様のお身体もさほど強くない。

 元々セルテ国人である貴様は知らんだろうが、つい一年前までは部屋から出ることも稀なくらい病弱であったのだ」


 さすがにこれを聞いてデニスもなけなしの罪悪感が膨らんだ。

 そこにホーテン卿は追い打ちをかける。

「どうしても必要と言うならともかく、そうでないならあまり頼るな。

 我ら家臣だけでもどうにかなることはどうにかせよ。

 また倒れたら貴様どうするのだ。

 姫様のなさっている執務を肩代わりできるのか?」

「それは、さすがに嫌ですね」


 いつ行っても処理する仕事が途切れる様子のないエルシィの執務室を思い出し、デニスは苦い顔で頷いた。

続きは来週の火曜に

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― 新着の感想 ―
ホーテン卿はエルシィのことを、まるで孫の健康を案じる祖父のように気遣ってますね。 憑依されるまでエルシィは寝たきりでしたし、憑依してるのを知ってるのも一部だけなので、この心配はごく当たり前の物ですね。…
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